第六十九話 その後 前
どこか鼻をつんざくような匂いを感じる。
ピクピクと、瞼が動くのを感じる。
――全部、俺が感じていることだった。
「スーちゃん!? スーちゃん!!」
そしていつもの慣れ親しんだ声が、俺の耳に届いた。
「う……ぁ……」
気付けば、俺の瞼はゆっくりと開いていた。
視界に入るは見知らぬ天井、そして……。
「スーちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
幼馴染の泣き顔だった。
「……心配掛けたな」
「うぅぅぅぅぅぅぅ……!!」
抱き着くリンゼの頭を、俺は撫でる。
いつもなら鬱陶しいと引き剥がすのだが、今はどうもそんな気分にはなれなかった。
「ようやく目覚めたわね。スパーダ」
「おぉ、エリーザ」
リンゼの反対側からの声に目を向けると、そこにはエリーザがいた。
「なんだかな。毎回ひと段落するたびにこうして倒れてる気がするよ。ここは……?」
「『ブルーノ』内にある病院よ。貴方は三日間ぐっすりだったわ」
「三日……!?」
マジか、そんなに寝てたのかよ俺……。
肉体の感覚から、俺はエリーザから告げられたことが事実であることを実感する。
「良かったわ。目が覚めてくれて」
その直後、エリーザが俺の右手を握った。
「いくら魔剣の力があるとはいえ……心配、したのよ……」
そしてその手は、微かに震えていたのである。
震えから……どれだけ俺のことを心配してくれたのか、伝わった。
「……ありがとな」
「……何故感謝しているのかしら? 私が心配しているというのに」
「あ、あぁ悪い。何か、色々考えて……気付いたら、出てた」
俺は素直にそう答える。すると、
「……そう」
エリーザはどこかしょうがなさそうに、微笑んだ。
「けど私を心配させたのだから、しっかりと埋め合わせはしてもらうわよ。その身体でね」
「はは……分かったよ」
エリーザらしい言葉に、俺も思わず吹き出すように笑う。
「えぇ!? 何埋め合わせってズルい!! 私だってこんなに心配したんだもん!! スーちゃん、私にも埋め合わせしてね!! ね!!」
「あー、分かったよ!」
リンゼもリンゼらしかった。
「あれ」
そこで、俺はある違和感に気付く。
その違和感に従うように上半身を起こし、キョロキョロと辺りを見回して、その違和感の原因を特定した。
「そういやゼノは?」
病室内に相棒がいないことを知った俺は、尋ねる。
「あぁ、残念幼女ならサイカと一緒に病院内の食堂で食事をしてるわ。そろそろ戻ってくるんじゃないかしら」
エリーザがそう言った直後、病室の扉が開く音がした。
「おぉスパーダァ!!」
「ぐぎゃあ!?」
病室の入り口から跳躍したゼノに、勢いよく抱き着かれた俺は、思わず変な声を漏らした。
「ようやく起きたか!! 心配したんじゃぞう!! じゃがこうして意識を取り戻したお前を見て肩の荷が降りたわ!!」
「へぇそうか。ちなみにどれくらい心配してくれてたんだ?」
「おぉ聞いてくれ!! いつもはメシを必ず十回以上おかわりをしてるのはお前も知っているとは思うが、なんとお前が意識を失っている間は、心配で八回しかおかわりをしなかったんじゃ!! いやぁメシが喉を通らないとはああいうことを言うんじゃのう!!」
「言わねぇよメチャクチャ食ってんじゃねぇか!! ったく……」
思わずツっこむ俺だが、いつもと変わらない相棒に、思わず苦笑する。
そこでようやく、俺たちは生き残ったのだと、実感できた。
◇
その後、エリーザから細かい話を聞いた。
俺たちが倒した魔王幹部が率い、【シジマ連合組合】を乗っ取ったのは【ノーネーム】という名の盗賊団だったらしい。
構成員はあの魔王幹部を含めて九名。
内六名は『大オークション』での戦いで死亡。二名は逃亡、一名を拘束した。
そして奴らに捕まっていたイルミさんは、シェイズたちによって無事救出された。
諸々の安全が確保されたということで、ドミノも病院での治療を行い、今は俺とは別室で入院している。
