二話
俺が突然凄い勢いで入ってきたので生物部部員である里見やまめ、善野文、御堂錬は目を丸くしてこちらを振り向いた。
しばらく固まっていた三人だったが、はっと我に返ったやまめが俺に噛み付いてきた。
「静仏部の扉を乱暴に開けるんじゃないわよ! 扉が壊れるじゃない!」
「うるせえ! 今そんな事はどうだって良いんだよ! 生物部の扉のポスターに描かれてたあの妙な単語は何なんだよ! 一体いつからこの部活は仏教系になっちまったんだ!」
「ああそれは……」
俺の突っ込み(二回目)を食らったやまめはさっきの様子とはうって変わって何やら顔を青ざめてこう語り始めた。
「今までさ、このロッカーずっと開けてなかったじゃない? それで何となく今日皆でここ開けてみようって話になって、開けたのよ。そしたら……」
やまめは手を震わせながら何故かボコボコになっているロッカーの扉を指差した。ロッカーから何かヤバい物が出てきたから中を見てみろという事なのだろうが、俺としてはロッカーが壊れている事の方が気になった。
俺は嫌な予感を抱きつつもやまめに聞いた。
「おい……中身見る前にさ……このロッカーの惨状は何なの?」
「ああそれは扉が錆びてて開けにくかったから文に破壊してもらっ……」
やまめがそう言い掛けると善野はやまめの腕をガッと掴み鬼のような力で握り締めた。
「ちょっとやまめちゃん……その言い方だと私が怪力で無理矢理壊したみたいじゃない。か弱い私にそんな事出来る訳無いでしょう? 冗談言わないでよあはははははははは……」
「だってそうじゃ……ぎゃあああああ痛い痛いやめてよ文! 腕が折れる! やめてやめて! ごめんごめん冗談よ! 冗談だってばああああああああ!」
やまめが腕の痛みに悶えながらそう叫ぶと、善野はようやくやまめの腕を手放した。
やまめはひいひい言いながら腕をさすっている。
お分かり頂けただろうか。これが我が生物部の誇る恐怖の部員、善野文だ。
長い黒髪を持つ落ち着いた雰囲気の美人で、普段教室で本を読んでいるような自他共に認めるお淑やかな女子高生……というのは上辺だけで実際はただの凶暴女。
本人にその事を言うとこんな風に手痛い反撃が待っている。
そんなヤバい奴だ。
因みに善野が金属製のロッカーをボコボコにする程力が強いのは善野が全国大会で優勝するレベルの空手の達人だからだ。つくづくあの制裁を受けたくないと思う。やまめは何でこんな奴も生物部に誘ったのだろう。
おっと、話が逸れた。
全てを理解した俺は悲惨な事になっているロッカーをそっと開けてみた。
するとそこには……
ノコギリに釘、ピアノ線にトンカチ、そして木炭と鉈が入っていた。どれもうっすらと血の染みのような物が付いている。
殺人にでも使われたんだろうか……
俺は得体の知れない恐怖に囚われつつもやまめの方を振り向くと、声を震わせながら俺に言った。
「ね? もうヤバいでしょ? 前々からこの部活で色々と怪奇現象が起きてたから覚悟はしてるけど……ここは只の生物部じゃないわ……過去に何か事件があったのよ……」
やまめはそう言った後、今まで押さえていた生物部への不満を我慢の限界だとばかりに吐き出した。
「もう嫌よこんな部活ー! 何で部室からこんな不穏な物が出てくるのよ! 犯罪の匂いがプンプンするわ! しかもその証拠に物がいつの間にか消えてなくなるし先輩達は部室に来ないし一年間の部費が二万五千円しかないし私が生物部に持ってきたこの子達も何人か神隠しに遭ったし……静かな仏を置きたくなるような部活じゃない! だから改名してあげたのよ! 静仏部にね! ううっ……シズカ……ミロク……サクラ……イナマル……」
やまめは静仏部の犠牲となってしまった川魚の事を思い出し泣き出してしまった。
やまめも流石静仏部の部員だ。
見た目は髪をツインテールにした唯の可愛らしい女子高生なのだが、飼っている魚に全部名前を付けそして例え全く同じ種類でしかもほぼ同じ大きさの魚でも全部顔を見分ける事が出来るのだ。
