第四十五話 『大オークション』三日目 その9
ボルカノと彼を囲むリンゼたちの距離は半径約三メートル。
敵の強さを含め、一瞬の気の迷いと行動が生死と勝敗を分ける。
その思考が、自ずと動きに制限を掛ける。
緊張の糸が途切れぬように精神を張り詰めるリンゼたち。だがそれに対し、ボルカノは平然としていた。強者であり、それを自覚している彼は精神的優位に立っている。
「リンゼ。行って」
「分かった!!」
エルの指示に従い、リンゼは再びボルカノとの距離を詰めた。
「っ!!」
リンゼの斬撃を紙一重で避けるボルカノ。
目まぐるしく視界から消え、的確な角度から攻撃を放つリンゼを前に彼は思考する。
なるほど。どうやらあの女は気付いているようだな。俺がこの状況で【血弾】を撃てないということに。
ボルカノの【血弾】と【血連弾】には彼の血液の圧縮が必要不可欠。圧縮の加減により放つ血液の速度は勿論、威力も増減する。
だが今、絶えず接近戦で攻撃を繰り出すリンゼによって、今のボルカノは脅威となるだけの血液の圧縮ができないでいた。
そして驚くべきは今俺に攻撃を続けるこの女だ。恐らく仲間の言葉に従い俺に接近したことから、この女は俺が【血弾】を撃てないことに気付いていない。
つまり接近しても大丈夫なのだと、仲間の言葉を完全に信用したということ。
生と死の境、一瞬の判断ミスが全てを決する中で仲間の言葉を百パーセント信用する行為を容易く行ったわけだ。
――こういう輩は手強い。
甘く見ていた。こちらも相応の力を以て対処せねば。
無意識にリンゼたちを下に見ていたボルカノは、考えを改める。そして、
「【血刃】」
「なっ!?」
突如として彼の腕から生えた紅い刃が、リンゼの頬を掠めた。
【血弾】はボルカノの特殊型魔法【血沸血踊血巡】の攻撃手段の一つに過ぎない。
自身の血液を操作できる魔法によって、彼は自身の血を固め、鋭利な刃物を作ることもできるのである。
「さぁ、始めるか」
ボルカノはそう呟く。
彼の血の得物が、鈍く輝いた。
◇
同時刻。
『スワロウズドリーム』オークション第二会場。
客席ではムオーとの戦闘が開始されていた。
「おぉいてめぇら! 死にたくなかったらとりあえず死ぬ気で魔力壁張ってろぉ!! アイツは俺とハニーが殺す!!」
グラコスは他の騎士と冒険者にそう指示し、天井にいるムオーに弓を引く。
「【追尾矢】」
炸裂するグラコスの矢。
それは真っすぐにムオーに向かう。当然避けようとそのするムオーだが、
「んっ……!?」
追尾だと……!
グラコスの放った矢はあり得ない軌道を描き、ムオーへと向かい続けた。
グラコスの特殊型魔法【気分矢】。
彼は矢を三種類の方式で放つことが可能である。
その一つは直前に放った【追尾矢】、グラコスが獲物として定めた者を矢の物理法則を無視して追尾する矢だ。
追尾時間は約十三秒、一度に追尾させることのできる矢はグラコスの残り魔力によって決まる。
追尾された側は制限時間まで逃げ切るか、強化魔法での肉体強化や魔力壁での防御、または腕などで致命傷は避けるといった回避方法が挙げられる。
ムオーが選択したのは、
「アァ……!!」
酸性の嘔吐物を吐き、矢を溶かすという手法だった。
「あぁ!? っそういや魔力壁も溶かしてたの忘れてたぜ。メンドクセェ!!」
その様に悪態を吐くグラコスは指を鳴らす。すると、
ビュン!!
