第四十一話 『大オークション』三日目 その5
さぁてと、どうするか……。
天井に掴まり、客席を見下ろしているムオーを見上げながら、グラコスは思案する。
敵の魔法……恐らく特殊型だろう。さっきの魔力壁の損傷の仕方を見る限り、強力な酸を吐き出す魔法か……?
だとしたらマズいな。今の位置関係、敵は上で俺たちは下……絶好の的だ。
そこまで考え、グラコスは置かれている状況が危機的なものであると、再度認識した。
俺の魔力壁はヤワじゃないから問題ねぇが、他はそうじゃない。このままだとジリ貧、死者が出る。
コイツらを守ってやる義理なんかねぇ。さっさとハニーと一緒に脱出を……といきたいところだが。
「ねぇ、ダーリン。アイツどーやって倒す?」
純粋無垢な目を夫に向ける妻、ラエル。
その視線に対し、グラコスは「はは」と笑いながらため息を吐く。
あー、そうだよな。俺のハニーは、俺がカッコいい所が見たいんだ。こんな所で自分たちだけ逃げだすような真似、許してくれねぇよなぁ!!
◇
――【一般通過運命】、カンパネギアの特殊型魔法。
その力はカンパネギア以外の対象とする物体を有機物、無機物問わずすり抜けられるようにすること。
人間に使用すれば人間の皮膚や筋肉をすり抜け、臓器を鷲掴むことができる。
また、無機物に使用し壁を通過したり地面に潜ったりすることも可能だ。
そしてこれらの効果はカンパネギアのみ受けることができる。どういうことかと言えば、壁が透過できるようになっても壁をすり抜けられるのはカンパネギア本人だけであり、他の者ではできないということだ。そしてこれは人間を透過させても同様である。
非常に万能で強力な魔法。【ノーネーム】内の者はドンドフを除き全員が特殊型魔法を使えるが、その中でもカンパネギアの特殊型魔法の性能は群を抜いている。
だが、その中でもサイカは脳に思考を巡らせていた。
地面に潜った。先程の攻撃といい、やはり相手の魔法は物体をすり抜けること。
一連の動きからカンパネギアの【一般通過運命】の力をサイカは見定めた。
スパーダ様とゼノ様が敵のリーダー格を連れて行ってくれたおかげでこちらにリソースを割くことができる……ありがたい。さて、どこから来る……?
スパーダとゼノに感謝を述べながら、地面に意識を集中させ、次のカンパネギアの動きを警戒するサイカ。
「はぁ!!」
「ぐぁ……!?」
すると約二秒後、地面から勢いよく現れたカンパネギアは周囲の冒険者を透過し心臓に腕を一突き、一瞬にして殺された。
その後十数秒に渡って、一方的な残虐が繰り広げられる。
「……」
何て浮上速度……。しかし、ほぼ確信した。
敵は特殊型魔法を使い相手を殺す時、必ず一人ずつ殺している。つまり、一度に透過できる物体は一つまでと考えるのが妥当。
加えて今の攻撃、本来であれば地中に潜った状態で相手の足を掴み、引き込めばいい。それをせずあえて浮上したということは、透過の効果は不可逆的なものであり、敵だけが一方的に物体をすり抜けると考えられる。
サイカはそう推察した。そしてその推察は的中している。カンパネギアの【一般通過運命】が一度に発動できる対象は一つまでである。
これは幸運と言っていい。もし複数の物体を自在に透過できるのであれば、攻略は相当に困難だった。
しかし、まだだ。まだ何か、『違和感』がある……私は何かを見落としている。
それに問題は、あの浮上速度。ただでさえ地面の範囲が広いにも関わらずあれだけの速度で唐突に浮上されては反応が間に合わない。
冷静に、何処までも冷静にサイカは状況と状態を把握する。
なら、今すべきことは……。
「はぁ……!!」
こちらから相手の土俵に攻め入ること。
サイカは手に魔力を込め、地面に穴を空けた。そして、彼女は周囲の冒険者や騎士に命令する。
「皆さん、地面を攻撃してください」
敵は地面を自由に移動し、望むタイミングと望む位置から現れる。その余裕を無くし、相手にも反射的行動を要求する。
「人数の有利は圧倒的に私たちにある。次に姿を見せた時、同時に掛かれば勝てます」
◇
「なるほど。やるわねあのメイド」
地面に半径二メートルほどの穴を空け続けるサイカを下から眺めながら、カンパネギアはそんな感想を漏らす。
【一般通過運命】は確かに強力な魔法だ。そしてこの状況でもそれは揺るぎない。
だが、リスクがある。
一度敵を殺すために自身の透過を切り、地上へ上がればカンパネギアは三百六十度敵が包囲している場所に体を出すことになる。
敵の誰かを殺すために【一般通過運命】を利用した場合、もし他の複数の人間に捕縛されるようなことがあれば詰みだ。
一致団結し、カンパネギアを殺すという目的を持って行動を起こしている冒険者と騎士の集団に対し、急いだ行動を取れば命取りになる。
カンパネギアはそれを、重々理解しなければならない。
狙いはいいわね。けど、忘れてない?
