五話
棘に刺された武士からは何の音もしない。
やった……のか?
幽霊は冥界で死ぬとまた別の物に生まれ変わる。死んだか気絶していれば安心なのだけれど……これで終わる程生易しい相手には見えない。
そんな風に俺がフラグを立てていると。
パキン! という音がして全ての棘が一瞬にして破壊された。そこに居たのは少し体から血を流し刀を構えている武士。
どうやら無月の攻撃もあまり効かなかったようだ。
「若いの、お主のその霊能力……やはりお主園城寺未明じゃな?」
「な……! 何で知ってる!?」
「かか……それは儂に勝ったら教えてやろう。では行くぞ!」
武士が驚いて硬直している俺に向かって切りかかってくる。俺は慌てて死者の都市で刀を受け流そうとする。
だが、刀は障壁を貫いて俺に襲い掛かった。
「げっ!? 嘘だろ!? 死者の都市!」
俺は刀の威力が上がった武士に焦りつつも障壁を幾多にも出しほんの少しの隙を作って後ろに下がり、刀を躱した。
武士は俺が驚いているのが楽しいのか、声を弾ませて言う。
「かかかか……刀の威力が上がった事に驚いておるようじゃな? この刀は霊刀“長月”。空気中の霊力を吸収出来る刀なのじゃ」
「それを教えるとかお前アホだろ……」
「阿呆とは何じゃ! 教えてやったというに! もう良いわその首貰うぞ!」
武士は怒って俺に切り掛かろうとする。俺は障壁を武士の腹辺りに出現させた。
「“死者の都市”」
「ぬおっ! お主こんな使い方も出来るのか!」
武士は障壁に阻まれ若干の隙が出来た。
すかさず俺は……
障壁を球状に張った。この状態の死者の都市では簡単に割られてしまう。
だがこれは防御の為に張った訳じゃない。
「おい無月、頼んだ」
「分かったわ。竜馬一角!」
無月が俺の張った死者の都市に触れ、竜馬一角を行使して障壁から棘を地獄の針山のように出現させる。
鋼鉄以上の硬度を持つ鋭い棘が武士の体を串刺しにした。
「ぬあああああああああっ!!!」
「攻撃は最大の防御ってのは本当だな。意外と効いたぜ」
「私のニートライフは誰にも邪魔させないわ」
わりと防御向きな死者の都市もこんな風に他の霊能力と組み合わせれば思い切った攻撃も出来る。まあそれでも積極的に戦おうとは思わないけどな。
武士が体中から血を流して膝をつく。
これはもう動けないだろう。園城寺未明が何とかと言っていたが、今は逃げる事が最優先だ。
俺はそう判断して武士に背を向けて走り出した。
と、その時無月が俺の袖をくいっと引っ張り。
「ねえ未明、あなたの胸ポケットから禍々しいオーラが出てるけどこれ大丈夫?」
そう聞いてきた。
俺は慌てて胸ポケットに目をやると確かにピアノ線から禍々しいオーラが広がっていた。これはもしかすると帰れるかもしれない。
俺は急いでその場を離れてからピアノ線を取り出して手のひらの上に置いて様子を見た。
禍々しいオーラがどんどん広がっていき、やがて俺達二人を包み込んだ。
俺の意識はまた途絶えた。
*
*
*
気が付くと、俺は自分の部屋に戻っていた。
「うっ……!」
急に倦怠感に襲われる。
無月を出していたからだろう。体にかなり疲れが溜まっている。
「無月、戻れ」
「やっと引き籠れるのね……」
俺は無月を勾玉の中に戻した。
「さて……婆ちゃんと親に説明しないとな」
説明の内容を考えている暇は無い。
俺は急いで自分の部屋出て襖を荒々しく開け居間に行った。因みに俺の家は寺のような家で結構広い。
部屋は全部和室で仕切りは襖だけでプライバシーのへったくれもないのが辛い所だ。
「婆ちゃん……親父……母さん……俺ヤバいものに出遭っちまった……!」
「どうしたんだい急に? あ、今日文吾と灯さんは居ないよ」
居間の襖を開けるとそこに居たのは婆ちゃんだけだった。親はまた何か依頼が入ったのだろう。俺の親ももちろん霊能力者だ。
でもこの家で一番霊力が強いのは婆ちゃんなので問題は無い。
