四話
俺はハゲ達と出遭った場所からかなり遠い所まで歩いた。
元の世界に戻れる方法を探しているのだ。
手掛かりは現世と死後の世界を繋ぐと言われる“俱糸”という機関。そこは冥界に入ってくる死人を迎える冥界の役所のような施設らしい。
基本的に死人は俱糸から入ってくるものだという。
この情報は俺がその辺のおばさんに上手い事現世の人間である事を隠しつつ聞いて手に入れた情報なので、多分眉唾ではないと思う。
そこに行けばピアノ線の事や俺が帰れるのかどうかも分かる筈だ。因みにピアノ線は俺の胸ポケットに入れてある。
もし俱糸が無かったり俱糸の職員に追い返されたりしたら別の方法を探すしか無いが。
「はあ……本当に面倒臭い事になったぜ……全く……」
俺がそうぼやきながら歩いていると、前の方から、
シャッ……シャッ……
という包丁を研ぐような音が聞こえてきた。
勿論俺は即逃げた。超逃げた。
あんな危なそうな場所に近づくバカが何処にいる?
さっきのハゲ達は因縁が残ったら面倒臭いから倒しただけで、別に俺は戦いが好きな訳じゃない。むしろ戦うのは嫌いだ。
そんな訳で韋駄天もビックリの速さで逃げた俺だったが……
何か足音が近づいて来ている。どう考えても俺を追い掛けてきていた。
また面倒臭い事になるのか……
俺は色々な事が起こりすぎていい加減ウンザリしてきた。
仕方ない……
何で俺だけを追って来ているのかはともかく速さは向こうが上らしいし、迎え撃つか。俺はそう決意して逃げるのを止め、障壁を自分の周囲に張った。
周りの人がぎょっとして俺を見てくる。
そして俺が包丁を研ぐ音がする方を見やった。
するとそこには、戦国時代のような甲冑を身に纏い二振りの長さの違う刀を持った武士が居た。
甲冑で顔は見えないが多分体格からして男だろう。シャッという音はどうやら刀を研ぐ音だったらしい。何やら禍々しい霊気を放出させており、鋭い殺意が俺に向けられた。
どう見ても強敵です。有難うございました。
これはもう適当に死者の都市で邪魔して逃げるしか無いな……
戦っても勝てそうにないし、まだ逃げる方が可能性がある。
俺がそう考えていると、その武士は俺に言った。
「お主……中々に強い霊力を持っているようじゃな。どうじゃ、儂と果し合いを……」
「嫌です」
俺は武士が言い終わる前に障壁を武士の周囲に張って逃げ出した。
「待たんか小僧! 話は終わっておらん!」
武士は重圧などもろともせずに片方の刀を一振りすると俺の障壁を簡単に破ってしまった。
「おっと、なんじゃ今のは?」
重圧が逃げ出し武士に襲い掛かるが、少しよろける程度。
やっぱり俺よりも断然強いじゃねえかと、俺は更に足を速める。
だが……
「待てと言っておろう?」
「うっ……」
武士に先回りされ、逃げ場を失ってしまった。俺の前に立ち塞がった武士が俺に言う。
「最近の若造はどうも話を聞かんの……まあよいわ、話の続きをするぞ。どうじゃ、儂と果し合いをせぬか? ……お主に選択肢は無いがな!」
武士が片方の刀を俺に向かって振り下ろす。さっき張っておいた障壁が砕け、刀が俺の腕を浅く切った。俺の腕から鮮血が迸る。
「ぐあっ!」
「甘いのう、若いの……そうじゃ、冥土の土産に儂の能力を教えてやろう。ここが冥土じゃがな。儂の霊能力は“快刀乱麻”。刀の切れ味を何倍にも跳ね上げる能力じゃ。お主は障壁を出す能力のようじゃな。矛と盾のどっちが強いかのお? かっかっかっかっかっ…………」
武士はそう言って高笑いした。
俺は痛みを堪えつつも今まで戦ってきた霊とは格が違いすぎると再認識させられた。
「今のは挨拶替わりじゃ、食らえ!」
武士が再び片方だけ刀を振るう。
「死者の都市、“砂漏形態”!」
俺は球状ではなく盾のように障壁を出現させ、更に角度を付ける事によって鋭利な刀の方向を逸らした。