俺からすれば全く見分けがつかないのだが。
そんなやまめは魚を家族同然に扱っている。
今部室の水槽に居る魚は全てやまめが持ってきたものだ。水槽も魚の良さを上手く引き立てている。
凄いと言うかなんと言うか……
やまめはそうしてしばらく泣いた後、一応落ち着いたのか俺の方に向き直って言った。
「ねえ未明、あんたの家って霊能力者の家系でしょ……静仏部に居る悪霊全部祓ってよ……」
「ええ……マジかよ……」
俺はやまめの突然の頼みに困惑した。
そう、実は俺の家は代々霊能力者の家系なのだ。
俺も一応霊能力は持っていて、霊を払えなくもないし実際に祓った事もあるのだけれど……まだまだ能力が未熟なのだ。
因みに園城寺未明という名は園城寺家の長男に名付けられる襲名だ。
「一応この殺人器具見るだけならやってやるよ。それ以上は俺の親か婆さんじゃないと無理だ」
「え……適当に言ったのに……出来るの?」
「ああ……って適当に言ったのかよ! まあ信じるかはお前の勝手だけどよ」
「じゃ、じゃあお願い……」
やまめ達は意外そうな顔で俺の方を見てくる。
まあ、まさか目の前に居る人間が霊能力の類いを持っているとは思わないだろう。俺はその視線を気にせずに殺人器具を鑑定した。
………………
しばらくの間じっくり見ていると、とんでもない物らしい事が分かった。
“霊気”がとんでもなく含まれているのだ。
この“霊気”というのはいわゆる霊的な力の事で、数珠とかお守りなんかに入っている。つまり何かしら強い霊的なものの影響を受けたのだろう、この殺人器具共は。
だけど俺の力ではこれが良い物なのか悪い物なのかは分からない。とりあえずは家に持ち帰って親か婆さんに見て貰うしか無さそうだ。
でもその前に。
「なあ皆……これに少しでも触った?」
俺は万が一の事を考えて皆にそう聞いた。
すると頭が痛くなるような答えが返ってきた。
「実はうっかり……」「ちょっと好奇心に負けちゃって……」「解剖に使えそうだったから……」
約一名おかしな事を口走っているがここは気にしないでおこう。
これで状況が更に面倒臭くなってしまった。俺は頭を抱えて皆に言った。
「ああ……お前等もしかしたら俺の家に来てお祓いとかしないといけないかもしれないから覚悟しとけよ」
「「「そんなにヤバいの!?」」」
「そうだ……」
因みに危険度で言うと口裂け女くらいだ。一応対策は出来るけど下手すると命に関わる。
「とりあえず俺じゃあ結構ヤバいって事位しか分かんねえからこれ持ち帰っていい?」
「嘘でしょ……本当に何なのよこの部活……別にいいけど気を付けてよ」
「当たり前だっての……ちくしょう、帰ったらゆっくりアニメ観ようと思ってたのに……」
「おい未明……」
「あ? どうした御堂」
俺がお楽しみの時間が消えた事を嘆いていると、御堂が俺の肩をトントンと叩いて言った。
「そのピアノ線徐霊したら俺にくれよ。何か解剖に使えるかもしれないだろ?」
「………………やらん」
「はあ~? 何でだよ?」
生物部で一番ヤバい奴こと御堂が俺に不満そうな顔をしてくる。
御堂は成績はとてつもなく素晴らしく、ルックスも眼鏡を掛けた頭の良さそうな顔の奴でまともそうに見えるのだが、趣味がカエルとか小動物の解剖と若干サイコパス入っているえげつない奴だ。
俺はそんな御堂を無視した。
因みにこの部活に居る生き物の中で昆虫や陸の生き物は御堂が持って来ている。
俺と善野はやまめに誘われて入っただけなので生き物の知識が無い。だから力仕事とか雑用を任される事が多い。主に俺が。
それでも一応毎日部室に来ている以上俺は真面目だと思う。
「そんな訳で今日はさっさと帰るぞ皆」
「あんたまさか早く帰りたいから適当言ってるんじゃないでしょうね……」
「だったらさっさと一人で帰ってる。ほら急げ」
「ううっ……怖い……」
「解剖の道具が……」
「はあ……本当に静仏部ね……」
そうして俺達は生物部を後にしたのであった。