第五十六話 『大オークション』三日目 その20
「【慟哭の宴】……」
その名の意味を、グラコスたちは良く知っている。そこに最も近い位置にいるSランク冒険者という身分の彼らであれば、余計に。
「目的は、何だ? この三日間、会場内でアンタを見かけたことは無かった。オークションに参加していたワケでもないだろ」
「うん、そうね。私がここに来たのは私用じゃない。ユメラちゃんに頼まれたから来ただけよ」
「ユメラ……」
「あぁ、ユメラちゃんっていうのは私と同じ【慟哭の宴】のメンバーね」
あっけらかんとしたようにローラは言う。特に守秘義務といった概念は無いようだ。
「そのユメラっていう人に、俺を助けろって言われたってことか」
「さぁね。あの娘、詳しいこと何にも説明しないから分からないわ。言ってしまうと未来が分岐する可能性があるんですって」
未来? 分岐? 何だ、何を言ってる……?
ローラの要領を得ない言葉に、グラコスの脳内に疑問符が浮かぶ。
「私が言われたのは、今日この時間ここにいろということだけ。具体的に何をすれば良いかは聞かされなかったけど、多分これでいいでしょう!」
「はぁ? 何だそれ、適当だな」
「いいのよ。ユメラちゃんが言うことは間違い無いわ」
「……」
そういう問題なのだろうかと、率直に思うグラコス。
「っていうか! アナタ私に助けられたんだから一々文句を言わない! タダでさえアナタ私の好みの顔じゃないのに! 私は童顔が好みなのよ!!」
ぷんぷんと頬を膨らませローラは可愛らしい少女のようなしぐさを見せる。しかし、明らかなミスマッチであり、そこには若干の気持ち悪さすら存在した。
「まぁいいわ。恐らくここで私がすべきことは終わったし、もう帰る」
「え!? ちょ、おい!!」
生首となったバーガーを片手で拾い上げたローラは手を振りながら踵を返す。
そしてグラコスの声に耳を貸すこと無く、その場を後にした。
「な、何だったんだ……」
嵐のような男が過ぎ去ったことで、グラコスはポツリと呟く。
そうして彼の元に残ったのは、愛する妻から感じ取れるぬくもりと、右目の喪失感であった。
◇
『スワロウズドリーム』第二会場
「ったく、痛ぇなぁ……」
フィオネによって飛ばされた狼人であるゾイは、首をボキボキと鳴らしながらめり込んだ壁の中から脱出した。
【届かないこの想い】の人数制限は二人。現在フィオネはそれをバーガンディとサイカに発動しているため、ゾイに掛けられていた魔法は強制的に解除されたのである。
「全く、何をしているゾイ」
「あぁ? うるせぇなぁフーガ。てめぇも一回食らってみろって。つーかお前こそ何で突っ立ってんだよ。さっさとあの女追えって」
「主の命令だ」
「うぇ?」
フーガの言葉に、ゾイは未だ客席で余裕綽々とした様子で構えていた。
「どーゆーこったよぉ主様」
「そのままの意味だ。私の安全が保障された以上、あの戦いにお前たちを参加させる意味も旨味も無い」
「あー……まぁそれはそうだな」
少し顔を上げ、納得するゾイ。
「どういたしますか主。このままでは無駄骨です。舞台裏にあるオークション品を回収しますか?」
「何を言っているんだフーガ。仮にも私は名の知れた富豪。この混乱に乗じれば盗むのは容易いだろう。だがそれでは、私という人間の格が落ちる。誰も見ていないとか、そういったことは関係ない。これは貴族として、コレクターとしてのプライドの問題だ」
「理解、自身の思慮が足りませんでした。浅はかな発言をしてしまった自分を、どうかお許し下さい」
「構わんさ」
そう言いながら、ツンドラは思考する。
襲撃を企てた組織に、【シジマ連合組合】、それに別の勢力もいると考えるべきか。
いずれにしても、今回の件で何らかの情勢が変化するのは間違いない。これから面白いことになりそうだ。
内心で、彼はほくそ笑んだ。
◇
『ブルーノ』区画三B
『スワロウズドリーム』会場の裏手から、一台の馬車が発進した。
馬の蹄が、舗装されているコンクリートの道を駆ける音が響く。
「……」
そんな馬車を運転しながら、ユナは緊張に震えていた。
いやなんすかコレェ!? 金に釣られてここまで来たっすけどよく考えてみた余計訳わかんないことに巻き込まれてるじゃないっすか私ぃ!!
心の中でそう叫ぶユナは、心の中で頭を抱えた。しかし今の彼女はエリーザに従いこの馬車を検問所まで向かわせることしかできない。
『……』
対するエリーザとフィオネも無言。しかしそれは緊張などと言った感情に支配されているわけでは無い。
この馬車、今のところは回り道をして時間を稼ぐわけでもなく最短距離で検問所まで向かっている。下手な素振りは見せてこない。
エリーザに従うことにしたフィオネだが、当然のことながら彼女はエリーザを完全に信用してはいなかった。
検問所へ向かう道中、何らかの仕掛けがあるのではないか。
何か思いをよらない策を弄しているのではないか。
そんな考えが頭を過り続ける。
しかし、ある理由から最終的な結論はいずれも『問題ない』に至っていた。
「……」
そんな彼女を見ながら、エリーザは足を組む。
この時点で、彼女は特段何か思考をしていない。ただじっと、待っていた。
――正確には、信用していた。
そして、
キィン!!
何かの金属が、地面のコンクリートに激突した音が、エリーザたちの耳に届く。
「……」
その音に、フィオネは横目で馬車の外を見た。馬車は一瞬でそこを通り過ぎたが、彼女は確かに目撃する。
ナイフが地面に突き刺さっていたのを。
……追ってきましたか。
即座に、フィオネはそう判断する。
明らかに馬車を狙ったあのナイフ。こんなことをするのは消去法で彼らしかいないと彼女は考えた。
そしてその予測は、的中している。
「さてと、彼女ならば今ので気付くはずです」
高さ数十―メールの建物の上を飛び移りながら、バーガンディはエリーザたちの乗った馬車を追っていた。
だが、あまりにも軽率。何を考えている……?
内心、フィオネはそう呟く。
無理も無い、何故なら今の彼女の約一メートルの範囲内にエリーザが座っているからだ。
バーガンディたちにとってエリーザの命は決して軽んじて良いものではない。フィオネがエリーザを人質に取ってしまえば来る障壁は全てどうにかなるのだから。
……さぁ、勝負所よ。
そんなフィオネの思考を見透かしていたエリーザは、彼女を見て目を細めた。
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◇◇◇
小話:
現在状況
セコノミヤ公園
→スパーダ&ゼノ、イタンシン交戦開始
『スワロウズドリーム』外
→フィオネ、ユナ、エリーザが馬車で検問所に向かう。
『スワロウズドリーム』第二会場
→ゾイ、フーガ、ツンドラの命令で離脱。
『スワロウズドリーム』外
→ローラ、ラエル、グラコス(右目失明)、ムオー&バーガー死亡。
『スワロウズドリーム』地下
→シェイズはイルミを救出。安全な場所へ向かう。
→サシタは縮小したオークション品を馬車に載せ検問所へ向かう。
→リンゼ、ウーリャ、エルが戦いに勝利、ボルカノは生き残り戦線離脱。