第二十話 『大オークション』一日目 その2
何やかんやあり、全員が正装に身を包んだ俺たちは、再び『スワロウズドリーム』へと足を運んでいた。
見れば、周囲の人たちも俺たちと同じような格好に身を包んでいる。誰が護衛で、誰が要人なのか一目で丸分かりだ。
「まずは受け付けね」
「うん、そうだよー」
エリーザとイルミはそう言って入口へと向かう。その付近にある窓口では、受付の男と俺たちと同じように『スワロウズドリーム』へ入った人たちが何やらやり取りを交わしていた。
そうして、エリーザたちの番が来る。
「エリーザ・ヴァロナント。『大オークション』に参加するわ」
「イルミ・A・クレパス。同じく参加しまーす」
何てことないように、エリーザとイルミは受付の男に名前を告げる。
「エリーザ・ヴァロナント様と、イルミ・A・クレパス様……そしてその護衛の方々ですね? 競売に参加するのは貴方たちだけでしょうか?」
「えぇ」
「うん」
受付の男と短くやり取りを交わすと、エリーザとイルミは腕輪を渡された。
「それが『大オークション』の参加証明です。くれぐれも紛失しないようお願いします」
「俺たちはいらないのか?」
「このカードは競売に参加する人間だけが持つ魔具。スパーダたちは必要無いわ」
俺の素朴な疑問に、エリーザは答える。
「さ、中に入りましょ」
◇
俺たちの本命、魔剣が出品されるのは三日目の『大オークション』だ。
が、何故俺たちがこうして一日目から来ているのかと言うと、理由は二つある。
一つ目は面白いもの見たさ。ここまで規模の大きなオークションは中々無く、年一の貴重なイベント、重要な三日目まで特に用事も無いため俺たちは初日からオークションに参加することにした。
二つ目はリサーチ、一体俺たち以外に誰がこのオークションに参加するのか、『大オークション』ならではの高額競り合いの駆け引きを肌で感じておいた方がいいだろうというエリーザと俺の共通認識だ。
第一会場のホールへ着く。席の指定は特になかったため、俺たちは離れないよう並んで席へと座った。
「ふぅ……二日前に来たばっかだってのに、まるで別の場所みたいだな」
というのも、前回は人があまりいなかったこと、加えてホール内を照らす照明の光度が明らかに異なっていた。
「そう言えばエリーザ」
「ん、何かしら?」
「俺たち結構な人数で『ブルーノ』に来たよな。その人たちって……」
「あぁ、彼らは外の護衛よ」
「そ、外……?」
「そう、『ブルーノ』の周りをね」
エリーザが言うには、どうやら連れてきた数十人の従者たちは『ブルーノ』中に配置されており、何か異常が発生すればエリーザに報告する役割を担っているらしい。
また、今日に限っては『スワロウズドリーム』の建物周辺にその全員が集結しているらしく、不審者がいないかどうかを確認しているようだ。
「多分、私のように数十人の従者をここに連れて来た奴らは多いわ。自分の身の安全を絶対にするためにね。で、それが警備網の強化にも繋がってる」
「へー」
「スパーダ、儂トイレ」
「脈絡ねぇなお前」
唐突に会話に乱入したゼノにそうツッコミを入れる。
「私が連れて行きます」
「え、いいんですかサイカさん」
「はい。私ならトイレの中までゼノ様の安全を保障できます」
「は、はぁ……?」
まぁ別にトイレの外で待っていようが中で待っていようがあまりそこに大きな違いは無いと思うのだが。
そう思ったが、せっかくのサイカさんの申し出を断る理由も無い。俺はゼノのことをサイカさんに任せた。
すると今度はイルミさんが俺に話し掛けてくる。
「ねぇねぇスパーダ? スパーダの欲しいモノって何なの?」
「うぇ? べ、別に……そ、そんなのな、無いですけど……」
「あはは嘘だ~。多分だけど、エリーザはスパーダのためにここに来たんでしょー? じゃなきゃあの偏屈なエリーザがわざわざ動くわけないもん。エリーザがあなたに好意を抱いてるのは間違いないから、多分今回はその延長何じゃないの?」
……っ、鋭い。
的確なイルミさんの読みに、俺はタラリと冷や汗を流した。
「下手な詮索は止めなさい、イルミ」
「えー、でも気になるよ。それに、ここで話さなくたってどうせいつかバレるんだしさー。それだったら自分の方から言った方が楽ってもんじゃない?」
確かに、ここに来たということは何かを落札しに来たと考えるのが自然。そしてそのオークション品が何なのかは考えるまでも無い。エリーザがどの品に入札すればいいのか見ていればいいだけなのだから。
「け、剣ですよ。結構年代物の」
これ以上核心に迫られるとマズい。そう考えた俺は自ら濁すように口を開く。
魔剣の詳細を知られるわけにはいかない。
「剣? ふーん……」
何か思案するような表情を浮かべるイルミさん。次いで、彼女は隣に座る俺の腕をに自分の腕を絡ませてきた。
「じゃあ、私がその剣を落札してあげるよ」
「は?」
「で、もし私がソレをタダであげるからー。私と結婚して?」
……。
「いや、いやいやいやいやいやいや!! 何言ってるんですか!?」
「えぇー、駄目?」
「ダメですよそんなの!!」
何だこの人、急にどうした? ていうかよく考えてみたら何で俺の隣座ってんだよ!
イルミさんはゼノが立ったことで空いた空席に座っていた。
あまりに突飛なイルミさんの言動と行動に、俺は頭が混乱し、あまつさえ疑問と思っていなかった所にまで疑問を抱いてしまった。
「イルミ……あなたいい加減に」
「いいじゃん別にー。だってエリーザとスパーダって交際も何もしてないんでしょー? ならさー」
「スパーダは私の騎士よ」
「あははー、まだお試し期間でしょ? だったら問題ないよ。スパーダ、私の騎士にならない? 見た感じ、あなた任命式の時よりもすごく強くなってるように見えるし」
イルミさんはそう言って俺に顔を近付ける。
一体どうなってる、この人の目的は一体なんだ……?
