八話
先に動いたのは刀乱だった。
刀乱が刀を構えて斬撃を放とうとする。
「死者の都市!」
それを俺が球状の小さな障壁を刀乱の手の前に出して動きを止めた。
「くっ……なんと姑息な……」
「お前の霊能力は刀の切れ味を上げる能力だろ? ならそれ以外の場所は能力の影響を受けない、つまり大して強くないって事だぜ。腕なら俺の死者の都市で妨害出来る!」
「ぐぬぬ……」
刀乱は障壁を睨み付け刀で破壊しようとする。だがそれも俺の障壁によって遮った。
能力を応用すれば意外と戦えるもんだな。どんな霊能力でも弱点はある。
「無駄だぜ無駄! これ以上やると霊力の無駄遣いだぜ。さっさと諦めて帰れよ雑魚が~」
「雑魚と言いおったな貴様! 舐めおって……絶対に諦めてなるものかぁ! 貴様を殺すまでは儂は帰らぬっ!」
俺が煽ると刀乱はそう言い放って何度も攻撃を行おうとする。しかしその全ては俺の障壁に防がれる。刀乱の霊力が目に見えて減っていく。奴の周囲は今小さな障壁だらけだ。
俺はもうそろそろ頃合いだろうと思い、刀乱が刀を振る時に敢えて障壁を出さなかった。
刀乱の刀が障壁をまるでシャボン玉のように割っていく。
そして斬撃がこちらに向かってくる。俺はその斬撃を障壁で防ぎ、ダメージを最小限に抑えた。
刀乱が俺を訝しげに見る。
「お主一体今何がしたかった―――」
「死者の都市、連鎖爆弾」
「ぬ!? ぬわああああああああ!!!」
刀乱が言い終える前に割られた障壁の内部重圧が逃げ出し刀乱を苛む。逃げ出した内部重圧は他の障壁も巻き込んでいき、どんどん衝撃波を生んでいく。
重圧によって砂煙が巻き起こり辺りは砂煙でよく見えない。
刀乱は最初重圧のカウンターを食らわせた時殆ど動じていなかったが、大量に出せば重圧のカウンターの威力は途轍もないものになる。そう、俺は防御と同時に攻撃の用意もしていたのだ。
内部重圧は障壁のサイズによって強さが変わる事は無いのでこれは刀乱にも効く筈だ。俺はそう思い内部重圧の連鎖が終わり、砂煙が薄れてきている刀乱の方を見た。
そこには刀乱が立っていたのだが。
奴は……血は流しているが大して動じていなかった。
「今のもあんまり効いてねえのかよ……」
「ふん。お主攻撃は苦手なようじゃのう。じゃが今のは儂の少し痛かったぞ……本当に頭に来る……こうなれば儂の真の力を見せてくれるわ!」
「なっ……!」
あのよく分からない霊力の急上昇以外にも、まだ奥の手があると言うのか。
一応俺にもまだ奥の手はあるが、結構代償が重いのだ。
不味い……
俺は息をのんで刀乱を見た。
刀乱はゆっくり兜を掴みそっと兜を脱いだ。すると霊力が跳ね上がり周囲が極光に照らされた。
眩しくて何も見えない。
そして次の瞬間ゴシャッという金属が床に落ちたような音が鳴った。
しばらくして極光が収まり、ようやく目を開けられるようになり刀乱の方を見る。
そこに居たのは何と……
腰まで届く程の紫がかかった黒髪。美しいが恐ろしさと冷たさを感じさせる白く整った顔。血のように赤い目が、爛々と輝いている。
驚いた事に、そんな美女が立っていた。
凄まじい紫色の霊力を漂わせて。
「お前……誰だ?」
俺が思わずそう聞くと、その女はニタニタと笑って言った。
「誰だ? じゃと? お主間抜けにも程があるぞ失礼な。儂は平刀乱。お主と戦っておる武士じゃよ」
「なっ……お前女だったのか。声低いしてっきり男かと思ったぜ。何で声が変わってたんだ?」
衝撃を受けつつも俺が刀乱に問う。刀乱は先程の低い声ではなく艶やかだが寒気のする声で答えた。
「かかかか……声が変わったのはこの魔封じの兜と鎧の所為じゃろう。この防具には霊力を閉じ込める性質がある。それが声をこもらせたのじゃろうな。何しろ儂の霊力は強力無比じゃからのう……こうでもせんと……こんな風に暴れてしまうのじゃよ!」
刀乱が喋りながら刀を構え、振り下ろす。俺は咄嗟に幾多にも障壁を出して防御する。
刀乱の刀から紫色の巨大な斬撃が全てを切り裂くような勢いで飛び出した。
それは俺の障壁がもはや意味を為さない程あっけなく障壁を切り裂き、俺の体に食らい付いた。
と、なる所を俺の前に出た無数の棘がそれを遮った。
「ナイスタイミングだぜ、無月」
「また出ないといけないのね……」
そう、斬撃を防いだのは無月。俺はさっき刀乱の霊力が爆発的に上がった時に先に無月を喚んでいたのだ。
「お主……いつの間に式霊を……!」
「お前の霊力が爆発的に上がった時にはもう出してたぜ」
「やるのう……じゃが式霊を出した所で所詮焼石に水じゃよ」
