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グリーンスクール - 負けないで  作者: 辻澤 あきら
8/10

負けないで-8

 月曜日は朝から快晴だった。イチローたちが家を出るときには、眩しいばかりの陽が差していた。イチローに続いて綾とジローも表へ出た。その後ろにはおばさんが心配そうについてきていた。

 ―――イチローちゃん、本当に大丈夫なの?やっぱりあたしのほうから相談してみようか?

 ―――いいっておばさん。今日のところは、オレが話をつけてくる。また、書類の手続きとかは頼むけど、とりあえず話だけはつけないとな。

 ―――本当に大丈夫?ジローちゃん、イチローちゃんの言う通りいくの?

 ―――まぁ・・・。

 ―――大丈夫だって!さぁ、あやちゃん行こう!

心配そうなおばさんを後に、イチローは綾の手を引きながら歩いて行った。ジローはおばさんにちょっと頭を下げてイチローたちについていった。


 土曜日、いきなり綾を連れ込んでイチローがおばさんに直訴した。綾の家の事情を話した上で、ここに住ませてやってほしいと頼んだ。おばさんは、とりあえずということで了承してくれ、空いている部屋を一つ綾に当てがってくれた。その日の夕方、一緒に食事をしている時の綾は、イチローが初めて見る笑顔を見せてくれた。そしてイチローは学校に行くことを提案した。どこの、という問い掛けに、緑ヶ丘学園、と堂々と答えるイチローにジローもおばさんも呆気にとられた。綾はその状況が飲み込めずぼんやりまわりを見回していた。

 ―――兄さん、うちの学校は私学だから、そう簡単に編入できないよ。

 ―――オレが何とかしてやる。

 ―――兄さん、何考えているんだよ。

 ―――まぁ、まかせとけ。とりあえず、あやちゃん、明日は色々必要なものを買いに行こうな。

綾は状況を飲み込めずにきょろきょろしていた。


 学校に着くとイチローは綾を連れて理事長室へ向かった。ジローも後ろからついていった。制服の違う綾は人目を惹いてしまうので気恥ずかしく緊張していた。

 理事長室の前に来るとイチローはいきなり大きくノックした。驚くジローと綾を尻目に、入って行った。

 ―――理事長先生、ご相談があるのですがよろしいでしょうか。

ふと見ると、そこには園長先生と教頭先生とそしてあまり見慣れない老人、理事長らしい人、がソファに腰掛けて朝の打ち合わせをしていた。

 ―――何だ、君は。

教頭先生の問い掛けに、イチローは気をつけの姿勢を保ったまま、

 ―――2年の、光明寺一郎です。理事長先生にご相談があるので伺いました。

と言った。教頭の文句を制して、理事長が応えた。

 ―――どんな相談だい?

 ―――話が長くなるのですが、よろしいでしょうか?

 ―――ああ、いいとも。ここへ来て座りなさい。

そう言って、ソファを指した。

 ―――ありがとうございます。あと一人、入室させてもよろしいでしょうか?

 ―――相談と関係あるのなら、いいとも。

イチローは綾を招き入れ、理事長と園長の座っている前に腰掛けた。

 ―――実は、彼女の事なのですが、彼女をこの学校に入れてやってほしいのです。

 言葉を無くしたまま呆気に取られている園長と教頭の横で、理事長はかすかに笑いながら応えた。

 ―――それはどうしてかな?

 イチローは理事長が驚いていないことに勝利を確信しながら、綾の家庭の事情を話した。理事長は興味深く、静かに頷きながら聞いていた。イチローのおばさんが保証人になってくれること、いまもおばさんの家に住んでいることなどを説明したあと、もう一度、

 ―――彼女をこの学校に入れてやって下さい。

と頼んだ。


 教頭も園長も言葉を噤み、理事長の言葉を待っているようだった。理事長は何かを思案したあと、思い出したようにイチローに問い掛けた。

 ―――君じゃあなかったかな、この学校の面接試験の時、頼もしいことを言ってくれたのは。

 ―――オレ…じゃない、ボク、何か言いました?

