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第三十話 『大オークション』二日目 その2

「着きました。それではここからはティーチ様に取次させていただきます」


 昨日と同じように、イルミたちを地下まで案内した黒服はそう言った。


「皆さん、『大オークション』二日目お楽しみいただけたでしょうか?」


 その言葉を皮切りに、ティーチは昨日と全く同じ説明をする。そこには勿論、他四人の【シジマ連合組合】組合員がいた。

 そして同じ手順で『変色紙』をイルミたちに投げ渡す。


「……」


 イルミの紙は赤色に変色する。ティーチの細工が唯一施されているそれを、イルミは見詰めた。


「それでは組み分けが終わりましたので、取引場へ向かいましょう」


 昨日落札を初体験した者を含めた経験者はティーチの言葉に従い悠々とした足取りで同じ色のカードを持つ組合員の前に立つ。

 それにつられるように、今日初めて落札者となった者も続いた。



 イルミ一行を含めた『変色紙』が赤くなった者たちはティーチに取引のための部屋に案内される。

 部屋の前に立ち、ティーチは振り返った。


「ここからは一人ずつ対応します。まずはイルミ・A・クレパスさん」


 昨日と変わらず、ティーチはイルミを最初に指名する。


「……はーい」


 一瞬、何かを躊躇しかけたイルミだったがシェイズたちを引き連れ彼女は部屋の中へ入った。

 ソファにティーチとイルミは腰掛ける。

 互いが対面し、落ち着き払ったこの状況。静寂が流れ出る。


 ――――しかし、その静寂は一瞬だった。


「さ、それじゃあさっさと取引を進めようか」

「シェイズ」

「っ!!」


 イルミの言葉に反応したシェイズは、コンマ数秒の内に腰の剣を抜きティーチの方へと突き出した。

 が、狙っていたのはティーチではない。シェイズが剣の切っ先を向けたのは後方にいた護衛の黒服に対してである。


「一体どういうつもりだ?」


 黒服は至って冷静にシェイズに……正確にはイルミに尋ねた。


「あはは、ごめんね黒服さん。でもここで打つ手は、これなんだよ」


 イルミは昨日この地下を出る際に感じた言葉に表せぬ疑念から頭を回し、二つの違和感に気付いた。


 まず一つ、昨日のティーチを除く他四人の組合員の微妙な様子の変化。

【シジマ連合組合】組合員は、商談のような大事な場面の際は、感情や相手に余計な思案を与えるような表情をしないように心掛けている。

 ところが昨日は、それが微かだが崩れていた。

 組合員と面識がそこまで無い者たちはそれに気付くことは無かったが、【シジマ連合組合】と懇意にあるイルミだけはそれを感じ取ったのだ。


 二つ、ティーチの護衛を務めていた黒服、その内一人の所作の変化。

 ティーチの護衛はここ数年変わらず二人の男が行っている。こちらも一つ目と同様、イルミは護衛二人のことを深く知っていた。そのため、黒服の歩き方を含めた微妙な動きの変化は、イルミにとって大きく感じるものだった。


 だが、この二つ目の違和感に関して問題があった。

 確かに歩き方などに変化はあったが、イルミは護衛の黒服を本人だと認識してやまないのである。

 そのため、黒服の所作の変化が黒服本人による意識の変化によって生じたものなのではないか、もしくは自分の覚え違いなのではないかという考えが徐々に脳内で強くなった。


『偽誤認識』による強制的な認識と、彼女の記憶からくる情報がせめぎ合い、イルミは半ば混乱した。今日彼女は、それを払拭するためにここに来たのである。


 もし杞憂ならばそれ良し。だが、そうでなければ……。


 最悪の可能性を想定したイルミは、昨日の深夜にシェイズたちを集めてこう言った。


 ――――『明日、私の命令には絶対に従って』と。


「数分前、あの場にいた組合員の内三人の立ち方が違った。後、他のグループになった人たちを別れ際に見たけど、案内する方向が昨日と違う。てことは、昨日とは案内する取引部屋が違うってことだよね」