リンゼを含め、他の【竜牙の息吹】の面々は特に負傷しなかったらしい。
今回の一件で『大オークション』の来年開催は延期。加えて運営元である【シジマ連合組合】本部は責任を受け、多額の賠償金を払う運びとなったようだ。
だがこれは表面的な話。
犠牲は、確かにあった。
『スワロウズドリーム』での死者、重傷者、軽傷者は少なからずいる。
ドミノもその一人だ。それに、
「聞いたぜぇスパーダ! 大金星だったみてぇじゃねぇかぁ!」
「いや、そんなことないですよ……」
片目を失ったグラコスさんも、同様だ。
彼は今、俺と同じ病院で治療を受けた後入院をしている。
包帯で覆われた右目が、何とも痛々しかった。
「すみません」
病室で俺は頭を下げる。
「はぁ? 何言ってんだよ」
「今回、グラコスさんが【ノーネーム】と戦うことになったのは、俺のせいです。もし俺が、あの時戦う選択をしなかったら、グラコスさんが失明することも無かった……」
「……」
懺悔しても、しきれない。俺の言葉に、グラコスさんは無言。
だがやがて、彼は口を開いた。
「あのよぉ、スパーダ」
「っ!?」
突然襟首を掴まれ、俺は目を見開く。
「あんま舐めたこと言ってんじゃねぇぞ? 冒険者やってりゃあ命のやり取りなんざ日常茶飯事。どいつも覚悟してやってんだ。それを全部てめぇのせいだぁ? そりゃあ俺たちにとって一番の侮辱だぜ。てめぇ、どっからモノ言ってやがんだよ」
「け、けど今回のことは……」
「今回のことだって俺の意思だ。【ノーネーム】の奴らが攻撃を仕掛けた時点で、俺らには逃げるっていう選択肢もあった。だが俺はそうしなかった。愛するハニーにカッコいいところを見せるために、あそこで命を張ることを選んだ。むしろ片目で済んだのはラッキーってもんだ。だからそれ以上でも、それ以下でもねぇんだよ」
「……」
有無を言わさないグラコスさんの言葉に、俺は押し黙った。
彼の言葉に納得する俺と、納得し切れない俺が、葛藤している。
「ちょっとダーリン! いじわるだよー!」
「あいてっ!?」
すると場の空気を変えるかのように、ラエルさんがグラコスさんの頭にチョップを入れた。
「何すんだハニー!?」
「『何すんだ』じゃないでしょー。今のは言い過ぎ―。ほら、スパーダ君に謝る」
「てて……ったく。悪い、今のは少し……言い過ぎた」
「ごめんねスパーダ君。要するに、ダーリンは気にすんなって言いたいだけだから」
「ばっ!? ハニー何言ってんだよ!」
「えー、だってそーでしょ? だからスパーダ君もあんまり気にしない気にしない!!」
「ちょ!? 人が折角威厳を保ってカッコよく決めたのに全部壊すなよハニー!!」
「あははー! ダーリンにそんなの似合わないよぉー! 自然体が一番一番!」
「えぇ~そうかぁ? まぁハニーがそう言うんじゃ間違いねぇなぁ!!」
あははは!! と、グラコスさんは笑う。
「まぁつーわけだ! 気にすんな!! Sランク冒険者じゃあ特に良くあることだからなぁ!!」
「あ……はい」
シリアスな雰囲気だったはずの病室は、一瞬にして朗らかな雰囲気に早変わり。
毒気が抜かれた俺は、頬をピクつかせ、無理に笑うことしかできなかった。
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◇◇◇
小話:
劇中で詳しく説明していなかった気がするので【付与魔法】の補足説明をします。
【付与魔法】には二つの効果があります。
1.自分、もしくは他者の魔力を強化(身体能力を強化する【強化魔法】とは違います)。
2.他者にその者が使えない属性の魔力を付与。
1は単純に魔法の威力や強度が上がり、2は火の魔力特性が無い者に火の魔力を一時的に与えるといったものです。
作中でスパーダがゼノエリュシオンを使用する時に【付与】と言っているのは、彼が有属性魔力特性を持っていないにも関わらず、魔剣の力で有属性の魔力特性を付与されているので形式としてそう言っています。