「物書きにおける役者の重要性」(仮)
第一部夢への落としどころ
「じゃあこれ期限までに出せよー。よし佐藤、号令。」「起立、礼」委員長の当たり降りない号令と共に今日も学校生活が終わる……はずだった。「秋の紅葉何て物は既に枯れ果てて、吐息を漏らせば儚く消え、お布団が恋しくなる今日この頃。俺、龍崎翔は絶望に打ちひしがれていた。避けたかったがついにやらなければならない時が来てしまった。そう、進路調査の提出だ。内の高校では高1の段階で、文理選択と共にある程度の将来の流れを書くことになっている。文理選択だけならまだしも、将来の夢については何も書けないというか何も考えてない。やりたいことが皆目見当つかないのだ!「(さて、ホントにどうしよ…。)」配られた以上は書かなくてはいけないし、それに今まで考えてこなかった自分の将来を考えるいい機会だ。「(まず、自分の得意なことを将来仕事としてやりたいって人がセオリーだよな。となると、俺の特技は…)」と改めて自分のことを考えていると、「なあ翔?お前はやっぱ小説家だよな?それとも脚本家?」と祐樹が俺の机の方に寄って間いかけた。祐樹は俺が唯一気を張らなくてすむ人間だ。中肉中背で顔もそこまでいいわけでもない。常にヘラヘラしていて何を考えているか分からない男だが、実は人が見てない所で誰よりも努力し、そしてそれを人前で誇示することは無い。何だかんだ真面目で謙虚な男なのだ。(本人に言うと調子に乗るので絶対に言わない。)「いや、それは難しいだろ。だって俺なんて趣味で書いてるだけだし、本気「で作家目指してる人なんてこの世に何人いるか…。」「ったく暗いねぇ。別にいいじゃん目指すくらい。それに俺期が書いた小説好きだけどなぁ。」「よく言うぜ。ほぼ無理矢理書かせたくせに。」
そう実は俺は一回だけそれなりに小説を書いたことがある。(後は大体「自分が思うように気ままに書いていたんだが。)文化祭で俺らのクラスが「映画をやることになって、誰が台本を書くか話し合ってた時、文化祭実行委員会であった祐樹がクラスの皆に俺が小説を書いていることをバラし」「挙句の果てに俺に一存を任せやがった。とりあえず実カというかカ量を掲示しとかないと始まらなかったので、後日俺が現在書いてる小説をクラス内に見せたところ、意外と好反応だったのでこの案は実行となり映画用に一本書き上げた。そして当日。映画はまさかの大好評。来場者数も確か学年で一位、校内で三位。今思うとかなりスゴいな。
「あの時はホントにすごかったなぁ。何せ人が多くてもう。」「人多過ぎて吐くかと思ったわ。」「やっぱさ理才能あるって!」「いや無理でしよ。」手振りで否定の意思を表す。「すごかったのは俺じゃねぇ。あの台本に乗っ取って上手いこと演じたあいつがいるからだろ。」と言い俺はその人物に目を向ける。「あぁ〜!はいはい!翔君がご執心の美桜ちゃんのことか〜!」「バッ!?おい声がでけぇよ!!」椅子から立ち上がり急いで祐樹のロを手で塞ぐ。「んん〜っ!」苦しんでる祐樹を放置し、今の会話を聞かれてないか磁認する。(よし、本人には聞こえてないな。)確認して祐樹のロから手を離す。「っぷはっ!何すんだよぉ。」「(コイツゼってぇ楽しんでやがる!)」「次やったら首絞めるかんな」「あぁ〜悪かったって。でもさぁ、早く告白しないと美桜ちゃん他の男に取られちゃうかもよお〜?」「そうだけどさあ、第一俺じゃ釣り合わねぇよ。」俺じゃ釣り合わない。心の中でもう一度弦いた。
彼女は橋美桜。成績優秀で運動抜群!という完璧タイプではないが、品行方正で人柄がよく男女共に好かれているいわば善人代表みたいな人だ。肩から15cm下位まで伸びる流れるような黒髪。華奢な体つきなのに女性らしさを強調する胸。端正な顔立ちに整った鼻筋だが体の内から滲み出るほんわかとした雰囲気がお互いを消すことなく調和されている。彼女には映画のいわゆるヒロインをやってもらった。映画が成功したのも彼女がいたからと言っても過言ではない。その純粋さのおかげで、彼女の演技はまるで役に憑依してるようだった。
