異世界の戦いと剥ぎ取り
水狼の名の通り、濡れたような毛を持っている狼。
目線は、俺より低い。現実サイズの狼と比べても、大きくはない。
やれる。……やるぞ!
「こいつのレベルは6~10。このサイズだ精々8だろう。けど油断すんなよ!」
フェスさんは見ただけでレベルを分かっているようだ。知識と経験かな?
魔物に出会ったらぜひともやりたかったことがある。
【ステータス】。
【名前】小水狼
【種族】魔物
【レベル】7
名前は微妙に違うが、たしかにレベルは話通りだ。
茂みから出てきた水狼は全部で8匹。……多いな。二匹合わせたら実質14レベってことで負けないか?
一瞬怖気づいた。だがフェスさんは、さすが先輩、手慣れている。
腰に下げたいくつもの短剣を、投げた。あれは投げナイフだったのか。確かに柄にあたる部分が短い。
投げナイフは眉間や目や腹に刺さり、一気に3匹の水狼にダメージを与えた。死んではないだろうが、相当なアドバンテージだ。
残った水狼が一斉に向かってくる。
「行くよっ……ニャッ!」
水狼の群れに正面から突っ込んで、体を伸ばして逆刃を滑らせる。そして身を起こす返しで、もう一匹を切り落とす。さすが猫。敏捷だ。
仲間を殺された恨み――などないかのように、水狼はヴァーニャさんをかわして、なおも走る。
狙いは初撃をかましたフェスさんでも、身を呈したヴァーニャさんでもないのか?
……俺たち三人が、非戦闘員のノッグスをかばっていることが、分かっているかのような動きだ。
最初に言われた「後ろに逸らすな」という言葉は、この意味だったのか。
この後は、もう呼吸する暇はないぞ。息を吸い、吐き、踏み込む。
「ずぇりゃ!」
異世界で無双するために、己に課した素振り千回。
練習通りに振り下ろされ、狼を袈裟斬りにした。
――よし!
まだ終わっていない、あと二匹。
袈裟斬りで下段になった剣を上げる余裕はない。
背にいるノッグスさんから遠い、左の狼に、もう一歩踏み込んで突く。
剣の先が、泥に突っ込むような、ぬるっとした嫌な感触がした。
これであと一。
身を捩って、足元を蹴る。砂が舞う、石が飛ぶ。これで少しでも足止めになってくれればいいが。
すると最後の水狼は、急に方向転換をした。俺から離れていく。その向かう先に、ノッグスさんがいた。
いつの間にか、俺の背から離れていたのだ。
「ば、危な――」
最後の一匹は、ナタによる一刀で、その首をするりと刈り取られた。
ノッグスさんのそばにはフェスさんがいた。
「これで終わり。レガシィ、なかなかいい動きだったな」
最初に切り込んでいったヴァーニャさんも戻ってきた。
「センスあるニャ。ノッグスも見習えにゃ~?」
「う、あ、うん……」
そう振られたノッグスさんは、俺をちらちらと見て、バツの悪そうな顔をしている。
……いや、俺が気負いすぎてただけだ。今日入ってきた訳わからん新人七歳児に、安心できるか、むしろ心配して当然なんだから。実際、三匹通さずに斬れたかは微妙だったしな。
「無事に済んでよかったです」
「まあ、レベルが近くとも結局格下だからな。滅多には負けんよ」
八匹と三人で、数で負けているのに、フェスさんにとっては余裕だったらしい。
「数で負けてても、レベルが上なら、負けないんですか?」
「当たり前だろ。……ああ、もっとも眠っていたり手を抜くと別だがな」
なんと。
この世界でのレベル差、というのは俺が思うよりずっと大事な要素らしい。
「じゃあ逆にレベルが上の相手には、寝込みを襲うくらいしか勝ち目がないんですか?」
「ああ。格上にあったらとにかく逃げろ」
この世界に番狂わせはないのか?
確かにザコ狩りは無双といえば無双だけど、強いやつに特殊な力で勝ってこその異世界チートだ。
レベルを上げて倒す、だなんて、堅実すぎる……。
これからの異世界ライフを想像して、その落ち込みように見かねたのか、慰めるようにヴァーニャさんが言う。
「魔剣や精霊があれば勝てる……ときもあるらしいニャ。マユツバだけどニャ」
精霊!
――精霊なら持ってるよ! たしかに129レベルでチートだと思ったんだよ~!
喉まででかかったが、我慢。我慢。精霊を持っていることを言ってはならない。殺して奪う、ということもできるらしいから。
魔剣と精霊、と並べられるくらいだ。そうとう貴重なんだろう。
内緒、内緒だ。
口を滑らすまえに、話を変えなきゃ。
「あ、水狼、剥ぎ取りとかしないんですか?」
「ん。あ~、そうだな~」
剥ぎ取り、というのはちゃんと冒険者の流儀としてあるらしい。
ヴァーニャさんの倒した二頭はどちらもきれいな切り口だった。
水場に運んで、四肢を落とし、皮を剥ぐ。一匹は僕が、もう一匹はノッグスさんが解体した。
魔物の体内に、魔石はなかった。魔石がないタイプの異世界らしい。
毛皮が血で汚れるかと思ったが、水狼の毛は、触ってみるとたしかに濡れており、雑に解体してもきれいになるようだった。
「誰がやっても同じくらいのデキだから、たいして高くならないにゃ」
四人で安い食堂で腹いっぱい食うためには、二頭でなく四頭ほど剥ぐ必要があるらしい。
それなら二頭の肉を食ったほうがいいな。
「魔物を食うことにノリノリ……さすがSSSランク冒険者様は違うニャ」
フェスさんは魔物食に抵抗がないが、ヴァーニャさんとノッグスさんは全力抵抗。特にノッグスさんは、フェスさんにいじわるされて、涙目になっていた。
「水の狼と言うだけあって、結構柔らかいんだよなあ」
何度か食べたことがあるらしい。おすすめは腹の肉だとか。
食べないとは言うが念の為、四人分を切り落とす。
血を洗って、俺はカバンから調味料を取り出す。多い量ではないけれど、家から持ってきたものが一つだけある。母さんが好きだった辛~い奴。
もう冒険者になったんだ、味覚が子供だから辛いのは無理、だなんて言わないぞ。
肉に調味料を擦り付けて、フェスさんの投げナイフをぶっ刺す。肉だけバーベキューだ。あとは炙るだけ。
「沙羅曼陀、低温調理で最高バーベキューだ」
俺の胸から昨日ぶりに出てきた精霊。俺を拾った三人の冒険者の、あのキャンプの様子を思い出す。
こうやって精霊を使ってキャンプするなんて、俺もついに、一端の冒険者になったんだなあ……。
「ああ、お前、精霊使いだったのか」
……あ。初めての解体の楽しさで、つい、BBQをやってしまった。
そうだ、見せないほうがよかったんだ。慎重さが足りねえ。やべえ。殺されて火を盗まれちまう。
なんとか言葉を探そうとしていると、フェスさんは、鼻で笑った。
「別に殺して奪いやしねーよ。お前、俺をそこまで悪人だと思ってんのか?」
まあいいけどよ、と言葉をつづけた。
「人に自慢するもんじゃないのは確かだけど、俺達は仲間だしな」
クサイ台詞だな……という俯瞰した気持ちと、
こんなウサンクサイ俺を仲間認定するの早くない? という疑いが湧き出る。
だが。
斜に構えているつもりだったが、顔のにやけは、どうやっても止めることができなかった。
――香辛料をつけて焼いただけの肉は、暖かく、とても美味しかった。
……ちょっと辛すぎたけれど。




