31-1
ゆきが異世界転生する100年以上前の夜。
都から離れた大地。
木々に囲まれた広場にて。
「いよいよだな」
「ええ、そうですね」
「ひなが居る、私やソフィア、セレラインが居る、魔王打倒に立ち上がった兵士が居る!」
「はい」
「最高だ。絶対に魔王を倒せる!」
広場に張られたテントのひとつ。
その中で魔法使いアルキメディスは、杖をぐっと握りながらそう熱く言い放っていた。
「世界に、ようやく平和が訪れるのですね」
そんなアルキメディスに対し。僧侶ソフィアも表面上はとても穏やかだった。
だが瞳の中には強い光を宿していた。
「でも、私達がまさかここまでやれるなんてな……」
「これも全部、ひなのおかげですね」
「全くだな」
この世界は魔王と自称する超常の存在によって支配されていた。
大地は魔王配下の魔物と呼ばれる残虐な生物により蹂躙され、人々はあらゆる権利を奪われ続けた。
だが、ある日。
この世界を変える希望が現れた。
「ひな、あいつは本当に凄い奴だ」
「はい」
その希望の正体は、ひなと名乗るひとりの少女だった。
「私達が苦戦していた魔王配下を次々と倒し、瞬く間に支配下だった町や村を解放していったんだからな」
「そうですね」
ひなは不思議な力で、魔王軍へと果敢に挑んだ。
ひなの力は強く、今まで人々を虐げてきた魔物達を軽々と倒していった。
そして今、ひなは自身の活躍に勇気づけられた人々を引き連れて魔王の城へ攻めようとしていたのだ。
「あいつと一緒に居るのは楽しい。出来ればずっと居たい」
「私もですよ」
ひなが魔王軍と戦う過程で、特に親交の深い仲間も出来た。
僧侶ソフィア、魔法使いアルキメディス、戦士セレライン。
後に勇者パーティと呼ばれ、伝説の英雄となった者達だ。
「でもな、ひなと一緒に居たけど、何にも分からず仕舞いだ」
「異世界からの来訪者との事ですが」
「そんな与太話、信じるのか?」
「……信じ難いですね」
実はひなは自身が異世界から来た存在で、この世界の住人ではない事を明かしていたが、そんな突拍子もない事が信じられるわけもない。
仲間たちですら、冗談だと決めつけて信じなかったのである。
故にひなは、周囲からは素性の分からない存在としての印象も与えていた。
「よいじゃないですか。ひなはひなですよ、この世界を救う存在であり、魔王に立ち向かう勇者であり、そして私たちの大切な仲間です」
「そうだな、今更敵でした。なんてことはないな」
だが、そんなひなを拒むことはしなかった。
ひな自身の活躍もそうだが、独特な人柄や雰囲気は他者へ……特に同性へ好感を持たれていたからだった。
「さて、作戦どうするかだな」
「ひなは居りませんね」
今から魔王城へ攻め入る準備をしている最中。
今回の戦の中心人物であるひなの姿は無い。
「ん? どこへ行ったのだ? セレライン、何か知らないか?」
「……兵士のキャンプへ行ったみたい」
「そっか」
この時仲間は、ついてきた兵士を激励していたのだと思い、特に何も気に留める事は無かった。
「ごめんごめん、みんな待たせちゃったね」
実際、ひなは直後に勇者パーティが休息している場所へ帰ってきたからだ。
「ん? 左手の手袋はどうした?」
「あっ、忘れてきちゃった……えへへ」
「おいおい、これから決戦だぞ? 大丈夫か?」
「魔王と戦うんだっけ? うん、それならだいじょうぶ」
「頼もしいですね」
この時、ひなの言い切った口調からは絶対の自信がにじみ出ていた。
勿論仲間も、その言葉を信じて疑わなかった。
だが、その言葉の真意が他にある事を、この段階で知る者は誰もいない……。