「ああーっ!もうこの話はしまいだ!それよりマジで進路どうしよ…」調査書を持ってひらひらと遊ばせながら呟く。「まっ、誰が何を言っても、決めるのは翔だからね。そこまで深追いするなよ。じゃあな!」「部活項張れよー」祐樹を見送った後、特にやることも無いので俺もすぐに教室を出た。その時何か見られてる気がしたのだが、「俺が…ありえないだろ」と一職した。
「ただいまー…て誰もいねぇか。一人虚空に呟いて、玄関で靴を揃え自分の部屋の前に着いたので、ドアを開けカバンを床に放り投げ、布団に飛び込む。元々我が家は自営業を営んでおり、両親はだいたい家に帰るのが十時頃。ガキの頃は寂しかったが、今となっちゃもう慣れた。「さて、夕飯作るか。」制服を脱ぎ所定の場所へキッチリ干し、部屋着に着替えてリビングへと向かった。
「あぁ〜食った食った。」白分で作った飯を食い終わった俺は、食器を片付け洗い物をした後、自室に戻り最難関である進路調査書を片付けることにした。「(さて、どっから手を付けよう。)」カバンから紙を出し椅子に腰掛けて何書こうか考え始めた。「(やっぱり一番妥当なのは小説家?いやでもこんな趣味全開の俺がなろうとするなんて本気で目指してる人に追いつくはずが無い。何より、就職しないといけないしなあ。)事実俺は文化祭の一件以来ちゃんと書いたことがない。だから俺なんかが小説家を目指すなんておこがましい話なのだ。「けど文化祭で書いたやつ、あれは楽しかったなぁ。」ぼそりと呟いていた。自分で考えた物語が共感され、人の心を動かし、自分の世界観を理解して認めてくれる。そして尊敬の眼差しと純粋な驚き。作品を通して、自分のことまでも認められたような気がして、俺はそれが心地よく、ただただ嬉しかった。「(まあ、俺の作品を見たことあるやつはクラスの奴だけだから参考にするにも人数が少なすぎるし、映画が成功したのは俺じゃなく橘のおかげだし…)」改めて振り返っていると、ふと一つの疑間が生じる。「何で橘はヒロインを引き受けたんだろう?」今更だが気になった。確かに橘は善人代表と言える(勝手に俺が言ってるんだけど)が自分から率先的に動くようなタイプではない。が、「そういえば役割決める時、橘色んな人から推薦されてたなぁ。きっと断るに断れなかったんだろう。」でも、もし俺の作品を見て役を引き受けてくれてたら、ましてや少しでも俺のことに興味を持ってくれたなら…なんて考えて、そんなことある訳ないと現実に戻ってきた。「(何か自分で考えていて悲しくなってきた…。)」心が虚しさで一杯になっている。「(ダメだ。これ以上考えていても多分ロクな答えが出てこない。とりあえず寝よう。)」幸い期限はまだ少しある。調査書をカバンにしまい、ベッドに入った。俺の幸先見えない未来のような漆黒の夜空を、空に登る月が煌々と照らしていた。
「よーっす、翔。ってどうしたその顔!?」「あー、昨日色々と考えていたら寝るに寝られなかった。」「あーもう言わんこっちゃない!ま、そうやって一点集中するのも翔らしいけどね」「それはお前、誉めては無いな」互いに自分の机に座り、一時間目の準備をする。その時、橘の姿が目に入る。「(かぁ〜!やっばり橘可愛いなぁ)」もし俺なんかと結ばれたら…なんてまたありもしないことを考えつつ、机の上に突っ伏した。
