1章-3
「やれやれ…どうしたものかね」
朝の日課を済ませて戻ろうとした時に彼らを発見した。どうやら子供を取り囲んで口論しているらしい。大の大人が何をしているのか気になりはしたが、問題はそこではない。彼らはウチの敷地に侵入している。多重防御が張り巡らされた結界を超えて我が家の敷地をまたいできたのだ。
由々しき事態である。
つまり彼らが入れるという事は、私の恐れている敵もまた入って来れるという事。
その辺りを念入りに確認する必要があった。
「しかしこうなってしまったか」
辺りには頭部が爆ぜた男達の死体が散乱している。
人間というのはこうも脆い物だったか。しばらく俗世を離れていたが、以前もこうだったろうか。むやみやたらと魔力の伴うナイフを振り回さなければこうはならなかったものを。
少し興味を覚えて死体の一人からナイフを拝借する。持ち手と柄に華美な装飾が施されたナイフだ。以前、これと同じ物を異国の地で見た事がある。想定されている使用者は主に、魔術的素養の無い一般的な人間だ。ナイフには簡易的な魔術式が組み込まれており、使用者の精力を吸収後、それを魔力へと変換し特定の人物への刷り込みと思考の拘束へ使用する。つまるところこれは、魔術を齧った事のある半端者が魔術を持たざる者を使役する為の拘束具なのである。
誰が何の為に彼らにこれを使わせたのか、それは考えてもしょうがないし、私には関心の無いことだ。問題は、やはり、近辺に魔術師の類がいるかもしれない、という事だろう。結界を突破してきたのがどこの馬の骨かは知らないが、面倒な事をしてくれたものである。
「それで、どれがその魔術師様なのか…。ん?」
口論の中心にいた子供はとっくに事切れていたようである。しかし最後に何を思って死んだのか、うっすらと笑顔を浮かべているようである。目元には水滴が少し。傷の痛みによるものだけではないように思われる。私の考えすぎだろうか?
頭が無くなっていないのはその子供だけだった。しかし腹部と喉元に刺し傷があり、痛々しい限りである。髪が長い。服装や顔立ちからは性別は分からないが、やはり女の子だろうか?これくらいの年齢の子供は学校に通っているものだが、最近は違うのだろうか?
「ふん…」
私とて人の子である。子供が死んでいるのを見て、あまり良い気持ちにはならない。彼女が死んだ事に何の意味があったのか部外者である私には分からないが、せめて荼毘に付す事で死者への手向けとすることにしよう。半開きになった少女の瞼を閉じてやり、痩せ過ぎの細い身体を抱きかかえる。
それで、そこら辺に転がっている死体はというと…。
「君たちはウチの敷地を汚したんだ。せめて役に立っておくれよ」
まがりなりにも魔術師様が使役していたのだ。術の媒体に使う下地は整っている。そのまま腐らせてしまうのはあまりに勿体ないというものだ。
パチッ
指を鳴らす。
「大地に還りし死者の魂よ、冥府へ向う者達よ」
魔術式が展開され、赤黒い靄が周辺に立ち込める。それはおぼろげな実体を持ち始め、やがて人のサイズ、形へと収縮していく。ちょうど地面に転がっている元人間の死体分の人型が現れる。
「魂の拘束を再び与える。我に平伏せよ!」
起動式を皮切りに、不可視の触手が死体から伸びていく。それは不規則にうねりながら不気味に躍動しつつ、実体を持った人影へと伸びていく。人影の実体は逃げようとはしない。意思のない魂の投影だからだ。それらへ触手が到達し影へとまとわりつく。やがて完全に捕縛すると死体へと引き寄せていく。
術は成功だ。
しばらく人間をみていなかったので使ってこなかったが、腕は衰えていなかったようだ。
「じゃあ帰りましょうかね」
私の言葉を合図に死体だったものたちが脈絡なく起立する。
身体のパーツを構成する全てにおいて、血液の循環はされていない。身体を巡っているのは私が分け与えた魔力だ。魔力でもって動く使役人形だ。
異端魔術師による十八番魔術はこうして為されたのである。
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死者の埋葬には土葬、火葬、鳥葬、水葬などがあるが、日本という国では火葬による割合が大きい。死後の魂が肉体を必要とするかしないか、その違いが死体をどう処理するかに繋がるのである。私の魔術は主に実体への作用を得意とするので、骨の状態に還してしまう火葬は私の好ましい所ではない。実の所、日本という私の魔術にそぐわない国に潜伏しているのも、その事情を考慮した上で裏をかいての事なのだが…
豪邸とは言えないが、ログハウスを模して魔術で構築した家は一人暮らしの身には少々広い間取りである。魔術工房は別にあるので純粋な生活空間である。一度部屋に戻った私は、普段はあまり使わないロッドを手に取った。龍石と呼ばれる希少な宝石が埋め込まれたロッドだ。
私は異端魔術と呼ばれる分野において最高峰の技術を有しているが、全ての分野の魔術を会得しているという訳ではない。その分野においては技術の頂点へと達しつつあるが、その他においては平均かそれ以下の能力なのである。死者を火葬する際に使用される高火力魔術もその不得手な類の魔術なのだ。
ロッドを使用する事でそれを補おうという訳である。
埃をかぶっていたロッドの横に、懐かしい写真が飾ってある。
学生時代の懐かしい写真だ。しばらく見なかった懐かしさから、手に取ってみる。
若き日の自分が学友達と共に仏頂面で写真に収まっている。あれから随分と時間が経ったものだ。
「いかんいかん」
いささか感傷に浸りすぎたようだ。
子供の遺体は家の裏手に安置してある。死に化粧を施して少しは見れるようにしたが、少女のような可愛らしい顔立ちをしていた。胸の膨らみはなかったが、それくらいの年なら違和感はない。
家の裏手に向かう道すがら、工房の前で待機させていた使役人形たちへ指示をする。
次の実験に使用できる媒体が手に入ったのでその準備をさせるのである。材料が増えた分、工程を変更する必要があった。
あらかたの指示を出し終えて、家の裏手に回る。
「やれやれ」
この少女がどういった生い立ちで生涯を終えたのか私の知る所ではない。しかし、こうして無垢な子供が生を終えるのを見ると、言い表せない感情が湧いてくる。私は異端魔術を探究する過程で正道から外れた魔術師だ。人の死を見ることに慣れてはいるが、無意味な死に無感情でいられるほど冷徹ではないなのだ。
せめてこの国の文化に則って荼毘に付す事としよう。
ロッドに魔術を流し込み、魔術発動のトリガーとして詠唱を進める。
「開闢の端に立ちし創生者よ、天と地の条約に従い我に力を与えよ―――――」
詠唱と共にロッドの周囲の温度が急激に上昇していく。少女の遺体を燃やしつくすのに十分な火球が生まれる。後は命ずるだけだ。
しかし…。
それは為されなかった。
「あの…。僕は一体、………え?」
その子供は目をぱちくりとさせて私を見ていた。
喉元、腹の傷は塞がり、わずかに傷跡が残っているだけだ。
生気のある肌は死者のものとは見て取れない。
「おやおや」
「あの…」
どうやら少女と思っていたが、男の子だったようである。
異端魔術師も間違える事はあるのだ。