 ―――確か、君だったと思うが。この学校を僕が変えてみせます、と豪語したのは。

 ―――へ?

 綾は緊張も忘れて隣でくすくす笑いをもらしてしまった。イチローは呆気に取られたまま、そうでしたっけ、と頭を掻いていた。園長も、そう言えば一昨年の面接でそんな事を言った学生がいたな、と答えてくれた。イチローはようやく自分が何故面接であれだけ大笑いされたのかわかった。綾のいる前で恥ずかしかったが、いまは綾の立場を守ることに神経を向けた。

 ―――うまく言えないけれど、親が子の面倒を見るのが当たり前なのに、それを放棄しているなんて許せないんです。彼女が学校にも行けず、働いてるのに、酒飲んで遊んでるなんて。いまは彼女は学校に行ってないから、編入試験を受けても、受からないかもしれません。だから、しばらく学校に通って、ちゃんと勉強してその後で試験してやってください。そしたら、多分、大丈夫ですから。だめだったら、オレ…ボクが辞めますから彼女を残してやってください。

 まわりの驚きの目の中で、イチローは凛とした姿勢を崩さなかった。綾の目に涙が溜まってきて、つうっとそれが落ちたとき、理事長は問い掛けた。

 ―――この子を入れることが、この学校を変えるということなのか?

 ―――そうです。

 ―――どういうことか、教えてくれないか?

 ―――学校は子供の味方でなければならないということです。オレ…ボクたちは、何もできません。お金を稼ぐこともままならない立場です。それが、親から見放されれば、どうすればいいんでしょうか。ボクたち子供を、教育し、正しく導くだけではなく、それはやっぱり護っていることが初めにある、とボクは思います。ボクは、この学校に護られています。下宿して、親元から離れて暮らしていられるのは、この学校のおかげだと思っています。でも、学校にそういう気持ちはないんじゃないでしょうか?彼女を受け入れることのできる学校こそが、いい学校である証拠になるんじゃないでしょうか?

少し笑みを浮かべながら理事長は質問を投げ掛けた。

 ―――でも、誰でも彼でも入学させることはできないよ。彼女が特例であるという理由は、どうする?

 ―――それは、オレが保証人になる、ということでお願いします。

 ―――何を言っているんだ!

 ―――まぁ、教頭先生、彼の言い分を聞きましょう。

 ―――彼女はしばらく学校に行ってないから、いまは勉強ができないかもしれない。けれど、少しすれば多分オレよりもできるようになる。もし、だめだったら、オレが代わりに辞めるから、入れてやって欲しい。

 ―――なるほど、君の代わりにね。でもな、光明寺君。

 ―――イチローで結構です。

 ―――そうか。イチロー君。この学校は、成績だけで選抜しているわけではないんだよ。

 ―――えっ?

 ―――世間では進学校として知れ渡っているかもしれないが、ただの進学校ではない学校なんだ。君には、ここにいる資格は充分にある。君を辞めさせることはできない。

 ―――じゃあ、自分で退学します。

 ―――まあ、待て。君がいなくなったら、彼女はここにいないだろう。そこで、しばらくは君の言うように、ここに通ってもらって様子を見よう。それで、成績が悪かったり素行に問題があれば、辞めてもらうことにしよう。

 ―――ありがとうございます!大丈夫です。オレよりは絶対に成績も素行もいいはずだから!

 ―――でも・・・。あたし、お金がないんです。

 ―――いいよいいよ。なぁ、理事長先生、オレにつけといてくれ。出世払いということで。

 ―――ハハ、そういうわけにはいかんが。まぁ何か方法はあるだろうから、後から考えよう。と、いうことだから、園長先生、よろしく手続きのほう頼みますよ。

 ―――ありがとうございます!さすがは、理事長先生。よくできていらっしゃる。


 たしなめる教頭の声も無視して、イチローははしゃぎ回った。綾はぼんやりしたままイチローを眺めていた。

 ―――イチロー君。君と同じクラスでいいのか?

 ―――それでいいです。いや、それがいいんです。な?

綾はイチローの問い掛けに大きく頷いた。


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