第十五話 ひと悶着
「お見事でした」
「何がかしら?」
食事会はお開きとなり、スパーダとゼノがヴァロナント家から出て行った後、バーガンディがエリーザを称賛する。
「先程の交渉でございます」
「そう仕向けたもの。当然よ」
エリーザはそう言って紅茶の入ったカップに手を付ける。
彼女が行った交渉術は『ドア・イン・ザ・フェイス』と言うものだ。
これは相手に大きな要求を出して相手にそれを断らせ、その後それよりもハードルを下げた要求……すなわち『本当の要求』を切り出し、相手にそれをのませるという手法である。
最初に出した要求との難度のギャップが、次に出した本当の要求を受け入れやすくするのだ。
今回エリーザはこの交渉術を二回行った。一度目は任命式で、二度目は自身の邸宅で。
前者は『騎士になれ』という大きな要求を出しそれをスパーダに断らせ、次に出した本当の要求である『一緒に食事をしろ』という要求を通した。
後者もまた『騎士になれ』という要求を出し、次に出した『チェンバー家の騎士候補生と決闘しろ』という要求を通させた。
「魔王と言う不穏分子がいたにも関わらず、まさか同じ日に同じ交渉で事が済むとは……」
「あの幼女に関しては、入手した情報から問題視していなかったわ。少し食事の誘いは確実に乗ってくるだろうと踏んでいたし、邸宅での交渉は最初から交渉のテーブルに座らせなければ良いだけだもの」
エリーザは知っていた。
ゼノの食事に目が無いことを、子供のように癇癪を起こすことを。
そしてそれを逆手に取り、彼女は見事に交渉を実行し成し遂げたのだ。
「それに……スパーダの御しやすさも交渉のしやすさに拍車を掛けたわね。必死で頭を回していた所、可愛かったわ」
ふふ、とエリーザは笑う。
スパーダは同じ手法で交渉を持ち掛けられたことに気づいていなかった。
これは偏に、彼の直面してた問題の大きさに起因する。
ようやく見つけた魔剣の在り処への突破口……提示されたそれは、彼にとって喉から手が出る程欲しいものだった。
加えて、エリーザの少しばかり圧迫するような喋り方。
それらがスパーダの精神状態を追い込み、目の前に出された選択肢が全てであると思い込ませ、選択させた。
「ですが、良かったのですか? 先程の段階で、あの方にはもう選択肢は残されていなかった。あと少し、手を掛ければ、エリーザ様の最終的な要求……すなわち、騎士の指名に応じたかと思いますが……」
「……バーガンディ」
「申し訳ありません」
鋭い目を自身の執事に向けるエリーザ、彼は即座に謝罪した。
「いいのよ、急いでも意味は無いわ。それにスパーダは、最終的に私のモノになる。何をしても……最後には私に縋らなくちゃならなくなるもの」
エリーザは今までの笑みとは違う支配者の笑みを浮かべる。
ふふふ……スパーダ、あなたがどう足掻こうが……それは私の掌の上でのこと。
しばらくは、その無意味な余興に付き合ってあげる。
――――そうやって、必死になるあなたも愛おしいもの。
支配欲から来る歪んだ愛。
エリーザ・ヴァロナントは、どうしようもなくスパーダを愛していた。
◇
翌日、エリーザの言う通り……向こう側からの接触があった。
「お前がスパーダだな……?」
「……あぁ」
場所は教室前の廊下。
毅然とした態度で目の前に立つ男は、金髪のオールバックに少しばかりガラの悪そうな人相をしていた。
「よくも俺に恥をかかせてくれたなぁ……!」
どうやら俺に対し、かなりの怒りを抱いているらしい。
まぁ無理も無い……自身が選ばれることを全く疑っていなかった所にあの仕打ちだ。
正直俺がコイツの立場で怒りたくなる。
けど、それはエリーザに言ってほしい。
俺だって今回の一件に巻き込まれた一人なのだ。
「てめぇのせいで、俺は家で罵声や侮蔑を浴びせられた……!! 許さねぇ!! 俺の尊厳を踏みにじったお前を……!!」
そう言ってロズは俺に掴み掛かる。
ったく昨日といい今日といい、よく掴まれるな俺……!
だが……これなら!!
「おい、どうすんだよ……?」
「ははっ、決まってんだろ……? 決闘だよ……!! それならてめぇを殺しても文句は言われねぇからなぁ……!! 勿論、拒否権はねぇぜ……? 平民のてめぇにはよぉ……!!」
決闘とは本来命の危機を伴う制度。
当然……両者の同意を得なければ成立しない。
だが貴族が圧を掛け、殺したい平民を無理やり決闘の場に引きずり込むという手法が昔から横行していたらしい。
だが今は法や機関が整備され、冒険者ギルドや王立機関の介入がある。
介入するギルドや王宮内の人間を買収するという手もあるが、それはあまりにもリスキーなため実際に行動に移す貴族は少ない……特に、下級貴族では。
しかし、今目の前にいるロゼは間違いなく冷静さを失っている。
どんな手を使っても、俺を決闘の場に立たせるという強い気概が存在していた。
……不本意だが、願ったり叶ったりだ。
「あぁ……いいぜ。やろうじゃねぇか!!」
威勢を張るように、煽るように俺は叫ぶ。
リンゼとの決闘の際はアイツが俺を殺す気が一切無かったしルールも殺害禁止の要項が加えられていたが、今回……目の前のロズとの決闘は間違いなく命を懸けたモノになる。
――――しかし、やるしかない。
それが魔剣の在り処を知るための足掛かりになるのなるのだから。
「っ!!」
俺の態度に更に怒り心頭になったロズは自由だったもう片方の拳を握り、腕を振り上げた。
その動作が何を意味するのか、容易に理解ができる。
「らあぁ!!」
振り下ろされる拳、騎士候補生と言うだけあって凄まじい速度だ。
強化魔法は使用していない、純粋な肉体に全てを委ねたパンチ。辛うじて避けられるかどうか、そんな攻撃だった。
拳が俺の顔面に迫る……その時だった。
パン!!
何かが破裂するようなそんな音が俺の眼前で発生する。
そして、ロズの拳は俺に当たることは無かった。
その理由は視界に広がる光景が全てを物語っていた。
「それ以上の狼藉はこの僕が許さん!!」
そう言って、間に入ったフライトがロズのパンチを掌で受け止めることで防いだのだ。
「何のつもりだフライトォ? てめぇみたいな『野良』の候補生が俺の邪魔すんじゃねぇよ!」
「いいや断る!! スパーダに非は無い!! にも拘わらず、彼はお前の決闘に応じた! そんな彼にこれ手を出させはしない!!」
「てめぇ……!!」
フライトとロズの眼光が交錯し、火花を散らす。
「はいそこまで。そろそろ先生来るわよ」
「ちっ!!」
「ふん!」
だがその場にいたもう一人。
冷静なカレンの指摘が二人を引き離す。
「立会人と合意書にサインする日取りはこっちが決める。せいぜい残りの短い人生を謳歌しとけ……!!」
吐き捨てるように言ったロズは踵を返し、自身の教室へと戻っていった。
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小話:
フライトはキザでナルシスト気味ですが、内心は熱い男です。




