第五十五話 『大オークション』三日目 その19
ようやく彼が再登場します!
「ダーリン!!」
夜空に響き渡る愛する夫の絶叫に、妻であるラエルは叫ぶ。
「は……ア」
その直後、ムオーは糸が途切れたように絶命した。
お願い、お願いお願いお願い!!!
ラエルはグラコスの元に駆け寄り、目に回復魔法をかける。
「うぅ……!! ぁぁぁぁぁぁぁあ!!!??? クソがあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
しかしそれは火に油を注ぐようなものであり、グラコスは地面に転がりのたうち回る。
ムオーの酸はグラコスの眼球に直撃し、右目はその機能を完全に失った。
それでもなお、ラエルは涙を流しながらグラコスを押さえつけ回復魔法を掛け続ける。
「……は」
だから彼女は気付かなかった。
グラコスとラエルの十数メートル先、ラエルが殺したはずのバーガーの胴体が、膨張を続けていることに。
「う……危なかったー。死ぬかと思った」
ラエルに腹部を貫かれたバーガーは、【巨大化】により胴体を巨大化させ腹部の傷を縮小、増加した筋肉で傷口を塞いだのである。
まさに機転の効いた判断と言えよう。
あれ……?
胴体の膨張が終わり、ようやく周囲の状況を視認するバーガー。
当然そこには、同じ団であるムオーの亡骸があった。
ムオー……?
内心、彼の名を呟くバーガー。
『バーガー』
幻聴こえる彼の声。
瞬間、溢れ出す彼との記憶。
そのどれもが一緒に人を拷問したり殺したり壊したりと、バーガーにとっては他愛もないものばかりであったが、
「え……?」
気付けば、彼の頬には涙が伝っていた。
初めて、悲しみを知覚した。
人としての欠落は、ムオーによってバーガー自身さえも無意識の内に補われていた。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
バーガーが叫ぶ。
その激昂にラエルは後ろを振り返ることは無い。
「ダーリン!! ダーリンダーリンダーリンダーリンダーリン!! イヤだ!! イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ死なないでぇ!!!」
彼女の頭の中は今、愛する夫のことでいっぱいだ。
バーガーの憎悪と迫る危機を、今の彼女は何一つ気にしていなかった。
ムオーを……殺したぁ!! 許さ、ない!! アイツらぁ、コロス!!
「ぅ……うううう!! あぁぁぁぁぁ!!」
バーガーは呻き声を上げる。すると、
「うごぉ……!?」
彼に異変が起きた。
【巨大化】を終了していたはずの胴体が、再び音を立て膨張を始める。
そして変化はそれだけではない。胴体の大きさを維持したまま、腕と足もまた膨張する。
――【超越】
特殊型魔法の突然変異を指す名称である。
精神面の変化によって体内で生成される魔力や魔力を通す回路に異変が起こり、発動する魔法に変化が生じる現象。
意図的に引き起こすことは不可能であり、その発現は百パーセント運に左右される。
勝利の女神は、バーガーに微笑んだ。
「うぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
バーガーの魔法【巨大化】は【超越】により肉体の一部分しか大きくできないという制約が消滅し、顔以外の部位全てが大きくなった。
「殺、スゥ」
巨大な拳を握り締め、全長二十メートルになろうかといわんばかりのバーガーは息を吐く。
「フゥン!!」
彼は今となっては豆粒同然のグラコスとラエルを随分な高所から見下ろしながら、腕を振り下ろした。
ラエルに攻撃を防ぐ意思は無い、咄嗟に気付く様子も無い。
完全な詰みと思われたその時、
パシ。
事は起きた。
……バーガーの振り下ろした拳が、ラエルたちに届かない。その寸前で、止まったのだ。
「ウェ……?」
その、あまりにも唐突とした事象に、バーガーは阿呆のような声を漏らす。
「あらあらもう。乱暴ねぇ」
バーガーの拳からそんな声が聞こえる。そして直後、彼は思わず手を引っ込めた。
な、ナニ今の……?
バーガーは目を見開く。
その視線は、拳を止めたであろう人物に注がれた。
「いやん。そんな嫌がるように離れなくてもいいじゃない♪ もーつれないわねぇ」
そして、バーガーの拳を片手で受け止めた女性……のような言葉遣いをする紛うことなき男は、そう言って頬に指を当てる。
な、何コイツ……?
