第四十二話 出発 前
エリーザとの駆け引きを制し、俺は期間限定の【ワケアリ】騎士となった。
後になって思い返してみれば、誓約書の文言を改変したビクさんは何らかの処罰が下るんじゃないか? というとてつもない不安に襲われたが、エリーザが受け入れたことでビクさんが何か罰を受けるということは無く、心底安堵した。
そしてなんやかんやあって一週間後、そんな俺は王都の北門へと足を運んでいた。
「ふぅ……」
巨大な門を前に、俺は息を吐く。
「はっはっはぁ!! いよいよじゃなぁスパーダ!!」
そしてそんな俺の隣で、腰に手を当て高笑いを上げるゼノが立っていた。
「いやぁ! それにしてもこの前のあの女の驚愕の表情、傑作じゃったなぁ!! 魔剣の中でゲラゲラ笑わせてもらったわ!! できれば実体化してあの場に同席したかったわい!!」
「お前が同席すると作戦成功の確率が下がるからそれは無理って言っただろ」
俺は半眼でゼノを見詰める。
隠し事ができず、すぐに顔に出るコイツがもしあの場に実体化していたら……エリーザに問い詰められ、全ての作戦は水泡に帰していただろう。
「むぅ……ま、結果良ければすべて良しということにしておいてやろう!」
少しばかり不満な態度を見せるゼノだったが、そう言って一人で納得した。
◇
一台の馬車が王都の北門へと向かい、街道を走る。
中には二人の人物がいた。
「見事でしたね。スパーダ様は」
そう言って、執事であるバーガンディは正面に座る主、エリーザを見た。
「あら、主が負けたというのに随分な言い草ね。バーガンディ」
腕を組み、彼を一瞥した彼女は車窓からの移り変わる景色に目をやる。
「えぇ、『見事な手腕は敵味方であれ褒め、糧とする』。エリーザ様の方針です」
「……そうだったわね」
一切動揺せずに返答するバーガンディに、エリーザはつまらなそうに言った。
「……」
「……」
――――沈黙。
主が話し掛けなければ、命令しなければ、基本従者は反応を示さない。だがその中にも例外は多くある。
エリーザとバーガンディもそうだ。バーガンディの方から主であるエリーザへと自主的に話し掛けることは少なくない。
しかし、今回は状況が状況だ。
主が負けたという事実は、従者であるバーガンディにとって非常に取り扱いずらい問題である。
先ほどはあのように軽口を叩いたが、それが正解だったのかどうか、未だに彼自身もそれは分からない。
「一つ、気になったことがあるの」
そんな中、エリーザが再び口を開いた。
「何でしょうか?」
バーガンディは、彼女が何を言うのか分からなかった。
が、ロクでもないことを言うであろうことは……心のどこかで察していた。
――――そしてその予感は、見事に当たる。
「バーガンディ、あなた……誓約書の細工に気付いていたんじゃないの?」
「……」
時間にして約一秒、だが永遠とも言えるのではないかという時間が両者の間で流れる。
しかし、心に圧し掛かる重しに屈するとなく、表情を崩さずにバーガンディは口を開いた。
「何をおっしゃいますか。スパーダ様が自作した契約書の方でさえ、私は気付きませんでしたよ。エリーザ様は私を買い被りすぎです」
一切の動揺を見せることなく、バーガンディは自身の潔白を表明した。
「買い被るに決まっているじゃない。でなければ、私の周辺の世話をする執事になんて……指名しないもの」
「……」
態度を変えないのはエリーザも同様である。彼女はその姿勢を崩すことなくバーガンディの目をしっかりとその目で捉える。
「で、どうなのかしら……?」
エリーザから、確かな圧が発される。魔力圧ではない、純粋な……生物が出す威圧に属するものだ。
そしてそれは……言うならば王の器、支配者として相応しい者が纏うであろう境地に達していた。
「やはり、あなた様は私を過大評価し過ぎているようです。確かに、私は学園の教員からあの誓約書を手渡されました。しかしそれだけです。気付く余地など、一切なかった」
少し、バーガンディは息を吸う。そして……こう続けた。
「ですが……もし仮に、私が意図的に気付いた事実を隠したのだとしたら、それは……」
「それは……?」
「試練を、与えたかったのでしょう。従者の役目はただ主に付き従い、与えられた命令を全うするだけではない……主を成長させることもまた、従者の務めです」
バーガンディはそう言って、ニコリと微笑んだ。
「……まぁいいわ。今となっては過ぎたこと。それに、あなたが気付いていたという証拠も無いもの」
「寛大なご配慮、感謝します」
何やら異様なやり取りを交え、馬車は目的の場所へと向かっていった。
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小話:
バーガンディさんは幼い頃からヴァロナント家の使用人として教育や訓練を受けています。




