三話
俺は学校で善野と御堂と別れ、やまめと一緒に帰った。
そうして家に帰った訳だけれど……ここで最初の事件が起こった。
「さて……何て親と婆さんに説明すれば良いんだこれ……」
俺はバッグからピアノ線を取り出した。そして異変に気付く。
「ん? 何かさっきよりも霊気が酷くなってないか? というか今もどんどん霊気が……」
俺がそう言い掛けた次の瞬間、ピアノ線から漆黒の暗闇が広がった。
俺の意識はそこで途絶えた。
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次に俺が目を覚ましたのは、夜の繁華街だった。煙草と酒や料理の香りが辺りに漂っている。店の派手なネオンの看板が夜の闇を照らしている。ただの夜の街という感じだが、何か空気がおかしい上に湿気が多い。
俺はここが何処なのか理解した。
「まさか……ここは……“冥界”!?」
“冥界”は死んだ人間が行く所の一つだと親から聞いた事がある。
天国と地獄なんてものは存在せず、代わりにこの”冥界”と”天界”に別れている。この二つの世界の違いを簡単に言うと、”冥界”はジメジメした夜で、天界は晴れ晴れとした昼。
どちらも元の世界がベースになっていて、要するに死者の世界は昼と夜に別れているという訳だ。
また、死後どちらに行くかはその人の素質によるし、交通機関を使えば二つの世界を行き来する事も出来る。
勿論、生きている間に何か罪を犯した場合にはそれぞれの世界にある刑務所に入れられる。
犯罪者や悪人が平然と安泰を手にするなんて許される訳が無い。
とまあ、そんな名前の割には和やか? な冥界なのだけれど、当然生きている筈の俺が来られる場所じゃない。つまり俺は死んだのかもしれないという訳だ。
welcome! 静仏部、これにて完ッ!
……
いやいやそれは無い!
第一俺はトラックに轢かれた覚えも無いし通り魔に刺された覚えも無いし道路が陥没してその穴に落ちた覚えも無い。心当たりがあるとすればあのピアノ線から出てきた暗闇だ。
あれが現世と冥界を繋ぐ門になってしまったのだろう。かなり強い霊気を持っている物だとたまにそんな事が起きる。
本当に昔あの静仏部に何があったんだ……
俺がそんな風に物思いに耽っていると。
「おいガキ! そんな所でぼーっと突っ立ってんじゃねーよ!」
「どけ! 兄貴のお通りだぞ!」
「道塞いでんじゃねえぞクソガキが!」
「うおっ、すみません」
突然ガラの悪そうな男達に怒鳴られた。
兄貴と呼ばれていた一人は日焼けしたスキンヘッドの大柄な男で、もう二人の子分は髪を金髪に染めたいかにもなヤンキー。
俺はもしかしてこれ絡まれるんじゃ……と凄く不安になった。そしてその不安は悲しい事に現実となってしまった。
ハゲが何かを思い出したような顔をして俺の肩を掴む。
「そういや今金が無かったな……おいガキ、俺に有り金全部寄越しな」
「へへへ……喜びなクソガキ、お前みたいな奴でも兄貴の役に立てるって事をよ」
「そうだそうだ! 早く出しやがれ!」
「………」
俺はハゲ達の物言いに唖然とした。こんなテンプレなヤンキーの台詞を使う奴が居たなんて!
俺が驚いて何も言えずにいると、ハゲは俺が怯えていると勘違いしたらしくこう言った。
「おい……別にそんなビビらなくてもいいんだぜ~カネさえ出してくれれば痛くしねえぜ? ヒャハハハハハ……」
「俺がいつ金払うって言った?」
「へ?」
ゲラゲラ笑うハゲ達に俺がそう言い放つと、ハゲ達は笑い顔で硬直した。
そしておもむろにハゲが両手を少し前に出し、剣を持っていない状態の剣道のような構えを取った。更にハゲの手に茶色の光の粒子が集まっていき、光が茶色のハンマーを象った。
霊能力だ。死後の世界の住人は皆霊能力を持っている。
ハゲがその霊能力で創られたハンマーを持ち上げ俺に向けて振りかぶる。
ドガァッン!
ハンマーは俺の目の前のアスファルトに大きなヒビを入れた。周囲の人が慌ててこの場から離れていく。
「悪いなガキ……よく聞こえなかったんだ、もう一回言ってくれねえか……」
「ああいいぜ。俺がいつ金払うって言った?」
「そうか……てめえ自分の立場分かってんのかこの間抜けがァ!」
俺の言葉に激怒したハゲが俺にハンマーを横薙ぎに振るってきた。
ハンマーが恐ろしい勢いで俺の体を打ち砕こうとする。
俺はそのハンマーに対して……
「“死者の都市”」
同じ霊能力で返した。
辺りに緑色の光の粒子が集まり、球状の透明な黄緑色の障壁となって俺の体を包み込む。
障壁にハンマーが直撃する。
ガツンッ!