「はあ〜!やっぱここは落ち着く〜!!」午前の授業を何とか乗り越えて迎えた昼休み。俺は一人で屋上の壁によりかかって座り込み、惣菜パンを綴りながら空を見上げる。わざわざここで昼食をとるには理由がある。屋上なら基本誰も来ないし静かなので想像力が働くのである。祐樹も上手いこと空気を読んでくれ」るので、こっちから声をかけない限りは無理に飯に誘わない。「よし、書くかー」惣菜パンのゴミを片付け、小説帳を取り出し現在書いている物語の続きを書き始めた。「( けど今日は風が心地いいなぁ。このままここで昼寝するのもいいかもな)」なんて他愛も無いこと考えていると、屋上の扉がガチャリと開く音がした。「(誰か来たかな?祐樹?でもあいつ普段ここに来ないけどな。)」確認しに行くのも面倒くさかったので姿が視界に入るのを待っていると、そこにいたのは祐樹でもなければ顔も知らないクラスメイトという訳でもない。ただ、この現実を受け止めきれなかった。「あっ!ホントにここにいた!」「た、橘アアア〜〜〜!?!?」
「やっぱり、祐樹君の言うとおりだった♪」まるで探してた物が見つかって喜んでる子供のような調子だ。「な、な、何でここに?」まず一番気になったことを質問した。橋は俺がいる時に屋上なんて来た事ないし、わざわざ来る理由なんてあるのだろうか。「えっとねぇ〜。翔君っていつもお昼教室いないじゃん。それで気になってね、知ってると思ってた祐樹君に聞いたらー昼休みは大体屋上にいるって教えてくれたの!」「あ、あ〜そなのね。」「冷静を装って答えるも、内心緊張と焦りで大パニックである。脈打つ心臓の速さがいつもより圧倒的に速い。「ねぇねぇ、いつもここで小説書いてるの?」手元にある小説帳を見た橘がこちらの方に顔を覗き込ませて問いかける。「(鋭いっ!!)」まさかそこまで把握されて聞かれるとは思ってもいなかった。「うん。昼は大体ここにいるよ。」「そうなんだ!硫かにここなら小説書くのに打ってつけだね!それに今日すごく天気もいいし!」空を見上げ、腕を上ヘと伸ばす。その無邪気で純粋なとこが彼女の持ち味なのだろうと改めて思った。「あ、そーだ!何か今小説ない?」「今は書きかけのやつしかないかな。」「それ読みたい!すっごい読みたい!!」読みたい勢いのおかげでかなり距離が近くなる。「ご、ごめん。途中なのは見せるのはちょっと出来ないな」いくら橋と言っても、書きかけの小説を見せることは出来ない。というかめちゃめちゃ恥ずかしい。「そうか〜。ざんねん〜ん。翔君の小説好きだから読みたかったのになぁ」ちょっとだけ拗ねた顔もまた可愛らしい。いや、それより…「今俺の書いたやつ好きって言った?」「うん!好きだよ!私文化祭のやつホントに大好き!!だからこのヒロインの子をありのままに演じたかったんだよね。」その瞬間、体の中にあったモヤモヤがスッと消えて軽くなっていくのを感じた。「(ああなんだ。簡単なことじゃねぇか。こんな重く考えていたのが馬鹿みたいだ。今こうやって俺が書いた小説で誰かが心を動かしている。自分の物語で、誰かに感動を与え、想像の幅を広げる。たとえそのことが誰かに反対されてもいい。きっと読者だって初めは多くないだろう。それでも橋、お前のような本当に心を動かされたやつがいて、純粋な気持ちを伝えてくれれば、俺はどこまでも頑張れる)」お前の純粋な心と嘘偽りない晴れやかな笑顔が、俺の決意を固めるのを助けてくれた。「よし、じゃあ橘は特別だ!明日見してやる!」「ホント!?ありがと〜!あっ、じゃあ私もその作品の子を演じてあげるよ!だからさぁ、昼休みここ来てもいい?」下からこちらの顔を覗いて問いかけてくる。俺からしたら願ってもない条件だ。「(その上目遣いは反則だろ!)」可愛さに限度が見えない。「あぁ、いいよ」「やった!あっ、でも今日はもう時間ないね。」気づけばもう次の授業が始まる時刻に近づいている。「じゃあ、明日から小説見してね!じゃ教室戻ろ!」「そうだな」荷物をまとめて上機嫌な橘の背中を眺めながら、俺たちは教室に戻っていった。