会って一日二日の男にこうまでアプローチを仕掛けるイルミさんに俺は困惑気味な表情を浮かべる。
「……」
イルミさんの言葉に、エリーザは無言だった。
無理もない、シュラインガー魔法学校の騎士の制度に当てはめると、俺とエリーザの関係は試験運用期間の騎士と主ということになる。
もしこれを訂正するとなれば、それは俺とエリーザの本当の関係を言わなくてはならない。
目的を達成するため、契約期間終了までの正式な騎士と主であるというややこしい関係の言及する必要性がある。
が、これを言えばそうまでして落札した剣とは一体何なのか……そう思われるのは自明の理であった。
誰かいないか、この状況を打開してくれる奴は……。
最早俺たちだけではどうにもならない。そんな時、俺は救世主の存在に気が付いた。
――――いや、破壊者の間違いであろうか。
「ちょっとイルミさん……」
俺たちの切迫した空気をものともせず、ズカズカと足を踏み入れるリンゼは鋭い眼光と形相で、未だ俺にくっついているイルミさんを見る。
「ん、何リンゼ?」
そんなリンゼの様子をものともせず、至って無垢で純情な表情を続けるイルミさん。
「……スーちゃんに近付きすぎです」
「えぇ? 別にいいじゃん。スパーダも別に嫌だってワケじゃなさそうだし」
「私が嫌なんです!」
「それは知らないよ。ていうかリンゼは私の護衛なんだから、私を守ることだけに集中してればいいの」
「安心して下さい。誰が何をしてこようと、イルミさんは私が守りますから。なので、早くスーちゃんから離れて下さい」
「えー……」
イルミさんは頬を膨らませる。
「いいじゃん。私はスパーダともっと近付きたくてアプローチを掛けてるだけだもん。別に恋人でも何でもないリンゼにそんなこと言われる筋合い無いわ」
「確かにそうかもしれません。けど……イルミさん、面白がってるだけですよね?」
「……」
そんなリンゼの問いに、イルミさんは一瞬無言になった。そしてしばしの沈黙の後、口角を上げる。
「あは、バレた?」
「私もそこの女狐は気に入りませんけど、アイツがスーちゃんを好きなのは本当だと思います。けど、イルミさんはそうじゃない。生半可な気持ちで、そういうことをしない方がいいです。「好き」って気持ちは……大事なものだから」
「厳しいなー、リンゼ」
相手は依頼主、あそこまであからさまに異を申し立てるれば、その後の処分や処罰がどうなるか分からない。リンゼもそのことは十分に理解しているはずだ。
だが、リンゼは言った。それら全てを跳ね除けた。犬猿の仲である、エリーザのために。
それならば……俺も前に出ないと、筋が通らない。
意を決し、俺は口を開いた。
「イルミさん」
「ん?」
イルミさんはこっちへと向き直る。
「確かに、イルミさんでも俺の目的は達成できると思います。けど、俺はエリーザに頼んだ。だから、すみません」
しっかりと、イルミさんの目を見て、俺は告げる。
「スパーダ……」
何故か、エリーザが嬉しそうな声を漏らした。
「……」
「……」
無言で見つめ合う俺とイルミさん。先に大きく息を吐いたのは、イルミさんの方だった。
「はぁ……あーあ、なら仕方ない。ま、エリーザの困る顔が見れたから、良しとします!」
「……何よそれ」
「私の目的! スパーダを使ってちょっとからかったら面白そうだなって思ったの」
「あなた……本当にいい性格してるわね」
「えへへー、褒めないでよ」
「褒めてないわよ」
「それにしても、初めて嘘を吐いてみたけど、やっぱり吐くもんじゃないねぇー。途中からボロが出そうで大変だったよー」
あはは、と笑うイルミさん。どうやら、目的はたったそれだけのことだったらしい。
純粋無垢、エリーザから話を聞かされ、俺自身もイルミさんに対しそんな印象を抱いた。
――――が、もしそんな彼女が嘘や本音を隠すことを覚えたら……。
自分の興味のために、自分の悦楽や快楽のために、躊躇も厭うことをしない彼女が、目的達成のためにその純粋無垢を外郭として使ったら……。
その片鱗を今まさに目撃した俺たちに、恐怖以外の感情は湧かなかった。
◇
数分後。
「ふぅ! 戻ったぞ! 儂帰還!」
一先ずひと悶着を乗り切った後、手洗いに行ったゼノとサイカさんが戻って来た。
「む? 儂の席が埋まっとる」
「残念ね残念幼女。あなたの席は無いわ」
「ゼノはずっとスーちゃんといたんだからいいでしょ」
俺の右隣にはエリーザ、そして左隣は元々ゼノが座っていた席だが、イルミさんが座り今はリンゼが座っている。
いつものように二人に対し怒るのだろうと思っていた俺だが、
「全く、仕方が無いのう。よっと!」
「え」
「はははは! 儂は特等席じゃ!」
俺の膝に乗ったゼノはそう言って笑う。
イルミさんを抜いた第二ラウンドの開始ゴングが鳴った。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
よろしければ広告の下にある【☆☆☆☆☆】から評価していただけると大変作者の励みになります!
☆は1~5まで、読者様が思うこの作品にふさわしい評価をぜひ気軽に残していってください!
ブックマークや感想などもお待ちしています!
◇◇◇
小話:
エリーザとイルミは昔からの馴染みですが、昔話は機会があれば書きたいと思います。




