第一話 馬車の中
第三章、『魔剣オークション編』スタート!
大勢の馬車で王都を出発してから早三日。野営を挟みながら、今日遂に俺たちは目的の場所に着こうとしていた。
いよいよ魔剣を巡る大舞台に足を踏み入れる。そんな緊張の瞬間を俺は、
「はいスパーダ。あーん」
「あぁー。もぐもぐもぐ……美味い」
自身の左隣に座るエリーザがそう言って口元に運んでくる食事を、咀嚼しながら迎えようとしていた。
「ふふ、そうでしょう? この三日間でスパーダの胃を鷲掴みにするために色々作ってたの。どう? 三本目の魔剣が手に入った後も、私の騎士になる気になった?」
「いや、全然」
これは出発初日から知ったことだが、どうやらエリーザはこの三日間の移動のために保存の利く料理を大量に作り持ってきているらしい。
何故そんなことを、というのは今エリーザ本人が言っていた通りだ。
他の人たちはヴァロナント家の使用人が作った料理を食べているのだが、俺だけはこの三日間エリーザ特製の料理を永遠と食べ続けさせられている。
しかも俺が一人で食べることを許さず、先程のように毎回アイツが料理を俺の口に運ぶのだ。
それに対し、最初は抵抗していた俺だが……今はもう、特に抵抗することが無くなった。
――――慣れというのは恐ろしい。
「おいエリーザ、儂にもそれ寄こせ」
するとそこに、俺の右隣に座るゼノが不機嫌そうな目をしながら言葉を発する。俺を介し、下から睨み付けるように。
俺は今、エリーザとゼノが両隣に座り、間に挟まれているという状況だ。
「あら、残念幼女は私の使用人が用意した食事をこれでもかという程平らげたでしょう?」
「足りん!!」
「はぁ……これでも、あなたの存在を考慮して、食料はかなり持ち込んだはずなのだけれど……まさかもう尽きかけるとはね」
エリーザの言う通り、二十台以上に積んだ馬車の食料は底をつきかけている。連れ添う使用人の人数が多いいというのもあるが、主な原因はゼノの暴食だ。
本来ならばもっと余るはずだったのだろう。あと数日目的地までの到着が遅れるのなら、かなり危機的状況だった。
「足りんもんは仕方なかろうが!!」
溜息を吐くエリーザにゼノは開き直る。
「あと少しで『ブルーノ』なんだから我慢しなさい。それに、これはあなたのために作ったものでは無いわ。私が、スパーダのために、作ったものなの」
エリーザは作った手に持ったサンドイッチを指差し、ゼノを諭そうとする。
「知るか!! 食いたいもんは食いたいんじゃ!!」
駄々をこねるように言うゼノ、そこでエリーザは「ははーん」といった表情を作る。いや、というかそもそも最初から分かっていたのかもしれない。
「素直に言えばいいじゃない。スパーダと同じ物を食べたいって」
「っ!?」
「え、そうなのかゼノ」
エリーザの言葉に肩をビクっとさせるゼノの様子を目で捉えた俺はそう聞いた。
「どうせ私のことが気に食わないから、強く言って無理やりもらおうとしようって魂胆でしょ」
「ち、違うわい!!」
ゼノは即座に否定する。
しかし、それが図星であることは態度が物語っていた。
「まぁ俺は別にあげてもいいけどよ。それなら俺だってお前が食ってた料理食いてぇよ。俺この三日間エリーザの出す料理しか食ってねぇんだぞ」
「あら、不満? スパーダ」
「いや……まぁ不満ってほどじゃねぇけど。サイカさんの料理も食べたいって言うのは、あるな」
ゼノや使用人の人たちが食べる料理は、当然使用人の人たちが作るのだが、その中でサイカさんも調理に加わっている。
サイカさんに胃袋を管理されていると言っても過言ではない俺からしてみれば、彼女の料理を食べたいというのは嘘偽りなく本音であった。
「くっ……、まさか意外な所に伏兵がいたなんて……」
俺の心内を察したのか、エリーザは軽く舌打ちをする。
「ゼノ様」
俺たちがそんなやり取りをしていると、そこにサイカさんが口を挟んできた。
「む? 何だ、サイカ」
呼ばれた本人であるゼノは、俺から正面に座るサイカさんに目を合わせる。
「ゼノ様は……私の料理だけでは不満、なのでしょうか?」
「えっ!?」
あまりにも予想外なサイカさんの発言に、ゼノは目を見開き少し体を縮こませた。
「な、何を言うのじゃサイカ!! お前の料理は美味い!! この儂が保障する!! 不満など微塵も思ったことは無い!! じゃからそんな悲しそうな顔をするな!!」
「……」
俺は自分でも分かるほどに、信じられないモノを目撃している顔をしている。
それも当然のこと。
通常、ゼノはへりくだった相手に対し傲岸不遜を地で行くような傍若無人ぶりを発揮する。
だが今のゼノはどうだ? サイカさんの不安そうな顔や発言に、たじたじになっているではないか。
もうこの先見ることは無いであろう光景を、俺はしっかりと目に焼き付けることにした。
「ですが、先程のゼノ様の発言はつまり……」
「あ、あれはそういうワケではない!! ただスパーダが儂の嫌いな女が作った料理を美味そうに食っているからイラつきながらも、どんなもんかと思っただけじゃ!!」
すごい!! アレだけ言うのをためらっていたであろう言葉をつらつらと話した……!!
俺は感動する。
「そ、そうなのですか?」
「う、うむ!! そうじゃそうじゃ!! だから安心しろ!! 儂にとってサイカの料理は世界一じゃ!!」
「そんな……そこまで言って下さるなんて、主に仕える従者として……それほどまでに嬉しい言葉はございません」
「は、はははははは!!」
サイカさんの言葉を聞き、ゼノは安堵するように笑う。
そんなゼノを横目で見ていると、サイカさんが俺に向かい無表情のままウインクした。
――――つまり、先程のやり取りは全てゼノを丸め込むための演技だったわけだ。
だがそんなことはどうでもいい。俺はそんなサイカさんの所作にときめいた。
やはり俺の好きなタイプはサイカさんや武器屋のクルシュのような女性であることを再認識する。
「スパーダ?」
「……何だいエリーザ……?」
俺の様子を察したのか、エリーザが声音を低くし、俺の名を呼ぶ。思わず奇妙な口調になってしまった。
「皆さん、見えてきましたよ」
そんな俺たちの会話を中断するに相応しい話題をバーガンディさんが切り出した。
彼の言葉に反応した俺は馬車の窓から顔を出す。
距離にして約一キロ、だがそれだけ離れていても分かる……先に広がる巨大な建物の数々が俺たちの目指していた場所であることを如実に示していた。
「あれが……商業都市『ブルーノ』」
広がる新たな世界を前に、ゴクリと唾を飲み込んだ。
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小話:
サイカさんは基本無表情ですが、結構芸達者です。