 先程までの過程で、昨日と異なる点をイルミは指摘した。


「だからどうしたと言うんです? 今言った二つは、私に刃を向けてよい理由になりはしない」


 黒服の言う通りだ。雰囲気に関しては完全にイルミの主観的なものであり、案内する部屋が違うからと言ってそこに危険性を見出すのは無理やりが過ぎる。 

 加えて、今イルミは間違いなく目の前の黒服が本人であると認識していた。その確信がある限り、彼女の根底にはわだかまりがうずくまる。


 今彼女がこうして強気に言葉を発しているのは、精いっぱいのブラフだった。正直にしか物事を話した経験が無いと言っても過言ではない彼女は、更に情報を得るためあえてこういった演技に興じている。

 そのため、イルミ自身は未だ疑念と認識の齟齬そごの狭間で揺れているのだ。


 情報を引き出すという意味合いで、他に方法が無いわけではない。

 それは目の前にいるティーチに事の真相を訪ねること。ティーチの所作は昨日と変化が無い。そのためイルミは疑う余地も無く、ティーチをティーチだと認識している。

 もしティーチが窮地に立たされているとすれば、彼が口を開きそれが事実であると確定されれば、イルミに迷いは消える。


 しかし事態はそう単純ではない。

 例え所作が本人そのものであっても、ティーチをティーチと認識していても、ここまでの過程で抱いてきた疑念はティーチが本当に本人であるかどうか……その判断を濁す。


 だから、イルミは残った選択肢に全てを委ねる必要があった。

 それは今シェイズが刃を向ける『脅し』という行為から『殺害』という行為への転換。

 黒服を殺し、疑念を晴らす。

 が、この選択はあまりにも重い。もし黒服が本人であったら、イルミはただ単純に人を殺したことになる。

 ただでさえ黒服を本人だと認識している彼女にとって、その選択を取るのはあまりにも愚かと言わざるを得ない。

 先が崖だと分かっているにも関わらず、前に進もうとするようなものである。


 ――――が、


「やっちゃってシェイズ」


 イルミはシェイズに追加でそう命令を下した。

 情報が無い、根拠が無い、確信が無い。それらをこれ以上得る当てはこれしかない。

 ならば殺す、殺させる。親交があると言ってもイルミにとっては所詮他人。彼女はそこら辺がとてつもなくドライであった。


「……」


 イルミの命令、シェイズはそれに従う。黒服の首元約数センチまで迫っていた刃先を、容赦なく突き刺した。


「おいおいマジかよ……」


 その行為に対し、黒服は呆れた声を出す。

 シェイズの剣を片手で払い、彼は後ろへと跳躍した。


「ったく、その調子じゃあこうしてるのも意味ねぇな……どういう神経してんだよ。てめぇ」

 

 イルミたちが見ている黒服に異変が起こる。みるみる内に黒服とは見ても似つかない姿へと変貌した。


「やっぱり、言われた通り問題はコイツだったか。てことはあっちも……」


 黒服から戻ったムオーはブツブツとそう呟く。

 

「うへぇ!? ど、どうなってるのこれ!!」


 あまりにも目まぐるしく起きる異常事態にリンゼは混乱した。


「武器を構えろ!!」


 シェイズの言葉に従い、【竜牙の息吹】の面々は各々の武器に手を伸ばす。


「さぁーてと、俺一人じゃこれはキツイなぁ……」

「はっ! その割には余裕そうに見えるぜ!」


 ドミノは顔をしかめてムオーを睨み付けた。しかし、それを全く意を介すること無くムオーは言葉を続ける。


「本当だって。お前ら【必殺隊】と同じか下手したらそれ以上に強そうだし。だからまぁ、ヒーローを呼ぶわ。おーい、ドンドフ」

「呼んだかぁ!?」

 

 ムオーの言葉に呼応するように、壁を破壊したドンドフが現れた。


「おぉ!! ははははは!! いいねぇ、粒ぞろいじゃねぇかよぉ!!」


 シェイズたちを見たドンドフは歓喜の表情を浮かべ指をポキポキと鳴らす。Sランク冒険者であるシェイズたちは、当然ドンドフの強さを一目見て理解し、一瞬にして心が凍て付くような感覚する覚えた。


「お前たち、行くぞ!!」

「おう!!」

「えぇ」

「は、はいぃ!」

「うん!!」


 シェイズの声につられるようにドミノ、エル、ウーリャ、リンゼは声を揃えて武器を握りしめる。


「はははははぁ!! 行くぜぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 そうして戦いの火ぶたは切られたのだった。

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