七話
「はあっ、はあっ……おいもっと速く走れ!」
「分かってるわよ……」
俺達は息を切らしながら学校から出ようとしていた。
だが霊障の所為か校舎に居た生徒や先生は全員床に倒れてしまってそれを避けながら走らなければならないので、思うように走る事が出来ない。
「うっ……大丈夫かしらこの皆……」
「フヒャハハハハハハハハ!!! この惨状……まるでノストラダムスだぁー! イヤッハハーーーーー!!!」
「ちょっと御堂君……うるさいし不謹慎よ。ちょっと黙っててくれる?」
変なスイッチが入ってしまった御堂に善野が御堂の首筋に手刀を入れようとする。御堂はそれを辛うじて躱し、善野に人差し指を突き付けて言った。
「うわあ! この野蛮人め! こんな時に暴れないでくれ!」
すると善野がまるで般若のような顔しながら御堂の腕を握り締めた。
「ふ~ん。私の何処が野蛮だって言うの? 具体的に何処が?」
「ぎぃやああああああああ!!! さようなら俺の右腕ぇーーー!」
「おい馬鹿かお前等! 阿保な事してないでとっとと逃げるんだよ!」
俺はバカ二人にそう呼び掛けて足を速めた。バカ二人も俺の呼び掛けに頷いて暴走を止めた。
そうしてしばらく逃げていると、学校の外が見えてきた。俺達は学校から出る事に成功した。
「よし、ここまでくれば婆ちゃんの能力の影響は受けない! とりあえず休憩しようぜ―――」
「ねえ未明……あれってまさか……」
座り込もうとする俺にやまめが驚きと恐怖に染まった顔で俺の肩を掴んである方向を指差した。
そこには……途轍もない霊力を纏った武士……平刀乱が居た。
「なっ……! 何でこんな所に! お前婆ちゃんと戦ってた筈だろ! どうやってここまで来た!?」
俺がそう聞くと、刀乱は低く笑いながらこう返した。
「儂の可愛い配下のお蔭じゃよ……木偶の坊もたまには役に立ってくれるもんじゃ」
「へっ……その程度の霊力じゃあ婆ちゃんにダメージは負わせられても勝てはしないだろうからおかしいと思ったんだ……その使えない配下に頼るとはな。どうりでここまで来れる訳だ」
「かか……手段はどうだって良いのじゃ。儂はお主らの血筋を絶やす事が出来ればそれで満足なんじゃよ……儂を成仏させた貴様の先祖、園城寺のな!」
「ああそうかい……じゃあこっちは全力で阻止させて貰うぜ」
「それが出来れば良いがのう。かかかかか……」
刀乱はそう言って二振りの刀を抜き、斜めに空を切った。
次の瞬間、刀から斬撃が放たれ俺に襲い掛かった。俺は瞬時に多数の障壁を張る。しかし斬撃は全て俺の障壁を突き破り、俺の両腕を切り裂いた。
「があっ……!」
「かかかか……お主の障壁がまるで豆腐のようじゃわい! 流石は我が愛刀“長月”!」
「くっ……未明が押されてる……ここは私達も戦うのよ!」
「戦いはあまりしたくないんだけど……やるしかないわよね」
劣勢な俺を見てやまめと善野がそんな事を言う。
「おいやめろ! 霊能力に覚醒したてのお前等が戦える相手じゃ――」
「フフフ……未明君、そうでも無いと思うよ? ほら……」
俺が二人を止めようとすると、御堂がそう言って懐から何かを取り出した。それは何と、生物部にあった鋸やクギ、ピアノ線等の殺人器具達だった。
何故か殺人器具から婆ちゃんの力に似た特別な力を感じる。
「あの婆さんの除霊でこの道具達に聖なる力が宿ったらしいというのが俺でも分かった。それでこの事態を想定してちゃっかり持ってきておいたのさ。別に解剖に使おうって訳じゃないよ? 違うからね?」
御堂が床に殺人器具を並べながらそんな言い訳をする。俺は御堂に呆れつつも皆にこう言った。
「……お前なあ。まあ今は御堂が殺人器具を解剖に使おうとしたのは置いといて、それがあればお前等でも自分の身位は守れる筈だ。自分の保身だけを考えてくれ」