「それはどうだろうな……行くぜ!」
「来い小童! 滅多切りにしてくれる!」
俺は障壁を前に出し、無月と共に刀乱に立ち向かった。
*
*
*
一方その頃……
「幽霊の解剖は初めてだぜぇ……全員バラバラにして剥き出しにしてやんよぉ! アヒャハハハハハハッ!!!」
「うわっ……またあの発作だよ御堂……」
「御堂君ももうちょっと大人しくなれないのかしら……」
御堂がノコギリとピアノ線を持って大はしゃぎしているのを冷めた目で見る私と文。
私達は今、ひょんな事から武士のような幽霊と戦う羽目になってしまったのだ。
何故か幽霊は見えるし、霊力? も感じられるし。どうしてこうウチの静仏部はこんな事が起こるのよ。
本当に意味が分からない。
「やまめちゃん、ぼーっとしちゃ駄目よ! 相手をよく見て!」
「あ……ごめん文!」
そんな風に私がもの思いに耽っていると、文が私に注意をした。
私は慌てて武士の方を向く。
「ひひひひひひひひひひひひひひ……解剖させろ! お前等は検体だぁーーー!!!」
御堂がノコギリで武士に斬りかかる。流石静仏部と言うべきなのか。ノコギリはいとも容易く武士の体を引き裂き、武士を跡形もなく成仏させる。
「あああーーー!!! 俺の検体がぁーーー! 何で無くなるんだよコイツ等!」
御堂は幽霊の解剖が出来ない事を悲しんだ。
何の同情も湧かないけど。
そして御堂に続いて文が武士の前に躍り出た。
「行くべき所にいってください……えい!」
文が豪快にも正拳突きを次々と武士にお見舞いしていく。静仏部のクギも相まって効果はばつぐんだ! 殴られた武士がどんどん昇天していく。
よ~し私も行くぞ!
必ず静仏部を生物部に戻してみせるんだから!
「さあ成仏しな…………っ!?」
い、今のは……まさか……!
「ん? どうしたのやまめちゃん?」
「――――……未明の霊力が……消えた……?」
さっきから感じていた未明の霊力が感じ取れない。その代わりに、敵の霊力が馬鹿みたいに上がったのが、ちょっと離れた私でも分かった。
嘘でしょ……!! 未明が負けた……!?
私がその事実に呆然としていると、文が私の腕をつついて言った。
「え? 未明君ならあそこに居るじゃない。ほら」
「……あれ?」
文は未明が居る方向を指差した。そこには確かに未明が居た。
普通に障壁のようなものを出して戦っている。敵はとてつもない光を放っており姿が見えないけれど。
「じゃあ何で霊力が消えたんだろう……」
私がそう考えていると、ある事に気付いた。未明が戦っている敵以外の霊力を感じない。未明の霊力も文の霊力も御堂の霊力も武士達の霊力も。
という……事は……
「あの未明の敵の霊力は……他の霊力を完全に呑み込んでしまっているというって訳なの……?」
私はただただ衝撃を受けた。
未明ですら、霊力であの敵に負けてしまっているという事実に。でもここは未明を信じるしかない。
「未明なら絶対に勝ってくれるわ……! とりあえず今はコイツ等を倒さないと……!」
私はそう思い直し、静仏部のトンカチを振り回した。次々と武士が成仏していく。
その時、突然武士の一人が霊能力をこちらに放ってきた。
「“霊矢”」
「うわっ!」
霊力で創られた矢が襲い掛かってくる。私は慌ててそれをトンカチで叩き落とした。
「なっ! 我が能力が!」
「静仏部を舐めるなよ……!」
私はそう言って能力を飛ばしてきた武士を叩き潰した。
そんな風に戦い続けていると。
「この人が最後の一人ね……せいっ!」
「ぐわあ!」
「やった! 全員倒したわ!」
文が最後の武士を殴り飛ばした。これで武士は完全に全滅した。
「さて……未明は大丈夫かな……」
戦っていて目が離せなかったので未明がどうなっているのかが分からない。霊力も感じられないし。
未明の方を向くと、そこには傷を負っている未明が居た。立ってはいるが、消耗は激しそうだ。
「未明ーーー! そっちは大丈夫!?」
「な……お前等もう終わったのか!?」
「そうだよ」
「マジか……流石静仏部だな……」
未明はそう答えながら障壁を出して敵の攻撃を避けている。敵の姿は武士から美女に変わっており、それが凄まじい斬撃を放っている。
そして未明の傍らに味方らしき女性の幽霊も居た。女性の幽霊の霊力はこの状況でも感じられる。どうやらかなり強い味方のようだ。
それでも防戦一方みたいで、さっきから未明は逃げ回ってばかり。
不味い状況ね……
そんな未明がふとこちらを振り向いてこう言った。
「おーい! 皆にちょっと頼みたい事があるんだけど―――」