第十八話 地下競売での殺戮 後
舞台裏の小部屋にて、奴隷の少年少女たちはいた。
「ふむ」
イタンシンは顎に手をやり、彼らを見る。
そこにいるのは総勢十名の少年少女たち。奴隷として親に売られたり、戦争に巻き込まれ意図せずして親を失った者たちだ。
「だ、誰お前は!!」
「はい、うるさいわ」
「がぁは……!?」
小部屋には子供たちの他に、舞台裏で奴隷を管理していた男性がいたが、彼はすぐにカンパネギアによって殺害される。
白目を剝いてその場に倒れる男性の死体が、子供たちの視界に侵入した。
「お前たち、名前は?」
『……』
イタンシンの問いに、子供たちは口を開かない。
「あなたたち、団長が……」
「構わない」
そう言ってイタンシンは自身の親指の腹を歯で噛み切った。当然相当量の出血が親指からなされ、ポタポタと彼の血が床に垂れる。
「安心しろ、手荒な真似はしない」
イタンシンは一人の子供の額に出血している親指の腹でバツ印のマークを描く。意味の分からないその行為に、子供は戸惑った。
が、そんなことを意に介することもなく、イタンシンは十人の子供たち全員に同じマークを額に描いたのだ。
「お前たち、名前は?」
『……』
問うイタンシン、そこには一切の他意は無く、名前からそれ以上の何かを引き出そうという意図は一切存在しなかった。
「……ソ、ソーマ」
突如として現れた彼を前に困惑の表情を見せながらも、一人の子供が自分の名前を口にした。
誰かが行動を起こさなければ、彼の問いに答えなければいけない……そんな使命感がソーマの口を動かしたのだ。
「ここに来た経緯は?」
「……お、お父さんと……お母さんが……俺を売った……」
何故そんなことを聞くのか、ソーマには理解出来ない。ただ、気付けば彼は見入っていた。
「そうか、今まで……良く耐えて来たな」
そう言って悲し気な表情をする、イタンシンを。
「俺はお前たちをこの地獄から救いに来た。オークショニアも、お前を買おうとしていた奴らも、もういない」
「ほ、本当……?」
「あぁ、本当だ」
彼の様子とその発言に少しだけ凍り付いた心が溶け出したのか、全開で張っていた緊張感と警戒心が薄れたのか……ソーマとイタンシンのやり取りを皮切りに子供たちは次々と自分たちの名前を口にしていく。
そんな子供たちにイタンシンは何一つ倦怠感や煩わしさを帯びることなく対応した。
そして九人目の子供への問いが終わる頃には、子供たちはこう認識していた。
――――あぁ、この人たちは自分たちを助けに来てくれたのだと。
イタンシンが倦怠感や煩わしさを帯びないのとは対照的に、奴隷として売られる運命にあった子供たちは微かな希望を見出し始めていた。
そうしていく内に、いよいよ最後の十人目へと差し掛かる。
「最後、お前は……?」
全く変わらぬイタンシンの問いに、控えめそうな性格の少年はぽつりぽつりと言葉を発していった。
「……ぼ、僕は……名前、無い。親も知らない……」
本来であれば大人に対して口の利けないような子供。しかし、この異常な状況とイタンシンに対する感謝の気持ちが彼の唇を動かす。
同じように言葉を期待した。「今まで、よく頑張ったな」と、ただそれだけの労いの言葉を。
「そうか。なら不要だな」
「え……?」
――――しかし、そうはならなかった。
唐突なイタンシンの発言に戸惑う名無しの子供、イタンシンに口調は常に冷静だったがどこか温かみがあった。しかし、その時の口調は冷徹そのものだったのだ。
「っ……あ」
最後に発した言葉は、言葉にすらならないもの。
――――名も無き子供は、自身の生の意味を享受することも理解することも無く、カンパネギアの手によって死んだ。
『……』
呆然と、子供たちは先程まで自分たちと同じように立っていたはずの彼を見る。
彼が死んだという認識をするには、子供たちはあまりにも幼かった。
いや、理解したくなかったのかもしれない。
一瞬にして希望が絶望に塗り替わるなど、考えたくも無かったのだ。
「安心しろ。お前たちを殺しはしない。むしろお前たちには、俺が生きる意味を与えてやる、生を謳歌することの喜びを教えてやる」
イタンシンは両の手を合わせる。
「俺の中でな」
彼の言葉を耳にした瞬間、九人の子供たちは意識を失うように倒れ、まるで魂が抜けたように絶命する。
――――こうして、カンパネギアが殺害した子供を含め、十人の子供たちの人生は……いとも容易く終わりを告げた。彼ら彼女らの可能性の芽は、悉く摘まれた。
「いやぁ、久しぶりに団長の魔法見たわね。何時ぶり?」
「軽く三年は使っていない。使う必要が無かったからな」
「では、今回はそれほど……」
フィオネがそう言うと、イタンシンは首を振る。
「別に通常通りに作戦が遂行されるなら問題ない。が、もしかしたら思わぬ収穫があるかもしれない。これはそのための保険だ」
イタンシンの発言にフィオネとカンパネギアは疑問を抱くが追及はしない。それが無駄で不必要であり、関係の無いことだと無意識に理解しているからだ。
「さて、これで準備は整った。明日は『大オークション』、いよいよ本番だ。抜かりは無いな、フィオネ、カンパネギア」
「はい」
「勿論よ、団長」
団長であるイタンシンの言葉に、団員の二人は肯定の意を示す。
「うーっす団長」
すると一仕事済ませて来たかのようにサシタが現れた。
「サシタ、死体の処理は?」
「全部完了だ」
「そうか、ならこっちも頼む」
「ん」
イタンシンの視線を追うように、サシタは床に転がる十人の死体を見る。
すると彼はしゃがみ込み、一人の子供の体に触れた。
すると触れられた子供の肉体は徐々に小さくなり、最終的にはサシタの手の平に収まる程度の大きさになった。
これがサシタの特殊型魔法、『全ては俺の手の平に』。
彼が触れた物体は彼の手の平程度の大きさまで収縮する。これにはいくつか条件がある。
まず一つ目は生物には使用できないこと。つまり生きた人間やモンスターを小さくすることはできない。そのため、彼が縮小できるのは無機物のみである。
しかし、既に生を終えた生物に関してはその限りではなく、死んだ人間などに関しては今のように縮小させることができる。
二つ目はあまりにも大きな物体を収縮させることはできない。彼が収縮させることのできる物体は大きさが四メートルまでの物体に限られる。
三つ目は彼が縮小の度合いを任意で変更することができないということ。
どういうことかというと、触れた物体を縮小させる時、その物体は必ず彼の手の平に収まる程度の大きさになる。つまり、それ以外の大きさに物体を収縮させることはできない。
「これで全員か」
十人分の子供の死体を収縮させ、ポケットへとねじ込みながらサシタは言う。
「これでここでの用事は済んだ。アジトに戻るぞ」
そう言ってイタンシンが踵を返す。彼の背中を追うようにフィオネ、カンパネギア、サシタの三人もその場を後にする。
何か罪を犯したというような認識はなく、まるでただ作業を遂行したと言わんばかりに……帰ろうとするその足取りには、淀みと呼べるものが一切無かった。
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小話:
サシタの初めての殺人は、小さくした物体を料理の中に混入させ、元の大きさに戻し両親を殺害したことです。




