第二十五話 『大オークション』一日目 その7
「こちらです」
スパーダたちと別れたイルミ一行は黒服の案内に従い廊下を歩いていた。すると黒服の男は金属製の扉の前で足を止める。
「取引場にはこれで向かいます」
「ま、待て。何だこれは?」
するとその場にいた案内をされていた金持ちの内の一人がそう声を上げた。
見れば他にも数人、同じような思いを持った者たちもいるようだ。表情がそれを物語っている。
「初めての方に説明させていただきます。取引場は『スワロウズドリーム』の地下です。今からこのエレベーターを利用し、そこへ向かいます」
黒服は一切の表情を崩すことなく淡々と答える。
それを知っていた者、すなわちエリーザのような人間は何の疑問も不安も無く黒服に従っていたため、表情には一切の動揺が存在しない。
「地下かー、何でそんなとこで取引するの?」
呑気な声でリンゼは言う。
「地下は密閉空間だからねー。出入口はこのエレベーター、後は馬車と龍車が出入りするための通路しかない。出入口が二つしか無かったら、敵が侵入しても逃げるのは難しいでしょ?」
「あー、そっか」
「おまけにオークション品の中にも物理的に巨大な品もある。そういった物を格納するためにも、地下はうってつけなの」
『スワロウズドリーム』地下シェルター。そこは落札者との取引を行うための取引場と、オークション品を管理するための地下倉庫が設置されている。
入ることが出来るのは、【シジマ連合組合】の組合員か、『大オークション』で品を落札した落札者のみだ。
――――チーン
その音が響いた瞬間、イルミたちの目の前の扉が静かに開く。
「では、どうぞ」
扉の横に立ち、黒服の男はエレベーター内に入ることを促すような所作を見せた。
それに従うように、イルミたちはエレベーター内に入る。最後に黒服の男が入り、ボタンを操作してエレベーターは地下へと降下して行った。
特有の浮遊感、重力に逆らっているのか従っているのかが曖昧になるような感覚が、エレベーター内部にいる者たちを包み込む。
一体どこまで降下したのだろうか、約十数秒の時を経て、エレベーターは再びチーンという音を立て動きを止めた。
「お待たせしました。ここが『スワロウズドリーム』地下階層です」
案内された者たちの目の前には無数の部屋が羅列している。それら全ては扉の形状や装飾からも分かるような豪華仕様。地下という陰鬱な感じとのギャップが何とも言えぬ雰囲気を醸し出していた。
すると、奥の方から五人の人影が現れる。天井の明かりに照らされ、徐々にその姿は明らかになる。
そうして全貌の明らかになった人物は、ティーチを含めた【シジマ連合組合】の組合員であった。
「皆さん、ようこそおいでくださいました」
「ティーチ様」
「ご苦労、下がっていいよ」
「はっ」
ティーチは黒服に短く言うと、黒服の男を下がらせた。
「ここから先は私が案内を務めます。まぁ、と言ってもそこまで説明することは無いんですがね」
『大オークション』の開始の言葉を発していた時と同様、柔和な笑みを浮かべるティーチ。
「これより、皆さまが落札した商品の受け渡しと金銭の支払いに関する取引を行います。取引を行う部屋は全部で五つ。可能な限り取引の安全性を保持するため、それぞれの部屋は距離を離しています。その点に関してはご了承ください」
ティーチの説明に全員は納得する。異を唱える者は誰一人としていない。
「さ、それでは皆さんをそれぞれの部屋に案内します。まずはこれを」
そう言って、ティーチは紙を投げる。下手をすれば対象を傷つけかねない速度での投擲だが、それら全ては彼らの護衛役を務める冒険者や騎士が受け止めた。
「その紙に魔力を籠めて下さい」
護衛の者たちは一瞬、不信感を抱いたが、ティーチの言う通りにする。
そして護衛の者たちが紙に魔力を流した瞬間、不思議な事が起こった。端的に言えば、真っ白だったその紙が変色し、それぞれ別の色の紙になったのである。
「それは魔具の一つ、『変色紙』です。その性質は魔力を流した瞬間に色が変化するというもの。本来であればそれだけのものですが、それには少し細工がしてあります。それは変化した色の紙の数がそれぞれ可能な限り均等になります」
ティーチの説明を受けた者たちの何人かは首を回し辺りを確認する。すると、確かに変化した紙の色には偏りがないことが分かった。
「どの部屋に向かうかはその色で分けます。ちなみに、赤色の場合は私とです」
ポケットから一枚の紙を取り出すティーチ、その色は赤である。つられるように、他の組合員たちも自分の持っていた紙を見せる。
赤、青、緑、黄、黒……それぞれの紙の色に従い、落札者たちは該当する組合員を判別した。
「ねぇねぇイルミさん」
「ん、どしたのリンゼ」
「これ、本当に早く終わるんですか? 何か、すごい仰々しい感じだけど」
「だいじょぶだいじょぶ。シェイズ、それ貸して」
「はい」
イルミの言葉に従い、シェイズは遂先ほど掴んだ紙を彼女に渡す。その色は赤に変色していた。
「ほら、私たちの担当はティーチ叔父様。だから問題無いわ」
イルミを溺愛しているのは、今目の前にいる【シジマ連合組合】の組合員の中でティーチただ一人。それ以外の者もまぁ顔馴染みではあるがイルミの我儘を聞き入れる程の親交は無い。
そのためイルミが要求をするのは必然的にティーチとなる。そして、ティーチ側もそれを理解していた。
彼はイルミに渡す紙に更に仕掛けを施しており、紙の色が必ず赤色になるようになっている。こうすることで、イルミの取引を担当するのはティーチとなるのだ。
後はティーチの裁量で、取引を行う順番を先頭にするだけである。
更に、見ればイルミとティーチは目で語り合っていた。
イルミが「ありがとう」、ティーチが「皆には秘密だよ」と言わんばかりの視線。まるで祖父と孫のようである。
「さ、それではそれぞれの取引場へ向かいます」
「それぞれ該当する組合員に付いて来てください」
そう言って、ティーチは踵を返し歩き出した。
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小話:
少し前に出た騎士階級というのは第二章で単語として出ませんでした。説明する機会と必要がなかったので。字面でお察しでしょうが簡単に言うと冒険者のランクと同じです。階級は1〜5まであり、番号か若いほど階級が高いです。