第六十五話 『大オークション』三日目 その29
遂に三本目の魔剣です。
バーガンディがイタンシンの方向へと走る数秒前、エリーザはユナに命令を下した。
「ユナ」
「な、なんすか?」
「今よ。これをスパーダたちに渡しに行きなさい」
「はぁ!? 何で私が!! そこのメイドさんに任せればいいじゃないっすかぁ!!」
ユナは隣にいるサイカを指差した。
「申し訳ありませんが私は撹乱用の分身を出し続けるので精一杯です」
「分身一人くらい運び役に回せますよね!?」
「無理です。現状の戦力では私が一人でも欠ければ敵はスパーダ様たちよりも早くここに到達する」
「だったらもっと分身作ればいいじゃないですか!!」
「確かに、私が一度に作れる分身の数に制限はないためそうしたいのは山々です」
「な、なら……!!」
「ですが、魔力量には限りがあります。今の私に、運搬用の分身を作り出す余力はありません。残りの魔力で作り出す分身は全て、敵が私を殺した時の補充要員に充てます」
「じゃ、じゃあエリーザ様は!?」
「私の筋力だと重くて運べないわ。だから消去法であなたしかいないの」
何でも屋であるユナは様々な活動を通してある程度の体力や筋力がある。それこそ、エリーザよりも。
消去法と適材適所、それがユナが指名された理由である。
「い、イヤっすよ!! 本当ならここにすらいたくないのに更に前に出るなんて!! いくら雇われたっていっても命には変えられな……」
「特別報酬を贈呈するわ」
「行ってくるっす!!」
ユナ・パーム、なんだかんだ言って命より金に重きを置く少女である。
「よっと!」
魔剣を持ち上げたユナは馬車から飛び出し走る。
スパーダたちと馬車との距離が十メートルを切った辺りでユナの方から近付いて行ったことで、彼らは走る距離を短縮することができた。
そうしてスパーダたちは、ユナと遭遇する。
「あぁん? 誰じゃお前!!」
開口一番、ユナを見たゼノはそう言った。
「今ンなことどうでもいいだろ!! おいお前、早くそれをこっちに寄こせ!!」
「は、はい!!」
スパーダに気圧されながら、ユナは魔剣を差し出した。
「っしこれで、ってぇ!? 腕が治ってねぇ!!」
が、次の瞬間スパーダはそう叫ぶ。
いつもであれば腕などすぐに治るはずなのだが、イタンシンの一方的な蹂躙による消耗で、回復能力が著しく下がっているのだ。
「おい何しとるスパーダ!! 片腕でもいいから早く治せ!!」
「分かってる!! うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
声を上げ、意識を右腕のみに集中させるスパーダ。すると、
――ニョキ
スパーダの胴体の右腕があった箇所から、右手だけがちょこんと生えた。
「「気持ちワルッ!!」」
あまりにもシュールさと不気味さにゼノとユナは声を揃えて言った。
「うるせぇ!! これで掴めるからいいだろうが!! 剣抜くから抑えてろ!!」
「わ、分かりましたぁ!!」
スパーダに命令され、ユナは魔剣の鞘を持ち、剣の持ち手を彼に向ける。
「ゼノ!! 頼む!!」
「あぁ!!」
魔剣を使用可能にするにはゼノが所有権を書き換える必要がある。
この前の対悪魔戦でそう認識していたスパーダはゼノにそう頼んだ。
霊体化して魔剣に三本目の魔剣に入り込むゼノ。しかし、
『おいスパーダ!!』
「何だよ!!」
『問題ない!! この魔剣の所有権は既に儂とお前になっておる!! もう使えるぞ!』
「え……?」
どういうことだ……? 魔剣はゼノが所有権を書き換えないと使えないんじゃないのか……?
