ハイタッチだけで異世界友達できる!
人目のない町外れ。
なにをしても誰の邪魔も入らないだろう。
「俺をぶってくれ」
「ど、どうしたの……?」
ノッグスは俺に憐れみの視線を向けた。
性癖開放じゃない。
実験だ。
昨日のゴブリン狩りの話をする。
ゴブリンの攻撃が児戯のように感じたこと。
わざと受けるとめちゃ痛かったこと。
白刃取りすると全く痛くなかったこと。
「あのときレベルって言うもんは不思議なもんだと思ったよ。同じゴブリンの同じ攻撃でも、全然違うんだから」
「あ、低レベルにも負けることあるんだよね」
いつかフェスさんに忠告された。眠っている時と油断している時は格下にも負ける。
ゴブリンの攻撃を受けた時、俺はめちゃくちゃに油断していた。
白刃取りのときは、めちゃくちゃ注意を向けていた。
油断したか、注意するか。それだけで、同じ攻撃でも受けるダメージが変わる。
不思議現象だ。魔法ほどの派手さはないけど、研究する価値はある。
「まずは半分の力で俺の手を殴ってくれ」
俺は両手を掲げて、手のひらを開く。
「な、殴る?」
ノッグスは自分の手を見つめる。
「い、いや。パーでだ。パー。張り手、張り手ね」
俺の顔くらいはある握りこぶしにビビったわけじゃないぞ。ホントだぞ。
乗り気ではなかったが、必要なことだと説得すると、頷いた。
ノッグスは小さく振りかぶって……。
俺はこれから来る衝撃を想像して腰を据える。
パァン!
手のひらに衝撃が走る。
気持ちのいい音があたりに響く。
俺の両手は、少しものけぞらなかった。
「ど、どう? 痛くない?」
「いや、全然だ」
手と手がぶつかった衝撃は感じるが、痛みがあるわけではない。
レベル差があるせいで「攻撃されていることにすら気付かない」ってことはないようだ。
まあ気付かなかったらダメージが通っちまうから当然か。
では次のステップに移ろう。
「次は全力だ。俺をナイスガイなゴブリンだと思って思いっきりやってくれ」
「ナイスガイ……?」
しまった。ナイスなゴブリンなら叩きにくいじゃねえか。
「ムカつくゴブリンの間違いだ。全力でやってくれ」
「え、ええ……でも……」
検証だと言うのに煮え切らないノッグス。
なんとかしてやる気を与えないとな。
「おい臆病者! バシッとやるんだバシッと!」
「でも……」
「デモもクーデターもない! このタコ! アホ! バカ! マヌケ! バシッとやるんだバシッと思いっきり! ここでやらなきゃ男がすたる! 意気地なし! お前の母ちゃんも意気地なし――」
バシィィン!
快音が鳴る。ノッグス張り手は、さっきと全然違う。力が込められていた。プロレスラーのように太い熊人の攻撃を、俺の両手は平然と受け止めた。
一寸も下がることなく、俺の両手は、ノッグスの張り手を受け止めた。
これがレベル差か……。
「よし! なるほどなるほど、なるほどね。ありがとうノッグス」
実験はまあ成功だった。七歳児がプロレスラーの一撃を受けてピクリともしない。これはなかなか無双チートっぽいな。
見上げると、ノッグスはなんだか泣きそうな顔をしていた。
「ん? どうかしたか?」
もしかしてレベル差があるせいで、殴ったノッグスの方がダメージを受けたのか? ボクサーは、殴った側の拳が折れることはよくあるらしいが。
しかし、そんな予想とは違っていた。
「マ、ママママママ、ママッ、ママの悪口を言うな!」
初めてノッグスの大声を聞いた。
あっけにとられる俺を尻目に、ノッグスはへたり込んで、泣いてしまった。
日は傾きつつある。ノッグスはぽつりぽつりと過去を語った。
ノッグス捨て子だった。
孤児院で育ち、熊人の硬い毛をからかわれたりしていた。
つらいとき、いつも思い出すことがあった。
昔の思い出を。母の腕に抱かれていた暖かさを。
孤児院も冒険者もつらいことばかりだった。