障壁はハンマーの威力を完全に消した。
「な、何い!?」
「あ、兄貴の“トールハンマー”がこんなガキの霊能力で防がれるだとぉ!?」
「う、嘘だ!」
ハゲ達は俺の霊能力が予想以上に強かった事に驚いている。
そりゃあそうだろう。
俺とて霊能力者の家系の端くれ。その辺の霊に負けるようじゃ話にならない。
いくら霊能力が未熟でもその辺の未練の薄い雑魚幽霊位ならあっさりと倒せる。俺は追い討ちにと驚愕しているハゲ達を“死者の都市”で包み込む。
「な、何で俺達を……うぐっ! お、重いっ! ぐあああああ!」
「あ、兄貴ー!」
ハゲ達に“死者の都市”の重圧が襲い掛かり、ハゲ達を地面に押さえ付ける。
俺の霊能力“死者の都市”は黄緑色の障壁を出し、その内部に居る者に立っていられない程の強力な重圧を掛けるという能力だ。
当然、その重圧は自分も食らってしまうので自分の近くに出す時は重圧をオフに切り替えなければならない。
因みに障壁の硬度は鋼鉄や鉄筋コンクリートを優に超える。他にも色々と便利な能力があるのだけれどここでは割愛する。
攻防に優れた能力なので俺の親や婆ちゃんは俺が優秀な霊能力者になるだろうと過度な期待を寄せているが、俺は面倒臭いのであまり霊能力者の仕事には就きたくない。
家に何度テレビ局が来たと思ってるんだ……
本当にあいつ等は厄介だった。
俺はその事を思い出してげんなりしつつもハゲ達にこう言った。
「おいお前等、俺は喧嘩なんかしてる暇はねえんだよ。能力は解除してやるからとっとと失せろ」
「何だとコラ……ガキが調子に乗ってんじゃねえ! ぶっ殺す!」
俺の言葉にまた余計に逆上してしまったハゲが重圧に負けじと立ち上がりハンマーを脇の横に構える。そしてゆっくりとハンマーを体を軸にして振り回し始めた。
まだ戦う気があるのか……面倒臭い奴だ……
「で、出たー! 兄貴のミョルニルクラッシャー!」
「これを見て生き残った奴はいねーぜ! 死んだなあのガキ! ざまあ見やがれ!」
ハゲの取り巻きのヤンキーが地面に押さえ付けられながらも喜んだ。段々とハゲのハンマーが加速していく。
死者の都市の内部重圧の中で動ける奴は中々いない。
多分あのハンマーに何かあるのだろう。
俺がそう考えている内にもハゲのハンマーの回転は目に追えない程の速さになっている。
「兄貴の“トールハンマー”はハンマーを霊気で創り出して霊気で勢いを増させる事が出来る能力……空気中の霊気を吸収するから無限に加速出来る! これを食らって生き延びた奴は誰一人としていねえ!」
「おいお前能力バラしてどうする! アホ! どうせ勝つけどよ」
「じゃあいいじゃん……」
取り巻き二人がそう豪語する。
俺は回転で竜巻を起こしているハゲをじっと見ながらほくそ笑んだ。
こんなピンチなのに何でかって? それは……
「これが俺のミョルニルクラッシャーだ! ヒャハハハハハ! 死ね!!!」
ハゲが回転の勢いのまま障壁にハンマーを撃ち込んだ。
ドガァァァッン!!!
あまりに増加された遠心力の塊が、障壁を破壊した。ガラスが割れるような音が辺りに響く。
「ヒャハハハハハハハ! やっぱ大した事無かっ……ぎゃあああああああああああ!!!」
「「うわあああああああああああ!!!」」
ハゲが高笑いしたその次の瞬間、砕けた障壁の破片と見えない何かがハゲ達を吹き飛ばした。
そう、俺が余裕そうにほくそ笑んでいた理由はこれだ。
“死者の都市”の障壁が破られると、内部の重圧が外に逃げる。
するとこんな風に中に閉じ込めた奴にかなりのダメージがいくという訳だ。
風船を針で刺すと破裂してゴムの破片が飛んでいくだろ? あれと同じだ。
さて……ハゲ達はその逃げた重圧にやられて完全に気絶しているみたいだ。
俺はそそくさとその場を離れる事にした。