咄嗟にそんなことを考えるスパーダ、しかし今そんな暇はない。
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
磁力によって後方へと飛ばされたイタンシン、彼は自身の足で地面に着地し、踏み留まることに成功する。
そして直後、彼は再びスパーダたちに向けて走り出す。
バーガンディが発動した【届かないこの想い】による磁力の影響を受けたイタンシンだが、先ほどは油断したに過ぎない。
魔人の高い身体能力に加え強化魔法を使用すれば、跳躍するなどして滞空状態にならない限りはたとえ磁力による反発を受けていようと、問題なく前に進むことができる。
「まずいですね」
バーガンディは呟く。
彼は自身の足止めがもう不可能であることを悟り、【届かないこの想い】を解除した。
もしバーガンディの位置をイタンシンが通過した場合、生じている磁力による反発でスパーダたちの元へ近付く時間を短縮してしまうからである。
「離脱しますエリーザ様!!」
バーガンディは跳躍しながら馬車の方へと向かう。
「ちょお!? 私も離れたいんですけどぉ!!」
頭上を通過されたユナは悲痛な叫びを上げた。
「はぁ!!」
サイカたちを殺しながら、バーガンディは一瞬にしてスパーダたちとの距離を詰める。
この時点で、彼にエリーザを人質に取り交渉を図るという選択肢は無い。エリーザを捕獲しようとすれば、確実にスパーダに魔剣を奪われると考えたからだ。
「させるかあぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁ!! 死ぬぅぅぅぅぅぅ!!」
イタンシンとユナのベクトルの違う叫びが交錯する。
『スパーダ!!』
「っ!?」
そうだ……!! 無駄なこと考えてる場合じゃねぇ……!!
一瞬にしてイタンシンの魔の手が一メートルにまで迫り、現実を直視したスパーダ。
彼は剣の柄を握る手に力を込めた。
とにかく今は、目の前のコイツを殺す!!
「行くぜ、相棒!!」
『おう!! 気張れよパートナー!!』
ドゴォォォォォォォォォォォォン!!
瞬間、激しく轟く爆音。
――あ、私死んだ。
ユナは自身の死を悟った。
◇
はぁー……ここが天国かぁ。
凄まじい衝撃の直後、ユナは自分が今いる場所を死後の世界と断定した。
……あれ? でも、何だろう。体の感覚があるような……。
まさかと思うユナ。だが彼女の感覚は正しかった。
彼女は衝撃で吹き飛ばされてもいなければ、肉体が欠損したわけでも死んだ訳でもない。
五体満足で、生存していた。
ど、どうなってるの……!?
瞼を開け、目に入った光景にユナは疑問符を浮かべる。
そして直後、彼女はその原因を知った。
「……黒い、手?」
顔を上げたユナの目の前にあったのは、文字通りの『黒い手』。
それがユナを包み込んでいた。まるで、衝撃から彼女を守るかのように。
更に、それだけではない。
ユナを守っていた手とは『別の』二本の手が、イタンシンの拳を受け止めていた。
「どうやら、これが三本目の力……みたいだな」
肩から合計五本の、黒い霞で形成されたような腕を生やしたスパーダは、息を吐く。
そしてコンマ零点一秒後、ユナを包み込んでいた方の三本の腕が、イタンシンに向け拳の雨を降らせた。
「っ!!」
突発的なことに一瞬面食らったイタンシンだったが、即座に後方へと下がることでそれを回避する。
――が、そんなことはスパーダにとって些細なこと。
彼には、別の目的があった。
「っと」
それを示すかのように、スパーダは二本の魔剣を自身の手に取り戻した。
イタンシンが突然発生した黒い手による攻撃に気を取られている隙に、残った二本の黒い手を伸ばし、地面に落ちていたままの魔剣を回収する――それがスパーダの目的だった。
「さぁて、これならよぉ……こうできるよなぁ」
三本目の魔剣を手に入れたことで両腕を完全に再生することができたスパーダは、再生した二本の腕にそれぞれゼノディーヴァとゼノエリュシオンを、黒い手に三本目の魔剣――ゼノカロッツァを持つ。
「魔剣三刀流……ってところか」
三本の魔剣を構えるスパーダ。
その刃先は例外無く、魔王幹部イタンシンに向けられた。
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小話:
現在状況
セコノミヤ公園
→スパーダ&ゼノ、イタンシン戦闘中
エリーザ、サイカ、バーガンディ、ユナ合流
『スワロウズドリーム』第二会場
→ゾイ、フーガ、ツンドラの命令で離脱。
『スワロウズドリーム』外
→ローラ、ラエル、グラコス(右目失明)、ムオー&バーガー死亡。
『スワロウズドリーム』地下
→シェイズはイルミを救出。安全な場所へ向かう。
→サシタは縮小したオークション品を馬車に載せ検問所へ向かう。
→リンゼ、ウーリャ、エルが戦いに勝利、ボルカノは生き残り戦線離脱。