九話
「くっ……コイツ強すぎだろ……!」
「お主が弱いんじゃよかかかか……」
「なんて幽霊なの……」
俺は式霊、無月を喚び出したにも関わらず苦戦を強いられていた。いや、苦戦ではなく防戦一方と言った方が良いだろう。
刀乱はあまりにも強く、こちらに隙を全く見せない。
それに対して俺は刀傷だらけで、所々血が出ている。
「これが儂の本気じゃ。お主はどうやら式霊を出すので限界なようじゃのう。儂が戦った園城寺未明とは大違いじゃのう。あまりにも弱いのうかかかか……」
刀乱は再び紫の斬撃を繰り出す。
俺は障壁を出し、更に無月が無数の棘をアスファルトから作り出し、頑丈な二重のバリケードを織り成した。だがそれも刀乱の圧倒的な斬撃は防ぎきれず、俺の腕を薄く切り裂いた。
「ぐっ……! やっぱり最初のはお遊びだったのかよ……!」
「いきなり本気を出すのも趣が無いからのう。ほれほれまだまだ行くぞ!」
刀乱は次々と斬撃を放っていく。
俺はもう正面から防ぐのは無理だと考え、無月に耳打ちする。
「おい、ここは棘で逃げまくって婆ちゃんを待つんだ。いいな」
「分かったわ……はあ、引き籠りたいのに……」
そして斬撃が近寄って来ると、俺は障壁を体の横側に出して無月に触れさせ、長い棘を出現させる。棘が俺達二人を押し出し斬撃から逃がした。斬撃が空を食らいコンクリートの壁を切った。
「また逃げるのかの? 情けない……儂が戦った園城寺未明はもっと勇ましかったぞ!」
「それがどうしたって言うんだ?」
刀乱は逃げた俺達を見て顔に青筋を立て、夥しい数の斬撃を撃っていく。俺達はどの斬撃も防がずにひたすらに能力で逃げ回る。そんな俺達に痺れを切らし、刀乱は段々と斬撃の威力と正確さを上げていく。
しかしそれも俺達は全て躱し続けた。
こんな風に逃げ続けていたその時。
「未明ーーー! そっちは大丈夫!?」
やまめが俺に声を掛けてきた。
俺は攻撃を食らわないように気を付けながらやまめ達の方を振り向くと、なんと大量に居た武士の姿が一人も見当たらなかった。
「な……お前等もう終わったのか!?」
「そうだよ」
「マジか……流石静仏部だな……」
俺は刀乱の攻撃を無月と避けながら驚いた。そんなに静仏部の殺人器具共は強かったのかと。
まあやまめ達の霊力も威力の向上に一役買ったのかもしれないが。
そして俺は、ある事を思い付いた。
俺には無月ともう一つ、最後の奥の手がある。
「おい! お前達に頼みたい事があるんだけど……静仏部のピアノ線を上から見た時に五芒星の形になるように張ってくれよ! ちょっと歪んでてもいいから!」
だがそれには結構な代償と時間が要る。
「わ、分かったわ……何か意味のあるのね!?」
「ああ……頼むぜ!」
だから……静仏部の力が必要だ。
俺は刀乱の関心をこちらに惹き付ける。
やまめ達は急いでピアノ線を五芒星の形に張る。少しの間刀乱の斬撃を躱していると、やまめが俺にこう言った。
「未明ーーー! 出来たよ! これでいい?」
やまめが完成した少し崩れている五芒星を指差す。
「おおそれで大丈夫だ! ありがとう! んでその中に入れ皆ー!」
「分かったわ……早く入るわよ文! 御堂!」
「ええ」
「霊的な結界なのか……? 面白いな……」
やまめ達がピアノ線で作った五芒星の中に入る。
俺と無月も攻撃を避けながら素早く後ろに下がり五芒星に入った。
「へへ……本当にありがとよ皆……これで必殺技が使えるぜ!」
「ちゃんとアイツを倒してね。せっかく頑張ってこれ張ったんだから」
「頑張ってね、未明君!」
「頼んだぜ、未明……」
「ああ、心配すんな。格ゲーの必殺技と違って確実に倒せるから」
俺はそう言ってポケットから一枚の札を取り出す。
「何かする気なのかの? 悪あがきをしおって……」
刀乱が俺達に向けて斬撃を放ってきた。だがその斬撃は五芒星の前で消えてしまった。
「なっ……結界を張りおったか……じゃがそんな脆い結界で何時まで持つかのう?」
「三十秒も持てば十分だ」
余裕そうに斬撃を撃ち続ける刀乱に俺はそう言ってやった。俺は札を右手の甲に張って死者の都市で覆い、そこに無月が手を添える。すると札が眩しい程の光を放ち始め、無月がその光と一体化して俺の右腕を包み込んだ。
「な……何じゃこの霊力は……!」
「へへ……三十秒も要らなかったな……行くぞ無月! “式霊合一”!!!」
俺がそう叫ぶと光は輝きを止め、俺の右腕に爪が生えており黄緑色を基調としている小手が現れた。爪は半透明で猛獣の爪の比にならない位大きく、そして鋭かった。肩には刃が羽のように三本生えている。刀乱はおろかやまめ達までもが小手が放つ霊力に気圧されている。
「な……何じゃこの武者震いは……足が動かぬ……」
「凄い圧力……これが未明なの……」
「だから言ったろ、結界の中に入っとけって。まあ安心しろ。一分で終わらせる」
俺は驚くやまめに言って結界から出て小手……と言うよりも爪と言った方が良いだろう。それをボクサーのように構えて刀乱に向けて突き出した。
ズバッツ!
