幕間 魔王様の誕生日 中
「エリーザ!?」
「おはようスパーダ。今日も恰好良いわね。惚れ直したわ」
エリーザはそう言うと、ずかずかとリビングに入って来た。
「ちょっとぉ!? 何勝手に入ってきてるの女狐!! 不法侵入!!」
「愛する未来の夫に会いにくるという大義名分の前では些細なことよ」
「ぜんっぜん些細じゃないんだけど!!」
滅茶苦茶なエリーザの論理に、リンゼは堪らず声を上げる。
『大オークション』が終わり、王都に戻ってきてからエリーザはちょくちょく俺の所……もといリンゼの家に顔を出すようになっていた。
無論前回の一件で騎士の契約は解消されたので、彼女がここに来ているのは本当に客人としてだ。
まぁその目的が褒められたものじゃないが。
「ふむ。やっぱり謝るという行為に体が拒否反応を起こして倒れたみたいね」
「字面だけ見ると何とも珍妙ですね」
泡を吹いて倒れているゼノを見て言うエリーザに、いつの間にか彼女の隣に立っていたバーガンディが同調した。
「まぁその内起きるでしょう。特段騒ぎ立てるようなものではないわ。寝室にでも寝かせておきなさい」
「……そうですね。では、私はしばらくゼノ様の看病に務めさせていただきます」
サイカさんはゼノを抱え上げると、そのまま寝室へと上がっていった。
「さて、と」
一仕事終えたように、エリーザはソファに座る。
「で、今日は何しに来たの女狐」
心底嫌そうな顔で、リンゼはエリーザに問う。
「そんなの決まってるじゃない。週末はいよいよスパーダの誕生日。その話をしにきたのよ」
「お前も俺の誕生日知ってるのかよ……」
最早どうして知っているのかについては面倒なので詮索する気にもならなかった俺は、ただただ半眼を向けた。
「どうせそこの雌豚じゃロクな準備をしていないだろうと思ってね」
「ちょ!? 何言ってるの女狐!! 私はスーちゃんのためにちゃーんと準備してるんだけど!!」
「なら聞くけど、会場は?」
「え、ここだけど」
「参加者は?」
「私たち以外だと【竜牙の息吹】のみんなかな」
「料理は?」
「私とサイカさんが丹精込めて作る!」
「……あのメイドが作る料理はともかく、他はダメね」
「ちょ!? 何でさ!!」
辛辣なエリーザの言葉に、リンゼは声を上げる。
「質の問題よ。会場を含めその他諸々……全て最高水準のものを用意しなければスパーダに相応しくないわ」
「で、でも……!!」
「ふん、何かを勘違いしているようね。いい? このパーティーの目的はスパーダの私たちへの好感度を上げることでも、私たちが自己満足をするものでもないわ。大事なのは……『スパーダを盛大に祝う』。この一点だけよ」
いやそれもだいぶ自己満足だけど!?
