第十二話 初日の夜
メシを食った後、俺たちは【愛愛愛】の夫婦と共に店を出て、ホテルへ向かった。どうやらあの二人が宿泊しているホテルも俺たちが泊っている『スマートパレス』だという。
流石上位のSランク冒険者といったところだ。
「お、ゼノ」
「む? スパーダ」
ホテルの入り口まで着き、俺たちはゼノとコイツに付き添っていたサイカさんとばったり再会する。
「おいどこ言ってたんだよ。もうメシ食っちまったぞ」
「はははは!! 問題ない! メシなら儂ももうたらふく食べたからのう!」
ゼノは腰に手を当て高らかに笑う。
「ってそいつら誰じゃ?」
「おぉ可愛いガキだな」
「きゃー! お人形さんみたーい!」
初対面のグラコスとラエルはゼノの可愛さにそれぞれ目を輝かせた。
「えーっと、まぁ説明すんの面倒だからとりあえずホテル入ろうぜ」
メシも済ませ、慣れない祭りの喧騒に揉まれたことで倦怠感を帯びていた俺はそう促した。
◇
イルミたち一行が泊っていた階も俺たちと同じ、最上階の三十五階。グラコス、ラエル夫妻はそこから五階下の三十階だった。
「じゃ、ちょっと行ってくる! 後でスーちゃんの部屋行くから!」
リンゼはそう言い残し、夫婦の昔話を聞くために三十階でエレベーターから降りる。
後で行く、リンゼが言ったその言葉の意味を俺は考えたくなかった。
「それじゃねエリーザ! 他の皆も! また明日朝食の時にでも会いましょう!」
「二度と顔を合わせたくないわ」
「あはは! もう照れ屋さんなんだから!」
エリーザの皮肉口調を全く意に介することなく、イルミは軽口を叩く。
「それじゃあな、スパーダ」
「また明日な!」
「またね、スパーダ」
「お、おやすみなさい……」
「あぁ、またな」
【竜牙の息吹】面々のそんな言葉に、俺も応えるように挨拶をする。こうして各々は今日の予定を終え、それぞれ別の部屋へと戻っていった。
◇
「はぁ……」
大して体力を使っていないのに今日はとてつもなく疲労が溜まった。室内に備え付けられているソファに腰を下ろし、俺はそれを痛感する。
冒険者としてある程度の体力や精神力はあるはずなのだが、こうクエストと関係の無い慣れない事ばかりが続くと流石に疲れるというものだ。
するとそこに、ゼノが飛び込んできた。
「ふあぁ~」
「何だ、眠いのかゼノ」
俺と同じソファで寝っ転がっているゼノを横目で捉え、そう聞く。
「あぁ? 儂は魔王じゃぞ? たった一日遊戯に耽っただけで眠くなるわけないじゃろうが……ふぁ…‥」
どうやら眠いらしい。
時計を見る、時刻は既に九時を回っていた。子供のような体内時計をしているゼノにとってこれは日常茶飯事である。
「おいここで寝るな。風邪引くぞ」
「んぅ……うるさい。儂は眠くなどないと、言っとろうがぁ……」
「語尾に力が無いぞー」
俺はゼノを抱きかかえベッドまで運ぶ、持ち上げる際少しばかり抵抗されたが、子供のじゃれ合い程度の抵抗しか見せず、楽々とその肢体を腕に収めることができた。
「よっと」
ゼノをベッドの上に下ろす。その時点で、ゼノはすぅすぅと寝息を立てて眠りについていた。
「ったく、いつもこんなんだったら可愛いんだけどな……」
気持ちよさそうな寝顔をする幼女に、俺は思わず苦笑する。そして少しばかり、溜まっていた疲労が軽減されるたような気がした。
「残念幼女は寝たかしら?」
「あぁ、ぐっすりだよ」
俺の座っていたソファとは別の椅子に腰かけ、何かの雑誌に目を通していたエリーザの問いに、俺は答える。
「そうだエリーザ」
「ん、何かしら?」
「明日はどうすんだ? さっきあのままバーガンディさんとも別れたけど、明日の話何もしてないだろ」
エリーザが話し掛けたことで、俺はふと思い出したことを聞く。
「予定は無いわ。明日決める」
「そんなんでいいのか?」
「いいのよ。『大オークション』は明後日から。そんなに気を張っていても仕方が無いわ。ただ金を使って競り勝つ……それだけよ」
そうして毅然とした態度を崩さないエリーザ。
まぁ、正直俺は今回みたいなイベントに参加したことが無いから右も左も分からない。平たく言えばオークションそのものの知識がほぼないのだ。
「なぁエリーザ」
「どうしたの?」
「その、俺にオークションについて教えてくれないか? 実際に参加するのはお前だけど、状況を把握したりするためにも、ある程度俺もオークションについて知っておいた方がいいだろ?
