れがしぃは ほのおを えた!
目が覚める。知らない青空。
日課の素振りと瞑想をして……母さんに抱きつかれて火の玉食らわされて。
そうか、あれが冒険者の心得なんだな。色香に惑わされず、常に周囲を警戒しろという教訓なんだ。
ありがとう母さん。胸に刻むよ。
と、自分の胸を見る。
燃えていた。
「うわぁっひゃっは!!」
べしべし叩く。それでも一向に燃え続けている。
心臓が燃える……うう……死んでしまう……。
いくら叩いても消えない炎に、涙目になる。
「それが――あんたのいう魔法。せいぜい大事にしなさいよ」
と、俺に声をかけたのは、これをやったであろう張本人。
「火、火、ヒィ~~!」
慌てる俺があんまり滑稽なのか、遠慮なく笑っている。とんでもない親だ。
【名前】ハリア
【種族】耳長族
【レベル】30
この世界の文字もすっかり読めるようになったが、他の【力】だとか【職業】という項目は、あいも変わらず読めないままだ。
どんな魔法をかけられたかでも分かれば、うろたえないのになあ。
「その炎は、私の炎を分けたもの」
母さんは髪をすきながら、なんてことはないように、周囲に火の玉を何十も出した。
火の玉は衛星のように彼女の周囲を回っている。
懐かしい光景だ。はじめてみたときの姿。
ふと気付いた。懐かしいのは炎だけではない。
服装だ。肌触りの悪い、使い古した、灰色のフードを羽織っている。これもかつて見たものだ。
「母さん、その格好――」
「炎は自在に操れる」
母さんは指先を指揮棒のようにふる。と、炎が右回転左回転、クルッと回って大ジャンプ。踊りだした。
「危ないよ」
「炎は使うと減る」
母さんが斜め下に指先を向ける。家の前の平地に、一筋の光が走る。
その瞬間、家がまるまる吹っ飛びそうな大爆発が起こった。これが直撃したら、二人で住んでいた家は、跡形も残らないだろう。
「母さん……」
「炎は分けられる」
母さんは周囲を旋回する炎と、俺の胸で煌々と燃える炎を指した。
なるほど。
さっきの抱きつきは、火を分ける儀式だったのか。
「まずは自在に操る練習。それから炎を分けること。あと人前であまり使わないように。殺して炎を奪うって手段も、無くはないから」
矢継ぎ早なアドバイスに面食らう。
思わず質問してしまう。
「母さんも、冒険者になるの?」
安っぽいローブを着て火の玉を纏わせる姿は、七年前に見た母の姿だ。
俺を育てていた間、一度も見せなかった姿。
「私は七歳からずっと冒険者よ」
母さんが七歳にこだわったのは、自分がそうだったからか。
……何歳なんだ?
「考えてること、口に出したらぶっ飛ばすわよ」
釘刺されてしまった。
女の勘か母の勘か。それとも長命種族あるあるネタなのか。
軽い冗談でも、と思ったらもう、なにも言えなくなった。
母さんの目が、穏やかで、優しいものになっていたから。
これは、あれだ。さすがに分かる。
「レガシィ、これからはアナタ一人よ。大丈夫?」
離別。もともと冒険者になる予定だったんだ。お互い織り込み済みのものだ。悲しくはない。涙が出そうになるけど、これは体が子供だから、つい。
「大丈夫。早く魔法の訓練をしたくて、ウズウズしてる」
俺の胸で、まだ炎が燃えている。落ち着いてみると、焼けるような熱さではない。とても暖かい。
母さんは苦笑した。
「レガシィ……。同じなのは名前だけなのに、とても似てるわ」
「なんのこと?」
「……昔の仲間よ。ダンジョンと異世界を研究していた、変なやつ」
「――異世界!?」
この世界から見た異世界というと、つまり、地球、日本のことか――。
行ったり来たりできるものなのか? 魔法が使える状態で? やべえ! 【異世界知識】と【魔法】で現代無双の芽もあるのか!
「やっぱり目を輝かせて……我が子ながら変なやつ」
「異世界ってどんな? やっぱり極東の島国はラメーンとシースーと侍ですか!?」
「冒険者なんだから、自分の足で見てきな」
そう言って母さんは、にっかりと笑った。
息子へのエールとしては満点。
でも今後を左右する大事な要素やぞ~。
いくらこの世界で敵なしでも、その世界の外がある、もっと大きな世界があるなら、真に無双とは言えないだろう。
異世界の中の異世界。これは大事な目標だ。しかし遠い。
まずは近くの目標からだ。
無双だ。
ようやく魔法を手に入れた。
これを鍛えまくってチートするぞ。
チートするぞ、チートするぞ、チートするぞ、チートするぞ!
「うおおおおー!」
と雄叫びをあげた後、スッ、いつもの瞑想。
しかし今回はいつもとは違う。胸に炎が宿っているのだ。
精神を集中するためなのに、ついつい口が綻んでしまう。
にまにまにまにま怪しく笑いながら変な修行をする息子に、ハリアは声掛けようか迷った。
(なにワケ解んないことやってんのかなあ)
しかし、失敗を避けてどうする。
自ら考え、行動し、過てば気付き、改め、修正する。
その工程は、自分がいては、なし得ない。
(子離れってのも大変ね……)
「んっ、ふ、ふふーっ! ぐぬぬ、うーっ!」
息子の空回りする踏ん張り声を背に、ハリアは旅立った。
七年ぶりに、冒険者として。