客席上空の右端、暗闇で良く見えないそこから一本の矢がムオー目掛けて放たれる。それは先ほど彼が腕にを負傷したのを想起させる矢の攻撃だった。
【二重矢】。好きな位置で矢を固定させ、グラコスの合図で狙いに向けて一直線に放たれる矢。
ムオーはラエルを守るために、常に数本の矢を周辺に固定しており、何かがあれば常に発射できるように準備をしている。
【追尾矢】とは異なり追尾性能は無いため避けてしまえば終わりだが、奇襲には非常に有用なムオーの二つ目の攻撃手段だ。
「同じ手は食わねぇよ!!」
が、先の【二重矢】で警戒心を強めていたムオーは二度目のソレに難なく対応、矢を回避した。
「だろうなぁ!!」
そして、グラコスは当然の如くそれを予期している。
「【反転矢】!!」
「なっ……!?」
そして発動した第三の攻撃に、ムオーは目を見開いた。
当然である。避けた【二重矢】は本来であればムオーを通過しそのまま空を切り壁に刺さるはず。だが実際はどうだ。
ムオーと通り過ぎ様にその矢はラエルへと変化したのである。
「おりゃあ!!」
「な……!? ぐぅ……!!」
驚愕も束の間、ラエルの放った回し蹴りを何とか反射的に腕で受け止めたムオーだったがその威力は凄まじく、彼を会場の壁に激突させた。更にはそれだけに留まらず、ムオーは壁を貫通し更にはその先にある壁も貫通していき……遂には場外、『スワロウズドリーム』の外へと吹き飛ばされたのだった。
【気分矢】三つ目の攻撃、【反転矢】。
放った矢とラエルの位置を入れ替える。これはある例外を除いてラエルにしか適応されない。
ミスったな。追いかける矢とこっちの隙をつくように突然ありえねぇ方向から来る矢、二通りの攻撃を見た時点で三つ目のパターンがある可能性を考えるべきだった。バカか俺は……。
そう悔いて、ムオーは歯軋りを立てる。
「あぁー、くっそが痛ぇ……。腕逝ったなこれ……何つー馬鹿力だ……!!」
ムオーは吹き飛ばされる最中、身体強化で肉体へのダメージを軽減したが、それでも攻撃が直撃した腕だけは大きく負傷した。
腕の感覚が消えたムオーは回復魔法を掛け、何とか腕の再起を試みる。だがムオーは冒険者で言う所の【魔法使い】と比べ、特段魔法が得意という訳ではない。今の段階では腕を使えるようにするのは無理だ。
「よっと!」
そんな時、良く通る声が放たれムオーが吹き飛ばされたことによって生じた壁の穴からラエルが飛び出してきた。
「さっすがハニー!! 惚れ惚れする蹴りだったぜ!!」
ラエルの後から現れたグラコスは妻であるラエルに熱い視線と声を送る。
「ありがとダーリン! けどこれは二人の『愛』の共同作業! ダーリンの助けが無かったらできなかったよ!!」
夫婦パーティー【愛愛愛】。
夫であるグラコスは【弓使い】、妻の方のラエルはバリバリ武闘派のエルフの【武闘家】であった。
「てめぇら……ふざけてんじゃねぇぞ。俺をこんなとこまで飛ばしやがって……」
「はは! てめぇとあそこでやり合うんじゃあ他の奴らが死んじまうからなぁ。広々とした外しかねぇって思ったんだよ」
密室においてムオーの能力は脅威だ。
加えて本格的な戦闘をした場合、客席の者たちには相当の危険が及ぶ。
それらを考慮し、グラコスとラエルは暗黙の了解と熟練した連携によってムオーを会場から排除したのである。
クソ……このままじゃあ第二会場の奴らが逃走しちまう。まぁ俺たちのことがバレて既に二分は経過した。サシタがオークション品を持ってここから脱出する時間くらいは稼げたか。
サシタの特殊型魔法【全ては俺の手の平に】によってオークション品の積み込みは容易、更に積み込み用の馬車が一台で済む。よって時間稼ぎの必要が生じた場合、ソレは数分で問題ない。
これは【ノーネーム】全員の共通認識だった。
なら、後俺がすることは……。
「てめぇらみたいな邪魔になりそうな奴を殺すことだな……」
「はっ! 俺たち夫婦を殺すだと? 世迷言も大概にしろ!」
「そーそー! それにそもそもSランク冒険者二人相手に勝てると思ってるの?」
「知るかよぉ。けど、てめぇらみたいなの殺すのは、最高に気分が良いってのは分かってるぜ。それによぉ、誰が一人だって?」
「あ?」
意味深なムオーの発言に、グラコスは顔を顰める。
「アレー。ムオー、どうしたの?」
「よぉ、来たなぁ。バーガー」
そうして、突如として現れた【ノーネーム】メンバーであるバーガーにムオーは顔を綻ばせた。
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小話:
現在状況
セコノミヤ公園
→スパーダ&ゼノ、イタンシン交戦開始
『スワロウズドリーム』第一会場
→サイカ勝利。カンパネギア、チュルラ死亡。
『スワロウズドリーム』第二会場
→バーガンディ&ゾイ&フーガ、フィオネ交戦開始
『スワロウズドリーム』外
→グラコス&ラエル、ムオー&バーガー交戦開始
『スワロウズドリーム』地下
→オークション品保管倉庫内にサシタ、イルミ
シェイズはイルミの元へ、残りのメンバーはボルカノと交戦開始
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