「親父達は依頼かな? いや今はそれどころじゃないんだ……!」
俺は事情をありのままに説明した。
すると普段あまり動じない祖母がその白髪をいじる手を止めて驚いた様子でこう聞いた。
「高校の生物部にそんな霊力のある物があったのかい?」
「ああ……変なオーラに包まれて冥界に連れて行かれた……何とか戻ってこれたけど」
「……それは大変じゃったの……よう戻ってきた」
婆ちゃんはしみじみと俺に言った。
そして婆ちゃんはおもむろにシワシワの手を拳法のように構えて俺に向け、呟いた。
「“祓閃光”」
「ぎゃああああああああああ!!!」
婆ちゃんの手から眩い光線が出て俺の体を吹き飛ばした。俺は咄嗟に障壁で受け身を取る。
「何でそういう事を帰ってすぐに言わなかったんじゃ! このたわけ!」
「いやどう説明すればいいのか分からなくてさ……それに冥界に連れ去られたのは帰ってすぐだったし……ていうか俺にいきなり祓閃光を撃ち込むのはやめてって言わなかったっけ……めっちゃ痛かったんだけど……」
「いやあちょっと痛い程度に抑えたつもりじゃったんじゃがのう、ちと加減を誤ったようじゃ。ヒャッハッハッハッ!!!」
「笑い事じゃねえよ婆ちゃん! 俺が死んだらどうすんだ!」
婆ちゃんの霊能力、“祓閃光”は手から霊にめっぽう効く光線を出す能力だ。その威力は多分ハゲならちょっと掠った位でも即成仏するし、武士の霊力が上がった状態も一撃で成仏させられる程だろう。本気を出した所をあまり見た事が無いけれど、滅茶苦茶強い事は確かだ。
だが婆ちゃんは最近ボケてきたのか制御を間違ってしまうので本当に気を付けて欲しい。
「とりあえず説教はこの位にしておこうじゃないかね。あと未明が戦ったっていう冥界の幽霊の事だけど……」
「ん? あいつらに何かあるの?」
「大有りじゃ。ちょっと待っとれ」
婆ちゃんはそう言ってゆっくりと立ち上がり、押し入れの襖を開けて何かを探し始めた。そうしてしばらく押し入れを探る事数分。
「あったわい」
婆ちゃんは謎の巻物を取り出してきた。
「その巻物は一体何?」
「これは幽霊懼絵巻といってな、簡単に言えば戦ってみて強かった幽霊がここに乗っておる」
「なるほど……」
婆ちゃんは低い机の上にその巻物を広げた。
「何処じゃったかのう……あ、あったぞい」
そして婆ちゃんがある所を指差した。
「こ、これは……!」
そこには、平刀乱、霊能力名:快刀乱麻と記されていた。
「おそらく未明、お主が戦ったのもこれと同じ奴ではないかの?」
「ああ……式霊を出してやっと倒せた位の強敵だったよ」
「倒せた……? という事は止めは刺しておらぬのか?」
「いや、死んだかどうか分からないんだ。一応串刺しにはなったけど。そんな余裕無かったし」
「そうか……不味いな……」
婆ちゃんが額に皺を寄せて頭を抱えた。
幽霊は死んでいるだけあって結構しぶといので、人間なら致命傷となる傷を受けても時間が経てば回復する幽霊も居る。強い幽霊程その特性は強い。
武士が回復して俺を冥界から追い掛けてくる可能性も十分にあった。幽霊が現世に戻るのは難しいが未練でどうとでもなってしまう。
「未明。ここ数日は気を付けておくのじゃぞ。いつ奴が襲って来ても大丈夫なように常にフルコンディションで戦えるようにしておくんじゃ。生物部にある残りの物も私が何とかしよう。そのピアノ線はもう大丈夫じゃけどな」
「分かった。気を付ける」
「あと、しばらくの間は居間で寝なさい。いざという時を考えてな」
「ああ」
俺は婆ちゃんの忠告に頷き、しばらくの間は居間で過ごす事にした。
非日常はまだ、続く。
*
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一方その頃……
「おのれ園城寺未明……まだ勝負は着いておらぬぞ……! 行くぞ皆の衆!」
「「「「「ウオオオオオオオオオオ!!!」」」」」
勇ましくも恐ろしい叫び声が、暗黒の渦に吸い込まれていった。