爪は目にも止まらない速さで刀乱と道路に怪獣が作ったような深く大きい爪痕を残した。
「が、がはっ……この儂がここまで深い傷を負うとは……じゃがまだ終わらんよ!」
刀乱が負けじと二対の刀を振り回して斬撃を撃つ。
「“竜馬一角”」
俺は無月の霊能力、竜馬一角を使い爪を散開させる。爪は生きているかのようにうねり、全ての斬撃を切り伏せた。
“式霊合一”の能力は、式霊と一体化しその霊力と霊能力を使えるようになるという物だ。二つの力が混ざる事によって、その霊能力以上の力を発揮できる。例えば俺が今やったように竜馬一角が出す角に湾曲を持たせるとか、色々と能力の限界を超える事ができる。
ただやっぱり滅茶苦茶強いだけあって代償も重く、これは一分間しか使えない上に使った後は霊力が著しく減ってしまうのだ。
どの位減ってしまうのかと言うと障壁は豆腐並みの硬さしか保てなくなり、無月の竜馬一角はつまようじレベルの棘しか出せない。無月を出すだけなら疲れる程度なのに、この差は何なのだろう。
「まあそんな事はどうでもいいか……さて早いけど次で止めだぜ刀乱……」
「またお主ら園城寺未明は儂の邪魔をするのか……! 儂らの敵討ちを止めたお前の先々代程の園城寺未明のように!」
「知るか全然知らない先々代の事なんか。別に俺襲われたから戦っただけだし? 過去に囚われて俺に戦いを挑んできたお前が悪いだろうが!」
俺は恨み言を言う刀乱にそう言い放った。
そして俺は霊力を極限まで右腕に集中させ―――
「いくぜ……必殺――――名状し難い爪痕!!!」
「何じゃその名前は!」
必殺技を使った。刀乱が何か叫んだがそこは放っておこう。
爪の肩の部分にある刃の一つがパキンと割れ、中から強力な圧力を放散して俺の体を凄まじい速さで推進させる。その勢いのまま爪を横薙ぎに振り切った。爪は刀乱の腹を抉り、その衝撃波が辺りの木や道路も削り取っていく。
「あっ……かは……」
「まだ終わりじゃないぜ?」
自分の腹が抉られて唖然とする刀乱に俺はダメ押しにと攻撃を加える。二つ目の刃が割れ、また俺に勢いを増させていく。
爪はまるで何かの災害のように刀乱含め辺り一帯に傷を残した。
最後の刃が圧力を散開させ、加速に加速を重ねる。多分刀乱は俺の動きが見えていないだろう。俺ですら速すぎて視界がぶれて見える。
そんな人智を超えた速さは、爪に途轍もない力を与えた。
「お前は今まで戦った幽霊の中で一番面倒くさかったぜ! じゃあな!」
「何なのじゃ……こやつは……何者なんじゃ……」
「園城寺未明だ、アホ!」
俺は爪を斜めに振るった。その斬撃は刀乱を跡形も残さずに消滅させ、辺りに文字通り名状し難い巨大な爪痕が刻まれた。
「!」
一分経ったな。
式霊合一の効果が切れて、無月と俺の右腕は元の姿に戻った。
凄い倦怠感が俺に伸し掛かる。
「未明ーーー! もう出て大丈夫?」
「ああ大丈夫だぜ。これで終わったぜ」
「未明ーーー!」
「おい走るなよ危ないぜ~」
俺は笑顔で駆け寄ってくるやまめにそう言った。
そしてやまめは俺の所まで走って、俺に思いっきりビンタをした。
「このバカ! あの爪痕とか先生方にどう説明するのよ!」
「あ……」
俺はやまめの言葉にようやく自分がやってしまった事に気付いた。
「しょうがない……未確認生命体が暴れた事にしよう……」
「未明はバカなの? いや違うわね。未明はバカよ」
「うるせえそんなの言われなくても分かってるよ……」
「未確認生命体、どんな設定になるのかしら……」
「これゴ〇ラクラスの奴じゃないと信じてもらえないよ、多分」
「UMAで通す気かよお前等……」
俺は生物部の面々の言葉に、頭を抱えた。