第3話 魔石と魔吸い
リフは大地を蹴り出し、一気にゴブリンへと接近する。
「ゲヒヒヒ」
嫌な笑い声を上げてゴブリンも突っ込んでくる。
「てりゃああ!!」
木刀による一撃、ゴブリンは短剣でその一撃を受け止める。
木の枝は簡単に削れてしまう。
その削れた箇所を見て、リフの表情は歪みかけるが、すぐに真一文字に口を結び、新たな一撃を加える。
ゴブリンはいとも簡単にリフの攻撃を受け止める。
そのたびにリフの手には鈍い痛みが走り、顔を歪める。
自分がゴブリンにさえ一撃を与えられない、その悔しさと焦りから、リフは木の枝をふりましてしまう。
ヒュン
「熱っ」
頬が熱くなる。
そっと触れると生暖かい物が触れた。それが自分の血であるとすぐに気がつく。
視界がゆがむ、しかし、ぐっとこらえて我慢する。
「うわーーー!!!」
めちゃくちゃに枝を振り回す。
ゴブリンは一歩下がるだけで、その攻撃を回避する。
「ギッギッギ!!」
馬鹿にするように小躍りするゴブリン、一方リフは、いたずらに棒切れを振り回したせいで、はぁはぁと肩で荒い呼吸になってしまう。
せっかく我慢した視界が、再び歪んでしまう。
ゴブリンは、半ば心の折れた獲物の気配を感じ取って飛び上がり、斬りつけてくる。
「あ……」
歪んだ視界が急にクリアになる。
ゴブリンが短剣を振り下ろしてくる。
あまりにもゆっくりと剣が迫ってくる。
身体は全く動いてくれない……
とんでもない量の恐怖が一気に心を破壊仕掛けた瞬間……っ!
「だめぇーー!!」
メルカの鋭い突きが、油断していたゴブリンの眼球に深々と突き刺さる。
「ぐぅがぁっ!?」
勢いで背後に倒れ、メルカの細い枝は途中から折れてしまった。
「ディッカ!! お願い!」
「うおおおおお!!」
メルカの泣きそうな声、そしてディッカの雄々しい叫び。
仰向けに倒れたゴブリンの頭部に、ディッカの槌が振り下ろされる。
ごっ……グチャ!
身の毛のよだつ音がすると、ゴブリンは身体をブルリっと一度震わせると、完全に停止した。
「や、やっ……うぐ……おうぇぇぇぇ……」
ディッカは、我慢できずにその死体の脇に吐瀉物を巻き散らかした……
「お、お、俺……」
「リフ! 良かった、良かったよぉ……」
メルカの身体はガタガタと震えている。
リフは自分の身体もガタガタと震えていることに気がつく……
「助かった……お、俺……何も出来なかった……」
悔しさがこみ上げ、再び視界が歪みそうになる。
「うぇ……リフ……ま、魔石を……」
「! そうか、どうする……」
リフが周囲を見渡すと、一本の短剣が目に入る。
「メルカ、ちょっと待ってて」
リフは短剣を拾い、ゴブリンの死体と向き合う。
そのあまりに酷い状態に胃酸がこみ上げるが、ぐっと堪える。
皆が助けてくれた恩に報いなければ、男じゃないっ!
「えいっ!!」
短剣を胸に突き刺す。
ゴボッと血液が湧き出る。
その傷から自分の手をねじ込んでいく。
まだ生暖かい、グチュグチュと気持ち悪い感触が、再び胃酸を上げてくる。
「べっ!」
その胃酸を近くに吐き出し、更にゴブリンの死体の中の手を動かす。
骨ではない硬いものに触れる。
周囲から乱暴に指で剥がして強引に引き出す。
「コレが……」
血まみれの小さな宝石、魔石だ。
「魔物の心臓……魔力の結晶……」
「コレが有れば……」
リフは既に乾いた頬の傷に手を触れる。
そして、母から聴いた魔法を使う。
「彼の者の傷を癒せ……回復」
魔石が輝き、温かいものが身体を通って手を通して傷を癒やした。
「凄い、リフ魔法を使えるの?」
メルカの両親は獣人で共に剣で戦うスタイル。母親がエルフのリフに比べると魔法は珍しい存在だった。
リフは簡単な魔法の詠唱は知っているが、魔力を使い果たすと大変危険なので、自らの力を知るまでは使用したことはない。
「自分だけじゃ無理だけど……魔石が有れば、魔吸いって方法で……簡単な魔法なら……」
魔物の体内から魔石を手に入れるか、魔力の豊富な自然から手に入る魔鉱石を使い魔法の動力源である魔力を調達する。魔吸いという技術だ。
「自分の身体に吸収させる事もできるんだよね……?」
「うん、魔力の器が有れば……」
魔力を体内に貯められる量は器によって決められ、器の大きさは生まれ持っての素質によるものが大きく、鍛錬によっても多少の拡大はある。
全く魔力を持てない生物はいないので、誰しもが持つが、その大きさが小さければ、魔力不足で魔法は発動しない。
魔力は生命力と対をなす存在で、完全に使い果たすととても危険で、場合によっては命に関わるとされている。
「今は回復魔法が使えるリフが持っていたほうが良いね」
ディッカはゴブリンのそばに転がる枝を手に取る。
リフも自身の枝を拾い上げ、魔石を大切そうにバッグのいちばん大切な物をしまう場所に入れる。
死体は簡単に土をかけておく、ダンジョン内で死んだ魔物はすぐにダンジョンに吸収されていく、今回の戦闘で飛び散った魔物の血痕なども、しばらくすれば消えて無くなる。
「やるしかないね」
「ああ」
「怖いけど……やらなきゃ……殺されちゃう」
3人の瞳には、恐怖に打ち勝った火がついていた。
「メルカ、この短剣使いなよ、俺はまだコレが使えるから」
「うん、ありがとう……」
メルカはいろいろと短剣を持ち直しながら素振りを行う。
最終的には逆手に握るスタイルに落ち着いた。
一度マールズとメルカの母であるカルレの訓練でカルレが見せた構えだ。
「進もう」
そこには10歳の暗闇に怯える少年少女の姿はなかった。
立派な冒険者たちが立っていた。
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