「エ、エリーザ。流石にそれは……」
何やら話がどんどん巨大化していくのを感じた俺はそれを堰き止めようとするが、
「た、確かに……!!」
俺の努力虚しく、ダムは決壊した。
「十年ぶりにスーちゃんを祝うんだもん。もっどもっと盛大にやらないとね!!」
「いや、ちょっあのリンゼさん?」
「その点、癪だけど【三大貴族】の女狐だったら最高で最高級な用意ができる……!」
「分かってくれたようで嬉しいわ雌豚」
「いや、あのぉ……お二人さん……」
「目的は一致してるし、ここは一時休戦!!」
「そうね。全てはスパーダのために」
そう言って、俺の目の前で二人は熱い握手を交わす。
「いやだから……」
「さぁ! そうと決まれば早速準備や手配を!!」
「もうしてあるわ。会場の手配、参加者への招待状の配布、当日の食材調達、全て抜かりなくね」
「さすがぁ!!」
「……」
最早俺が口出しをする隙など、微塵も残ってはいなかった。
◇
そうして、全く気乗りしていない俺を差し置いて、パーティーの準備は進んでいった。
――当日
「おぉ!! デカい建物じゃのう!!」
「……」
会場に着いた俺は、あんぐりと口を開けた。
目の前にあるのは王都でも有数の巨大施設であり貴族のパーティーに使われる『ロクシス会館』。
一週間前、制止することを諦めた俺は現実を直視することを恐れリンゼたちの準備を見ることすらしていなかったのだが、今こうして現実が容赦なく俺を襲っている。
「さぁスーちゃん! 中に入ろう!」
「行くわよスパーダ」
「……」
リンゼとエリーザに手を引かれ、抵抗する気も起きない俺はその建物へと足を踏み入れた。
入館した俺とゼノはまず控室のような部屋へと連れていかれ、パーティー用の服装に着替えさせられた。
気分としてはこの前の『大オークション』で礼服を纏った時の感覚に近い。
「今日の段取りを説明するわスパーダ。まず私が司会として開会の挨拶をすると同時にあなたの紹介をするわ。だからその後に入って来て」
「あ、あぁ……」
「次に私のマイクをそこで手渡すから何か軽く挨拶を」
「お、おぉ……」
「そこからパーティ開会。色んな余興や料理を用意しているから楽しみにしていて」
「は、はい……」
最早全てを受け入れ全肯定する人形と化した俺は、エリーザの説明にただただ首を振るしかなかった。
「開始は一時間後。それまでは適当に過ごしていて」
「本当なら私も一緒に過ごしたいんだけどね。色々最終確認しなきゃいけないところがあるんだ~」
「おぉ! なら儂は飯を……」
「それはダメだよゼノ。パーティーが始まるまでガマン」
「何ぃ!? ったく、仕方がないのう……」
リンゼの言葉に、ゼノは頬を膨らませながらしぶしぶ了承した。
「まぁ、それじゃあ中を見て回ることにするよ。ゼノも行くか?」
「うむ、行く!!」
こうして、俺とゼノは『ロクシス会館』を見て回ることになった。
◇
「……」
いや、やりすぎだ……。
パーティー会場を散策していた俺は、率直にそう思った。
豪華絢爛な装飾、明らかに多すぎる机と椅子……貴族のダンスパーティーのために用意されたのではないかと錯覚するほどの用意に、俺は頭痛を催す。
……あー、あれか。
目に入ったのはマイクが立てられている壇上。恐らくあそこに司会のエリーザや俺が立つのだろう。
いや、厳しい!! ダメだ今すぐ逃げ出してぇ!!
冷静に考え、溢れ出る想いに身を任せたくなる衝動を抑えながら、俺は頭を抱える。
「ガハハハ!! 儂を祝福する場としてはまずまずと言った所じゃのう!!」
隣にいるゼノはいつの間にかこのパーティーを自分が祝われるものだと思い込んでいる。
あまりにも思考がぶっ飛びすぎていて相棒の俺でも付いていけませんぜ魔王様。
「スパーダ」
「ん?」
俺を呼ぶ声が聞こえる。振り返るとそこにいたのはシェイズたち【竜牙の息吹】の面々だった。
「皆、来たのか」
「当然だ。同じパーティーの仲間の晴れ舞台だからな」
「晴れ舞台って……そんな大層なモンじゃねぇよシェイズ」
乾いた笑いで俺は答える。
「なーに言ってんだよ! こんな盛大なんだ! ドンと胸張れって!」
するとドミノが俺と肩を組みながらそう言ってきた。
「その通り」
「せ、精いっぱいお、おおおおお祝いしますぅ!」
エルとウーリャも、同じ気持ちのようだ。
「はぁ……ったく」
俺は頭を掻く。
仕方がねぇ……腹くくるか。
そして、覚悟を決めた。
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◇◇◇
小話:
現実逃避をしていたスパーダは「あはは〜」と笑いながら繁華街で飲み歩いていました。