第四十九話 『大オークション』三日目 その13
は……? な、何あの人急にどうしたの……!?
突然声を発したエリーザに対し、ユナは狂人を見るような目で彼女を見る。
無理も無い、今彼女の命を保証するバーガンディやサイカは動けない。その中で自ら声を発し場所を特定されるような行動を取るのは愚かと言わざるを得なかった。
「一体、何のつもりですか?」
そしてそれは、フィオネもユナと同様に思ったことである。
「このままじゃあ話が平行線でしょう? だから、この場は私が受け持つわ。そうね……端的に言えば、あなたたちに妥協点を提示してあげる」
「「……は?」」
エリーザの言葉にユナとフィオネは同時にそんな声を漏らす。そこには困惑と意味不明を示す意思が確かに込められていた。
「何を、言っているんですか?」
フィオネの言うことは最もだ。加えて、彼女は突然口を挟んできたエリーザに一抹の不快感を募らせていた。
「見た所……いや、今は見えていないのだけれど。あなたの目的はあの剣を確保して、ここから脱出することでしょう?」
魔王幹部が率いている組織【ノーネーム】。
そこに属する者たちの目的は魔剣を手に入れることであるのは明白な事実、エリーザはそう考えた。
「けど、あなたたちの存在が露見した今、会場周辺にはあなたたちを捕えるために多くの兵士がここに向かっている。そんな中、確実にあの剣を持ったまま脱出できる保証はあるのかしら? 恐らく後十数分の内に『ブルーノ』全体で厳戒警備網が敷かれるわよ」
「……」
感知端末によって、フィオネはイタンシンがセコノミヤ公園にいることを把握している。
この時点でフィオネはイタンシンとの合流を『ブルーノ』脱出後に定めていた。イタンシンであればどんなことがあろうと大丈夫、そう確信していたからだ。
だから問題なのはフィオネ自身が魔剣を確保し、『ブルーノ』から脱出できるかというこの一点のみ。
『スワロウズドリーム』から都を出るための検問所までの距離は約七キロ。それだけの距離を厳しくなる兵士の目を掻い潜りながら向かうとなると、一人では厳しい可能性があるのは確かだ。
「そして、今剣を保有しているあなたもよ」
「へ?」
切り替わるようにエリーザから声を掛けられたユナはそんな声を漏らす。
「全く……そもそもの話、剣を破壊するなんて嘘でしょう?」
ちょお!? あの人いきなり何言ってくれてんすかぁ!?
最悪な事実を看破され、ユナは思わず叫びたくなる衝動に駆られた。
「嘘……?」
エリーザの言葉を、フィオネは反芻する。
「えぇ、冷静に考えてみなさい。本当に剣の破壊が目的なら、その機会や方法は他にいくらでもある。彼女の目的も、あなたと同じく剣を盗むことよ」
「……」
確かに、そうだ。
……危ない。団長の命を遂行することに固執し、大事なことを見落としていた。
剣の破壊というフィオネにとってあってはならないことが彼女の頭を熱くしていたが、エリーザの言葉によって彼女は冷静に立ち返った。
ここで、フィオネがユナに対し動きを止める理由は無くなった。すぐさま彼女を殺害し、魔剣を奪取。『ブルーノ』からの脱出を実行すべきである。
――しかし、彼女の頭にはエリーザの言葉があった。
「……先程、あなたは『妥協点』と言いました。それは、具体的に何ですか?」
エリーザは、ユナの嘘を見破りフィオネにそれを教えた。第三者の下手な口出しは命取りになるこの状況で、彼女はそれを敢行した。
その事実が、エリーザの言葉に耳を傾けるだけの価値があるとフィオネに判断させたのだった。
「簡単な話よ。あなたが剣を持って『ブルーノ』から脱出できるように、私が手配してあげる」
「あなたにそれができると?」
「私はエリーザ・ヴァロナント。『三大貴族』、ヴァロナント家の現当主よ。厳戒態勢が敷かれていようが、私といれば検問所での検査無しでここを抜けられるわ」
「……」
ヴァロナント家、その家名はフィオネも知っている。
貴族の中でもトップクラスの名家。その協力があるのならば、目的の遂行は可能……そう考えるのに時間は掛からなかった。