異質、異端、異常。
そんな言葉がバーガーの脳を埋め尽くす。
無理もない。男は筋骨隆々な肉体の上に、ほぼ局部のみしか隠れていない服を身に纏い、髪は虹色のアフロヘアー。脳がその言葉を浮かべるのも当然の感想だ。
無論、それだけではない。
ーーゾワリ
身体中を駆け巡った圧倒的な悪寒に、バーガーは無意識な恐れを抱いたのである。
「おっきぃわねぇ、あなた。何かの魔法かしら? お名前は?」
「……」
男の問いに対し、バーガーは無言。
「ンもういけず! けどま、人に名を聞く前にまず自分からって言うし私から名乗った方がいいわね! 私の名前はローラ・ワンズ。見ての通りの美女よ」
ローラと名乗った彼はそう言って投げキッスとウインクをした。
「さ、私の自己紹介は終わり。あなたの名前は……って」
そこまで言い掛けて、ローラは何かに気付いたように目を開く。
「あらやだ。私ったらなんて酷なことを口走って……」
酷、その言葉の意味をバーガーは理解することができない。
「本当に惜しいわぁ。あなた体は最高にナンセンスだけど顔は最高に私の好みだもの」
何を、何を言ってるんだこのヘンタイ。
率直な感想を、バーガーは抱く。
いや……落ち着け。乱されるな。今はとにかく、コイツらを殺すことを考えなきゃ。
大丈夫。何故かわかんないけど、今の俺さっきまでとは比べ物にならない。ちょー強い。
ギシリと、バーガーは拳を抱く。
気圧されるな。だって俺は強いんだから、元々強かったのに更に強くなったんだから。
必死で、バーガーはそう言い聞かせる。
今、アイツは油断してる。そこにラッシュを叩き込む。全員まとめてグチャグチャにするんだ。
「だから、ね? 顔は傷つけないであげる♪」
――プチ
……アレ?
瞬間、バーガーにある違和感が生じた。
何だろう、体が……動かない?
拳に力が入らない。それどころか、体と意識が切り離されたような……そんな感覚にさえ陥ったのだ。
そして、おかしな点がもう一つ。
「んー! やっぱり顔は良いわねぇ。コレクションして飾っておきたいくらいよぉ」
バーガーの目の前に、ローラの顔があったのである。
何を、何をしてるの俺。こんな接近を許すなんて、早く……早く反撃しないと……!!
そう思うが、バーガーの体は微塵も動く気配を見せない。
というよりかはそもそも、
アレ、何で俺が……俺の体を見てるの?
バーガーの目は、ローラの背後にある……自分のものであろう肉体をしかと捉えていた。
そうして彼はようやく気付く。
「あ……あぁ……!?」
自分の、首から下が無いことに。
刹那の間、ローラによって首を毟り取られたバーガー。脳と身体を繋ぐ伝達神経が絶たれている彼は、当然身体を動かすことなどできはしない。
「さようなら坊や。良い夢を」
そう言って、額に口づけをされたバーガーは、ワケも分からぬまま、この世を去った。
「さて、と」
ローラは後ろを振り返り、叫び続けているグラコスに目を向ける。
「どきなさい」
「な、ダーリンに何するの!?」
「何って治療よ」
ローラの存在に気付いたラエルの問いに答え、腰のポーチから小さな瓶を取り出すローラ。彼はグラコスの腕を無理やりどけさせ、眼球に瓶の中の液体を流し込んだ。
「右目はもう見えないでしょうけど、これ以上悪化することは無いわ。ここから持ち直すかどうかは、この男次第ね」
「ぐ、うぅぅぅぅぅぅ……!! ってぇぇぇぇぇ!!」
「良薬は口に苦しって言うでしょ。我慢しなさい」
患部に特殊な液体が流れたことによる刺激に呻くグラコスだが、薬は徐々に効いていき、激しい声を上げることは無くなった。
そして十数秒後、「はぁ、はぁ」と息を吐きながら、彼は何とか平静を取り戻す。
「ダ、ダーリン!! 良かった、良かったぁ!!」
そんな彼に、安堵したラエルは抱き着いた。
「……た、助かった。アンタ、一体……」
愛する妻の頭を撫でながら、グラコスは悠然と立つ男を見上げる。
「はぁ、ローラ・ワンズよ。さっき自己紹介したばっかりなのに全く」
ローラは溜息を吐く。そして、
「まぁ付け加えて言うなら……【慟哭の宴】の一人とでも言っておこうかしら」
冒険者ギルド最高機関のメンバーであると、臆することなく言い放った。
ようやく再登場した彼の素性が明らかになりました!
ここまで読んでくださってありがとうございます!
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小話:
現在状況
セコノミヤ公園
→スパーダ&ゼノ、イタンシン交戦開始
『スワロウズドリーム』第一会場
→サイカ&バーガンディ行動不能。
→フィオネ、ユナ、エリーザ検問所へ向かう。
『スワロウズドリーム』第二会場
→ゾイ、フーガ
『スワロウズドリーム』外
→ローラ、ラエル、グラコス(右目失明)、ムオー&バーガー死亡。
『スワロウズドリーム』地下
→シェイズはイルミを救出。安全な場所へ向かう。
→サシタは縮小したオークション品を馬車に載せ検問所へ向かう。
→リンゼ、ウーリャ、エルが戦いに勝利、ボルカノは生き残り戦線離脱。