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1章-5

  江戸原の住まいだというログハウスには雑多な本や何に使うのか見当もつかないような奇怪な器具が所狭しと集められていた。中の空間は外から見たよりも広く感じるが、身体を落ち着ける場所がソファの上にしかないのだから、実質ソファに座る為の建物と言っていい。かくいう江戸原はコンロの前でお湯を沸かしているようだ。

 魔術師がガスでお湯を沸かすのか。

 思った事を何でもかんでも口にしない思慮深さを私は持っているので、黙ってソファに座る事とする。 


 しかし、魔法使いなんて存在が本当にいるとは思わなかったが、江戸原はそれが物語の中だけの存在では無いという事を教えてくれた。彼女は私が「江戸原さん」と呼ぶ事を嫌がった。その理由は自分が魔術師だからだという。


「私と君は繋がりを持たない人間だ。たまたまここにいて、偶然私達は出会った。それ故に私達の間には共通点がない。繋がりが無いということは未来が無いという事だ。未来が無い人間同士で慣れ合っても碌な事にはならないものだ。故に君は私を「さん」付けで呼ぶべきではない」

「それは、よく分からない理屈です」

「適当な事を言ったのだから当たり前だ。私は自分がシンボル化されるのが嫌なんだ。敬称をつけるという事は上下関係が生まれるという事であり、君という下と私という上が生まれる。この世界に意味を一つ付け足す事は、時に足枷となる」

「それもまた適当な事、ですか?」

 

 江戸原はそれに答えなかった。

 代わりに見慣れたナイフを差し出してくる。

 施設の人間が持っていた装飾のついたナイフだ。


「意味を持たせるという観点から見れば、これも明確な意味を持つ道具だ。魔力の拙い人間が持てば毒となるが、魔力に秀でた者が使えば益を生む。これは魔術を齧ったことのある半端者が、魔術を持たない者を使役するための道具なのさ」

「そんな。でも施設の人たちは操られているようには見えませんでしたが」

「操られているのではなく、意思を委ねるように誘導されるからだ。行動を制限されるのではなく、思考を制限されるのだからよほどタチが悪い」


 まあ、私にはそんな事関係ないがな。

 江戸原はそう言って興味なさげにナイフを放り出した。


「君がどんな経緯で203番君になったとか、どんな過去があるのかは私の知る所ではない。私と君は違う人間なのだからな」

「はあ…」


 その言い草だとまるで”同じ”人間がいるかのような物言いである。


「そんな事言ったら地球上の全ての人間を拒絶する事になる、そんな事を言いたそうな顔をしているね君」

「いえ、何も言っていません」

「言っていなくても顔に書いてある。しかし、これで私という人間の奥ゆかしさが分かったはずだ」


 奥ゆかしいというよりは偏屈な人のような気がする。しかし、屁理屈を捏ねる割には妙に説得力を持って語ってみせるあたり、魔術師という肩書に見合ったバックボーンがあるのかもしれない。魔術師江戸原限は気難しい所はあったが、それに値する強さのある女性である事を私は知っている。


「しかし、いくら君に関心が無いとは言っても、ウチの敷地を跨いできたんだ。君には多少の説明責任があるとは思うがね」


 江戸原はそう言って私にマグカップを差し出した。

 とても暖かい。それは私にとって、あの施設では得る事の出来なかった暖かさだった。

 私が口を開くのに理由はそれで十分だった。




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 少年は眠りについた。独り身なのでベッドは一つしかない。誰かと夜を共にする予定は当分無いので私の寝床はシングルベッドだが、少年の瘦せこけた身体が収まってもなお十分スペースがある。私に少年趣味は無いので添い寝してどうこうという気は起こらない。

 手元のマグカップに視線を落とす。

 

「…つまらない話だ」


 少年の身の上話を聞いての感想だ。

 人とは違う力を得てしまったが為に、産みの親から捨てられて連れ去られた先で非道な扱いを受け続けた少年の話。その手のつまらない話は世の中にありふれている。事態が解決して大団円を迎える結末は大体の場合少なく、つまらないままに結末を迎える話の方が多数を占める。

 だからといって私は少年の身の上話に同情を感じるような事は無かった。



 冷たいだろうか?

 私はそうは思わない。


 

 人は産まれてから死ぬまで一人だ。

 親に愛情をもって育てられ友情に抱かれて伴侶を得たとしても、その男は最初から最後まで一人だ。人の中には一人の意識があってその意識が誰かと分かり合い、何かを共有する事は本当の意味ではあり得ない事だ。もしもそれを実現しようとしたら頭蓋を切り開いてもう一人を無理やり押し込んで蓋をしなければならない。実現出来ないことだし、意味の無いことだ。人は一人で産まれて、一人で死んでいくのだ。それは私も同じ。少年にとっても同じ。

 どれだけ幸せに生きようが辛い生涯を送ろうが、最後は孤独な夜が訪れるだけだ。

 魔術師の見識と全ての知識をもって私はそう結論づけている。



 ゆえに私は聞いてみる事にしたのだ。



 戻る事の出来ない河を渡り、郷里へと戻った彼らに。

 その時を迎えたその後、孤独は癒されのか。

 その地に救いはあるのか。人は孤独から解き放たれて救われるのか。



 古巣の魔術結社では死者を呼び戻す行いは、人理を超えた災いをもたらすとして許されなかった。私の隠遁はひとえに口うるさい古巣からの追手を嫌ってのことだ。そう考えると少年と私は少し似ているかもしれない。未来を掴むために逃走した少年と、救いを求めて隠れた私。少年に同情する事は無いが、こうして引き合ったのは似た者同士だからかもしれない。


 少年を起こさないように音を殺してログハウスを抜けた。

 日はとっくに落ちている。工房の前には少年が言う所の「施設」、つまり”グローポリム私設霊堂”の元信仰者達を素体とした使役人形が並んでいる。なるほど、少年の話をよく聞いて私は納得した。見た事のあるナイフだと思えば、ご同業社様だったという訳だ。

 不思議な話ではない。日本は魔術師の本道からは外れており、正道の魔術師はヨーロッパからアラブ世界に掛けて活動している。古巣から離れた私を含め、日本というユーラシア大陸の端に位置した島国にいる魔術師は余程の変わり者か、正道から外れすぎたかのどちらかである。

 私がどちらかは言うまでもあるまいが、”グローポリム私設霊堂”は後者の部類だった。その行いの非道さは指折りであり、稚拙な魔術技術と相まって悪い意味で名が知られている。

 

 工房の封印結界を解く。

 魔力をスパークさせて時折脈動する肉塊が部屋の中央に鎮座している。多重防御を内側へ向けた重結界が何重も起動している。部屋の片隅には用済みとなった使役人形が何体も山済みとなっている。私は無言で新たに手に入れた使役人形を一体部屋へ入れた。


 肉塊の前へ跪かせる。


 頭部は爆ぜているので肩の一面はフラットだ。爆ぜた時に熱風で焦げた傷口からの出血は少ない。それでも僅かな血臭を嗅ぎ付けて肉塊は鼓動を早めた。期待しているのだ。新たな供物の香りを嗅ぎ付けた肉塊は上部の裂け目から何本もの触手を伸ばした。

 使役人形は動かない。自我を持たない人形に恐れはない。触手はまっすぐに使役人形の頭があった空間へ殺到した。そのまま傷口を抉って触手を深く飲めり込ませる。

 

 

「もう少しね…」


 

 少年には悪いが。

 ここが”グローポリム私設霊堂”よりもマシな場所だと私は保証していない。

 そうだとも。

 

 

 私は魔術師、江戸原限なのだ。

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