「要求は何ですか? ヴァロナント家の令嬢ならば、金ではないと思いますが」
「そうね。金銭面に関しては全く困っていないわ」
「では?」
「今からあなたに二つの要求をする。それに応えてくれればいいわ」
「内容は?」
「一つは、あなたの組織の情報と今回の作戦の概要を教えること。二つ目はあなたたちが捕虜としているイルミ・A・クレパスの解放」
「……なるほど、あなたはあの少女の関係者でしたか」
エリーザの言葉を聞き、フィオネは彼女が何故この状況に介入してきたのかを理解する。
「で、どうかしら?」
それに対し、フィオネは目を細め思考した。
団長は不必要なことはしない。つまり、あの少女を捕虜としたのは何か考えがあったはず。その捕虜を、私の一存でどうこうしていいものか……答えはNOだ。
「後者は私の一存では判断できかねます。前者だけならば、この場でお答えできますが」
その思考から結論に至ったフィオネは、そう口にする。
「あら、それなら仕方ないわね。なら後者にだけ答えてくれればいいわ」
エリーザはやけにあっさり引き下がった。そこに少しの違和感を覚えながらも、フィオネは淡々と答える。
【ノーネーム】という組織の存在はある程度知れ渡っており、作戦がここまで崩壊した今、言うことは全くやぶさかではないと彼女は判断したのだ。
「私たちは【ノーネーム】。略奪と殺戮を生業とする集団であり、集団のトップである団長の指揮の元、行動しています。今回の目的は二日目と三日目のオークション品の強奪。そのために運営である【シジマ連合組合】に成り代わりました」
「なるほど、【ノーネーム】。話だけは聞いたことがあるわ。これほど大胆な作戦とその戦闘能力の高さを見れば納得ね」
エリーザは顎に手を当てた。
「ちょ、ちょっと待つっす!!」
そうして、堪らず口を挟んだのはユナである。
「私だってこの剣は必要なんすよ!! それをさっきから私をのけ者にして話を進めて!! どーいうつもりっすかぁ! ていうかアンタさっき『妥協点』って言ったっすよね!? 私ばっかり割食って全然妥協できてないんすけど!!」
ユナの反発は最もだ。これではエリーザのフィオネへの肩入れがあまりにも過ぎる。全く以て不公平極まりない。
「あらごめんなさい。忘れてたわ」
「忘れてたじゃねぇっすよ!?」
あっけらかんとしたエリーザの言葉にツッコむユナ。気付けばこの場はエリーザという一人の少女の掌だった。
「というかそもそも!! 私もあの人もこの剣が目的なんすよ!? 妥協点なんてあるワケねぇじゃないっすか!!」
正論を吐くユナ。
彼女とフィオネの目的が対極であったならそれらを擦り合わせ中間点の模索……すなわち妥協点を見出すことができたかもしれない。
だが実際の所、ユナとフィオネの目的は同様に『魔剣を手に入れる』こと。中間点は存在しない。
だが無論、エリーザがそのことを理解していない訳が無かった。
「あるわよ妥協点。だからあなた、一先ず名前を聞かせてくれる」
「一先ず名前を聞かせてくれる?」
「だから人の話を聞けっす!! ユナですけど!!」
勝手気ままに会話を続けるエリーザに憤りを感じながらも、ユナは律義に自身の名を告げた。
「ユナね。じゃあユナ、単刀直入に言うわ。私の下に付きなさい」
「……は?」
エリーザのその言葉に、ユナは目を点にした。
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小話:
現在状況
セコノミヤ公園
→スパーダ&ゼノ、イタンシン交戦開始
『スワロウズドリーム』第一会場
→サイカ&バーガンディ行動不能。
フィオネ、ユナ、エリーザ交渉中。
『スワロウズドリーム』第二会場
→ゾイ、フーガ
『スワロウズドリーム』外
→グラコス&ラエル、ムオー&バーガー交戦開始
『スワロウズドリーム』地下
→オークション品保管倉庫内にサシタ、イルミ
シェイズはイルミの元へ、残りのメンバーはボルカノと交戦開始