そこに現れたへんな子供――俺だ。
自分よりも強く、楽しそうに魔物を倒す。
そのうえ宿を、服を与えてくれた。
強くて優しくて、友達になってくれるかもしれない、
そう思っていたのに、急に怖いことを言って、つらい記憶を思い出して、泣いてしまった。
捨てられてるかもしれないって。
膝を丸め、ぐすっと鼻をすするノッグス。
「悪かったよ、ごめん。もちろん本心じゃないさ。全力で殴ってほしくて」
「……ううん。僕は意気地なしだもん。……で、でも、ママは意気地なしじゃない、や、優しいよ……ほんとだよ……」
優しい親が子供を捨てるか? とは流石に言えなかった。
けれど、これだけは聞かねばなるまい。
「ノッグスって、いくつなの?」
「……3才」
三歳。
衝撃ふたたびだ。
俺よりも年下だったのか……。2mもある年下。
いつもビクビクして、冒険者に向いてないんじゃないかと思ったが、三歳児なら当然だ。
背中を丸める俯くノッグス。
俺はその隣に立って、肩に手を回す。
「俺は……友達いねぇから分かんないけどさ、三歳の頃はおねしょしてたよ。それなのにさ、ノッグスは辛くってもめげないでさ、冒険者の先輩で、ゴブリンもなぎ倒して、俺みたいな変なやつに付き合ってくれて、ホントありがたいよ。
初めての冒険者仲間が素敵だからさ、フェスさんもヴァーニャさんも親切だし、こう……、これからも楽しいんだろうなって、嬉しいんだよ。ワクワクする。
だから……これからも仲良くしてくれたらなって思ってる」
ノッグスは、双眸に涙をためて、こちらをじっと見ている。
「ぼ、僕も……友達、初めて……へへ」
それっきり黙ってしまった。
――あー! これ以上なんって言えばいいんだ! 俺に「彼女がいじけたときの仲直りの決め台詞」なんて知識はねぇぞ! いや、彼女じゃなくて彼だが! これ以上励まそうとしたら嘘っぽくなっちまう!
これ以上何を言えばいいんだ?
いや、――言葉はいらないか。
お互い、喧嘩したいわけじゃない。
ただ、ちょっとムードを良くしたいだけだ。
俺はノッグスの正面に立って、両手を見せる。
「ま、また叩くの?」
俺がDV加害者みたいな言い方やめろ。
まあ、叩くのは間違ってはないが。
「ノッグスもやるんだよ。こう……」
俺は、俺の頭などみかんのように潰せそうな大きい手を掴んで、俺の手に合わせた。
ぺちっ。
「ハイタッチ。いぇ~い!」
ノッグスはきょとんとした顔をしている。
もしかして俺、なんかやっちゃいました?
ただ仲直りしようとしただけなんだが……?
「楽しいと、こうやって、友達と手を叩くんだよ」
ぺちっ。
「うぇ~~い!」
「…………?」
「うぇ~~~い!!」
「……ふふっ」
ぺちん。
俺の下手くそすぎる盛り上げ方がつぼに入ったか、ノッグスの表情は柔らかくなった。おどおどしたぎこちない顔ではない。自然な笑みだ。
「ノッグス・テンアゲ・ウェ~~イ!!」
ぺちん、べちん、ばちん。
音が大きくなるにつれて、お互い笑みがこぼれてくる。
異世界転生してるくせ、心まで七歳児になったようだ。
「ノッグス、全力でハイタッチ!」
「うん!」
無理に悪口言って全力出させる必要はなかったな。
ノッグスの手が俺の手に振り下ろされ――
バギィィイイン!!
両腕が消し飛んだ、そう思うほどの衝撃だった。
頭の中で思考が駆け巡る。
なぜ?
レベル差は?
俺の油断か? ゴブリンのときのように。
いや、俺は。
待ちの姿勢、防御の姿勢。
「全力で」と言った時。
さっきの実験が頭にあった。
守りに意識を。
そうでなければ。
全力を出せだなんて。
倍の体格差があるノッグスに。
油断した。
油断したのは俺ではなく……
「要研究……だな……」
無双の芽が見えた。
しかし、なぜだか頭が働かない。
どうしようもなく……………………眠い。
あまりの衝撃に俺は気を失ってしまった。




