魔の6階
暴走族のアタマを張る男、ミカドは高校3年の夏に、先輩のシルビアを借りて峠でドリフトをしていた。免許は取れたてのショシマだ。しかしサーキット走行経験があり、ドリフトはお手の物。コーナー手前で2速クラッチ蹴りでリアを流し、すかさずカウンターを当てる。あとはステアリングとアクセルのコントロールでドリフトは出来る。
十数本は峠を登り降りして、後一本でやめようとした時だった。
ガシャン! ミカドはちゃんとマシンをコントロールしていた……。だが、コーナーの立ち上がりでコースアウトして、崖に落ちてしまった。
ミカドは仲間の暴走族や走り屋に助け出される。そして、すぐに大きな総合病院へ運ばれた。
ーーミカドの検査の結果は大事には至らず、念のために一泊入院となる。助けてくれた仲間は一安心して帰っていった。
ミカドは大人しくしていようと思い、タバコを口にくわえる。〝院内でタバコは禁止です。煙探知機が設置されてます〟と張り紙がしてあった。
「タバコ吸えねえのかよ、たくっ」
スーっと病室のドアが開く。ミカドの見舞いだ。後輩の遠山が入ってきた。霊感のある奴だ。
「よっ。遠山」
「お、お疲れーッス!」
「バカ。病院の中では静かにしろ」
「ここ個室ッスよ?」
「それでもダメ」
「そういうもんスかねー? 話は変わりますが、この病院の夜はヤバいらしいスね」
「この俺が、お化けにビビる年だと思ってんのか?」
ミカドはお化けが怖い。やせ我慢をしている。後輩の前で無様な言動は出来ないし、何より、ミカドのプライドが許さない。暴走族のアタマとはそういうものだ。
「この病院で一夜を過ごすと…………」
「何だよ、言えよ」
「フッフッフッ……。なななんと! SNSを更新してなくても〝いいね〟が付くんスよ」
「なんだそれ、むしろ歓迎じゃん、アハハ」
「今のは冗談で、本当は精神科の閉鎖病棟がヤバいんでスわ。今から〝ホンモノ〟にチャチャ入れに行きません?」
「行かない。てかタバコ吸いたい」
「健康増進法ッスね。全ての病院では全面禁煙ッスよ。喫煙者は肩身がどんどん狭くなりまスね。ただ、精神科の閉鎖病棟は大丈夫だったような」
「閉鎖病棟に行くぞ。何階だ? 案内しろ」
「そう来なくっちゃ。最上階の6階が閉鎖病棟でスよ」
ミカドは遠山に案内されて階段を上る。エレベーターでは行けない仕組みになっていた。そして5階の階段を上りきり、6階のドアに着く。
「開けまスよ」
「タバコ、タバコ」
ガチャ。遠山は外鍵を外して中に入る。
「うわっ!」
「どうした、遠山!」
「変なジジイが…………」
非常灯しか点いてない暗がりの通路の真ん中にジジイが突っ立っていて、小声で念仏みたいな言葉にならない謎の言語を喋っていた。
「これが…………ホンモノ………………」
ミカドは腰が抜けそうだ。
「先輩、マジでヤバいッスわ~。でもおもしれえ」
ミカドとジジイの視線が合う。
「たっ…………ばこっ……」
バキッ! ミカドはジジイの顔面にチョーパンを喰らわす。大声を出しそうな雰囲気を感じ取ったからだ。ジジイは気絶した。
「先輩、何やってんスか。喫煙所は右に行ったドアの奥ッスよ」
「ヤニクラ間違いなし」
ミカドと遠山は喫煙所のドアを開け、電気を点ける。しかし、灰皿は撤去されていた。天井には煙探知機が設置されている。
「吸えねえのかよ、おい」
「おっかしいなあ~」
「仕方ない、外で吸おう。戻るぞ」
「もう10時を回ってまスよ。面会時間は終わってまス。外に出られませんよ」
ミカドは背筋が凍りついた。遠山は面会時間外に病院に来たことになる。出入りは夜間救急で入るしかない。
(遠山は死んでるのか?)
「死んでませんよ。死んでるのは先輩ッス。事故死スね。成仏してください」
この病院に6階など存在しない。ここは、あの世の入り口だ。