「で、でも……」
「大丈夫だ。俺にはまだ奥の手が残っている。俺の戦いには手を出さないでくれ。防衛対象が減るだけでもこっちは有難いんだ」
「分かったわ。でも絶対に負けないでよ」
「ああ」
俺はやまめにそう答えて、再び刀乱に向き直った。
「作戦会議はもう終わったのかの?」
「そうだよ。待たせたな」
「ならばその作戦、崩してみせよう」
「……ん? 何する気だ?」
俺が身構えながら刀乱の動きを見ていると、刀乱は腰に下げている法螺貝を吹いた。すると空中に禍々しいオーラが現れ、大量の武士が現れた。俺は刀乱の部下の夥しいまでの数に驚きを隠せなかった。
「お前……本当に部下何人居るんだよ……」
「知らぬな。数えた事も無いわい」
刀乱はそう言ってまたかかかか……と笑った。はっきり言って刀乱だけでも倒すのは厳しいのに、この大量の部下までとなると死を覚悟しなければならない。
「かか……皆の衆、かかれえ!!!」
「ウオオオオオオオオオオオオオ!!!」
刀乱が刀を俺達に差し向けて部下をこちらに向かわせてくる。もう迷っている暇は無い。
とりあえず片っ端から倒していくしかない―――
俺がそう思った時。
「きゃああああああああああ!!! 私か弱いのよ! 近づかないでぇ!」
善野が押し寄せてくる武士に殴り掛かった。鬼のような力が無駄のない動きで振るわれる。
その拳に殴られた武士達は一瞬にして成仏した。
は……?
一体今何が起こったんだ……?
武士達もまた俺と同じく唖然としている。
俺は目を疑い、よ~く善野の握り拳を見てみると、静仏部のクギが握られていた。
……今のは、善野の怪力と霊力と婆ちゃんの力? が宿った静仏部のクギによって大幅に強化されたって訳か。それならまだ納得出来る。
「何を怯んでおる! 行かぬか!」
「……オオオオオオオオオオオオオオ!!!」
刀乱の鼓舞によって硬直していた武士が再び押し寄せる。
「善野、危ないぞ!」
「分かってるわよ……ちょっとそんなに引っ張らないで……」
御堂が何故か体勢を低くしながら善野の襟首を掴んで後ろに下がる。
何であんな行動を……と思ったが。その行動の真意はすぐに明らかになった。
武士が足並みを揃えて三人の下に突撃してくる。
だが―――
グンッ!
その突撃は見えない何かによって阻まれた。
武士の最前線がバランスを崩してしまったので前線に近い武士達は大きく体勢を崩した。
「あんた達が起こしたこの騒ぎの所為で……生物部が廃部にでもなったらどうしてくれるのよ……あんた達なんて静仏部の餌食になるがいいわ!」
やまめが何かのボスキャラのようなセリフを吐いて体勢を崩した武士達に静仏部のトンカチを振り下ろす。
金属同士がぶつかり合う鈍い音が響き、多くの武士が成仏した。
「あれは……ピアノ線か!」
おそらく武士が引っ掛かったのは御堂が木の枝やガードレールに張ったピアノ線。静仏部のピアノ線は透明だから空中だと見えにくい。それで引っ掛かったのだろう。いつの間に張ったのかは分からないが。
御堂の抜かりなさは流石優等生と言ったところか。
「小便は済ませたか? 仏様にお経は上げた? 道端でガタガタ震える準備はOK?」
御堂がピアノ線を引きながら武士達にドヤ顔でそう言った。さっきのやまめといい何コイツらは決め台詞を言っているのだろう。
まあ何はともあれあいつ等は意外と大丈夫そうだ。
「おい! そっちは任せたぜお前等!」
「心配しなくても大丈夫よ未明。こいつ等は私達が全滅させるわ!」
「へへっ、頼もしいぜ!」
やまめの返事に安心した俺は障壁を自分の周囲に張った。そして武士に向かってこう言った。
「さて……面倒臭いから早く始めようぜ」
「そうじゃな……貴様の命、貰い受けようかの」
本当の闘いの火蓋が今、切って落とされた。