「な、何じゃ!?」
「ははっ!」
この場にいる標的は、貴方たちだけじゃない!
冒険者や騎士がこの場にいる理由、本懐。護衛対象の富豪にカンパネギアは狙いを定めた。
彼らは魔法の鍛錬などしていない、護衛と比べれば彼らなど虫けら同然。
「ジョ、ジョワリ様!!」
「はい、乱れた」
ジョワリと呼ばれた富豪の護衛を務めている騎士は動揺し、一目散にジョワリの方へと向かう。
その行動によって、陣形と警戒網に綻びが生じ、
「ぐぅおぉ……」
ジョワリの近くにいた別の騎士が餌食となった。
貴方たちには守るべき要人がいる。彼らを殺そうと私が動けば、当然護衛は焦り動く。それが輪を乱し、冒険者と騎士は翻弄され攪乱され、誤った体の向きと視線の動きを行う。
無理もないことだ。
そしてそれは、サイカも例外ではない。彼女は今スパーダからエリーザを守る命を預かっている。
カンパネギアとの戦闘よりも彼女を守る方が優先度は高い。
「さてと、一番厄介なのはあのメイドだし……先にやりますか」
そして当のカンパネギアは、その席位置からエリーザがサイカにとって重要な人物だということを認識していた。
「解除」
カンパネギアは地中で【一般通過運命】を解除する。
これにより、彼女は地面から弾き返され上に向かう。これがあの浮上速度のカラクリだった。
「っ!!」
その時である。
サイカはスカートの中から球体を取り出し、地面へと叩きつけた。すると周囲に白い煙が凄まじい速度で広がっていった。
「煙幕か」
地上に出たカンパネギアは浮上に伴う滞空で、上から周囲を見回した。
どこを見ても一面に白い世界が広がっている。
なるほど、確かにこうして全体を隠せば獲物を補足するのは難しい。そして逆にこちらが背後から狙われる可能性もある。
――無意味だ。そんなもの煙がある程度引くまで地中にいればいいだけのこと。
加えてこの機に乗じて逃げようとしているならば入り口で待ち構えていればいい。何ならこの部屋から逃げたところで私なら透過してすぐ追える。
……けど、ここはあえてこの状況を逆に利用させてもらうわ。
少ない情報から私の能力に辿り着き、加えてあの戦闘力、この会場の中であのメイドは間違いなく一番厄介。計画の進行を考えれば、ああいう奴はいの一番に消しておきたい。
「チュルラ。出番よ」
「了解」
カンパネギアはそう考え、魔水晶片を使い、同会場内にいるチュルラと連絡を取った。
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◇◇◇
小話:
現在状況
セコノミヤ公園
→スパーダ&ゼノ、イタンシン交戦開始
『スワロウズドリーム』第一会場
→サイカ&その他、カンパネギア交戦開始
エリーザ、チュルラはどうするか不明
『スワロウズドリーム』第二会場
→バーガンディ&ゾイ&フーガ、フィオネ交戦開始
グラコス&ラエル、ムオー交戦開始
『スワロウズドリーム』地下
→ドミノを除いた【竜牙の息吹】、イルミ救出のために捜索中。
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