武士の刀は俺を傷つける事無く障壁にヒビを入れ、アスファルトを切り裂いた。
「なぬ!? 小癪な……」
「へっ、これでも霊能力者なんだ。あんまナメんなよ……」
俺は武士に向かって余裕そうに言った。能力の使い方は俺の親や婆ちゃんから叩き込まれている。ある程度霊との戦闘経験もあるのだ。
武士はそれに対抗心を燃やしたのか、今度はもう片方の刀も一緒に使い凄まじい速さの刀捌きで障壁を壊していく。俺は障壁を張り続けて二振りの凶刃を受け流していく。
けたたましい程の剣戟の音が辺りに響き渡る。
周囲には誰も近付けなかった。
「かか……我が二刀流の前に何時まで持つかな?」
「てめえこそ筋肉痛で寝込むなよ」
俺はそう軽口を叩きつつも内心焦っていた。何故なら霊能力というものは無尽蔵に出せる物では無いからだ。
人は皆大小の差はあれど霊能力を持っており、そして霊能力はそれを消費して能力を具現化させている。
つまりRPGで魔法を使う時にMPを消費するのと同じだ。
今はどう考えても俺の霊力よりも相手の霊力の方が強いので、何時までも防御している訳にはいかない。それに砂漏形態だと重圧は使えないし、何よりも奴には重圧が通用しなかった。
と、まあかなりヤバい状況な訳だが……
俺にはまだまだ手が残っている。
この戦況を覆せる手が、俺の死者の都市には残っている。
俺は障壁を出しつつも生徒手帳を取り出し、そこのポケットに入っている緑色の小さな勾玉を出した。
俺は勾玉を前に突き出して、言った。
「行け! 無月祐子!」
「また……? ずっと勾玉の中に引き籠っていたいのに……」
「じゃあさっさとあいつを倒してくれ」
俺の言霊に反応して勾玉から“式霊”無月祐子が飛び出した。
それは白い装束を身に纏っており、顔色が悪いいかにも幽霊といった風貌の女。
これが死者の都市のもう一つの力、“式霊化”。
死者の都市の重圧で幽霊を抑え続け弱らせる事によりその幽霊を式霊にする、要は従える事が出来る。式霊は霊能力戦で戦って貰ったり、色々と手伝わせたりも出来る便利な存在だ。
幽霊は皆霊能力を持っているので戦闘ではかなり心強い。式霊になった幽霊は死者の都市で創り出された勾玉に入り、その中で待機している。
また、勾玉の中は幽霊達曰く結構快適らしい。
とまあ、反則的に強い能力に見えるかもしれないが欠点もあって、式霊を出している間は普段の三倍近く霊力を消費する。
だから常に一体位までしか出せないし、出せる時間も数分程度だ。この辺りはその式霊の強さにもよるが、無月祐子はかなり強い幽霊なので三分が限界。
それに俺自身も疲れるので、奥の手といった所だ。霊力の消費が無かったら最初から使っている。
「はあ……永遠に引き籠っていたいのに……あと彼氏欲しい……」
「じゃあちょっとは働けこのクソニート」
「ニートじゃないし! 私小説家だし! 引き籠りだし!」
「いや引き籠りは否定しないのかよ……まあそこはいいや頼むぜ!」
「分かったわ……もうさっさとアイツを血祭にあげて引き籠るわ私……」
「おう……!」
俺は無月のやる気を引き出す事に成功し拳を握った。
無月祐子は生前小説家で、それなりの人気作品を書いていた。だがそんな中急病で倒れて死んでしまったのだ。
そして幽霊となった。生きている間に恋人が出来なかった未練で。
「何じゃと……お主式霊使いじゃったのか……!」
「そんな事はどうでもいい。引き籠りたいんだからさっさと死んで」
驚く武士に無月はそう言ってアスファルトに触れ、呟いた。
「“竜馬一角”」
次の瞬間、アスファルトに無数の大きな棘が出現し武士に襲い掛かった。
棘に覆い隠されて武士の姿が全く見えない。
無月祐子の霊能力、“竜馬一角”はありとあらゆる物に鋭角を持たせる能力。引き籠りたいという意思と彼氏が欲しいあまりに彼氏持ちを妬む歪んだ心が生み出した能力なのだ。