1章-4
魔術師の髪の色を赤髪→金髪へ変更しました。
副題はRed Old Wizardのままです。(2020/02/15)
「私は江戸原限。ここは私のウチの裏庭」
江戸原限と名乗った金髪の女性は右手に大人の背丈程の火球を掲げていた。どう見てもまともな人間のやっている事ではない。私の生存本能が、施設の人間から襲われていた時と同類のアラートを上げていた。あれをこちらに落とされて火傷で済むと思うのは希望的観測が過ぎるというものだ。
わずかに身じろぎしたのをその人は見逃さなかった。
「怖いかい?私としては君の方が怖いけどねえ。確かにあの傷は君の生命活動を停止させるに足りうるものだった。それがどうして随分と生気のある顔色じゃないか」
「僕は…その、」
「言えないかい?それとも自分が生きている事に自信がもてないのかい?それは同じ事だがね」
まあ、いいよ。
肩を落としてその女性はため息をついた。同時に右手の火球はみるみるうちにしぼんでいき、そして消えた。髪の毛の先が焦げ付いてしまうかのような錯覚を覚えていたが、身体が冷えている事に気が付いた。いつの間にか薄手の白装束に着替えさせられていた。季節に似合わない薄手の服装だ。
「それで、君の名前は?」
「…203番です。」
「は?」
整えられた眉毛がへの字に歪んだ。
「203番です。それが僕の識別名です」
「203て。木の股から産まれてきた訳じゃないのなら親からもらった名前があるでしょうに」
「親は…僕を捨てました…。だから僕の名前は203番です」
「ふぅん」
江戸原限という女性はこちらをしげしと見つめる。
「まあ君がそこまで言うならそれでいいよ」
「あの江戸原さんは普通の人…じゃないですよね?」
「普通の人が何を指すのかは知らないけれど、市井の人々という意味でなら違うわね。こんな山奥で隠居している訳だし」
「あの、そういう事じゃなくて…」
「どういう事?」
「まあ、まずは一つはっきりしようじゃないか。ここはウチの庭。つまり君はウチの庭に無断で侵入していることになる。さっきまでは死んでいたから物として扱っていたけれど今の君は生命として明確にウチの敷地を侵犯している」
「…」
江戸原限の纏う空気感が変わったことを見て取り、私は口を閉じた。
「私は私の許す限りの生命しかウチの境界内での生存を許していない。そして今ここには生存を許されていない君というイレギュラーがいる。さて私はどうするべきだろうか?」
「…」
「そう怖い顔をしなくてもいいさ。一つはっきりしようと言っただろう?203番君。君は生きるべきか死ぬべきか。それを教えてくれと言っているんだ」
「僕は…」
何が何だか分からないままここにいる。施設の人間に刺し殺されたかと思えば、人間技とは思えない火の弾で消し炭にされそうになった。両親に捨てられて施設で生きる事になった以上の出来事がこの短い時間の中で立て続けに起こっている。こんな訳の分からないまま生殺与奪を他人に握られてしまうのか。
しかしながら。
しかしながらである。
あの時、綺麗な金髪の女性が現れて流れるように命が散っていった。私はその様を見て、何故か喪失感を覚えた。何も失っていないのに心から何かが零れ落ちたような気がした。江戸原限という女性は私にはない強さをもっていて事態を解決してみせた。その強さが私に無かった事に深い喪失感を覚えたのだ。強さを得る前から失うとは妙な話である。
つまるところ私はこの江戸原限という女性に憧れを覚えたのかもしれない。
「なんだい?君はここで死ぬべきなのかな?」
「僕は…僕がこんな目に遭った事に納得なんてしていないんです。だから施設を逃げ出してきたんです」
「それで?」
「でも死んでしまいました。…それは僕が弱かったからです。あの時僕が持っている力を使えば周りを巻き込んで吞み込む事が出来たはずなのに。それをやろうとする前に止められてしまった。それは僕の弱さです」
彼女が現れる前に特異点を生み出して彼らを呑み込んでいれば、あるいは彼女と出会わなかったかもしれない。一回目は何故か私を呑み込んだ後に、そのクレーターの中心で生きていた。二回目もそうなる保証はないが何故だか、「きっと助かる」という根拠の無い自信があった。
それでもそれを実行しなかったのはきっとこの力を恐れていたからだ。
私が捨てられ、虐げられる原因となったこの力を、私は憎んでさえいた。
「弱い生物が強い生物に殺されるのは自然の摂理。なんて大層な事もしれないですが、僕はその摂理によって殺されました。でも貴女はそれを助けてくれましたよね」
「助けたわけじゃないさ。ウチの敷地を跨いできたからね」
追い払おうとしたら頭が取れちまったのさ。
「それでも貴女は僕の敵を討ち取った。貴女は死ぬべき人間に手を指し伸べたんです。ならば最後までその責任を取るべきだ」
「いや君は死んでいた訳であって助けた訳では―――」
「強い人は好きです。江戸原さん貴女は強い。それじゃダメですか?」
江戸原さんは口をあんぐりと開いた。
「憧れた人に殺されるのなら本望ですが、出来ればお慈悲を頂きたい所です」
「わかったわかった!やめだやめ!ばかばかしい!」
江戸原さんはそう言うと振り返ってログハウスの方へと向かった。顔が赤くなっていたりすれば脈があるなと己惚れるのだが、生憎と本当に呆れたからのようである。張り詰めた空気が弛緩して生命の危機が過ぎ去ったことを教えてくれる。
「何してんだい!さっさとこっちに来な、203番!そんな恰好してたら風邪引いちまうよ!」
江戸原限という金髪の魔術師は、こうして私の庇護者となったのである。