綺麗な言い方をしてしまえば、エリーザは俺のために魔剣を競り落とそうとしている。その俺が、ただ黙って事の成り行きを見守るというのは、無性なむず痒さを感じる。
「ふふ、いいわよ。なら明日の予定は決まったわね」
そう言って笑うエリーザはぱたんと読んでいた雑誌を閉じた。
「明日は競売街道に行きましょう」
「きょ、競売街道……?」
「『ブルーノ』が執り行うオークションは、なにも『大オークション』だけじゃないわ。中小規模、様々な種類のオークションがそこかしこで年中行われてる。その中でも一番活発に競売をしているのが競売街道よ」
「へー……」
競売街道、そんなのあんだな……。
「ここで説明してもいいけれど、やっぱり実際に見て学んだ方が早いわ。特に、スパーダは体で覚えるタイプだもの」
「はは……」
正直、その自覚はある。師匠の元で修行していた時も、師匠本人にそう言われたし。
「さて、と。それじゃあ予定も決まったことだし、スパーダ」
「うん?」
立ち上がるエリーザに、俺は何やら嫌な予感がした。
「一緒に入浴しましょう」
「結構です」
真面目な話から一転、一気にベクトルの変更が為されたその誘いを、俺は即拒否する。
「安心して私はお風呂で何があっても、お湯に洗い流すつもりなのに」
「嘘つけ流さねぇだろお前」
間違いなく既成事実と言ってエリーザは迫ってくる、その確信があった。
「あら、つれないわね。けどいいの? 私の裸体が見れるのよ?」
「……」
まぁ正直それは非常に魅力的だ。タイプの女かどうかは関係なく、年頃の女の全裸をこの目に収め、あわよくばそれ以上のことができる。
リンゼにしろ、エリーザにしろ、俺は傍から見れば天国のような環境に身を置いている。
――が、それは双方に恋愛感情があった場合だ。
本来ならば裸体も見たいし、性交もしたい。とても励みたい。だがそれをすると後に引けなくなる、後戻りできなくなる。リンゼとエリーザに今後の人生の主導権を握られる。
それは断固拒否しなければならなかった。だから俺は、自分の理性を限りなく高水準に保つため、極力彼女たちの過度なスキンシップから逃れる必要があるのだ。
今回に関してもその一環である。エリーザと風呂に入り、俺の理性が保つかどうか怪しいのは自明の理であった。
「……」
「ん、エリーザ……?」
すると何故か、エリーザが少し顔を赤らめ俯いている。非常に珍しい光景だ。
「そ、そんな風に思ってたの……?」
「え……?」
意味の分からないエリーザの発言に、首を傾げる。
「だ、だから……その、「したい」……って」
――したい。
一体何を言っているのだろうか。そんなこと俺は一言も言っていない。第一「したい」って何だ……?
そこまで思考して、俺は一つの仮説に辿り着く。
「……もしかして、口に出てたか……?」
「え、えぇ……」
素朴な俺の問いかけに、エリーザは首肯した。
「……」
「……」
マズったァァァァァァァァァ!!!
俺は心の中で激しく苦悩する。
そして今まで溜まり、口にも出してなかった欲求それがここにきて「声に出すという形」で生じてしまったのだと即座に悟った。
「い、いや違う!! 違うんだ!! お前らのことは性格を抜けばとても魅力的だと思う!! だから!」
だから何だ!? 全部言ってんじゃねぇか俺!?
一度解放した失言は、雪崩のように繰り返し放出される。下手に擁護しようとすればするほど、それは止まらなかった。
自身が窮地に立たされたことを悟る。こんなことを言ってしまってはエリーザを焚きつけてしまう。
そう思ったが、
「こ、コホン……。まさかスパーダがそんな風に思ってたとはね……知らなかったわ」
俺の予想に反し、エリーザは踵を返し、一人室内備え付けの浴場へ向かった。
――――あれ、何か助かった……?
「お、おいエリーザ?」
「……きょ、今日は一人で入るわ……」
エリーザは足早に足を動かす。
そんな彼女の、微かに見える耳の裏側は、少しだけ朱色に染まっていた。
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小話:
【竜牙の息吹】の部屋割は男女で分けられています。