211話 帰れない!
僕達は倒れたまま物置部屋の天井を眺める。
勝負の結果は圧倒的だった。
今まで体験したことのないスピードとパワーで誰もネルに触れることが出来ずに、この物置部屋に戻ってくることになった。
だったら、何故さっきまでネルと対等に戦えていたかと言うと、ただ単にネルが僕達のレベルに合わせて手加減をしていたということになる。
現に僕達は本気を出したネルに手も足も出なかった。
「いやー、やられちゃったね。私なんてネルが振ったナイフが見えなかったよ」
「俺もだ。いつ魔法を撃たれたのか分からないまま、死んでしまった」
「私があれに勝ったら英雄ですね」
先に殺されたアオとレイクとパレットが言う。
「師匠は俺達と違ってここに来るまでかなり時間がありましたけど、どんな戦いをしていたんですか?」
僕はネルに最後に殺された。
最後に殺されたが僕はネルと戦っていたわけではない。
「僕はネルと少し話をしていたんだ」
「話ですか……」
「どんな事を話をしていたの?」
「うん。これからの僕達のことについてかな?」
「これからですか……?」
「うん。これから。僕達はネルのもとで修行することになった」
「修行!? どういうこと?」
「詳しいことはネルから直接聞いた方がいいかな。皆、ついて来て」
僕は物置部屋から出て皆をネルの元へ連れていく。
「やあ、来たようだね。顔を見るにフータからは僕の元で修行することになったことしか聞いていないみたいだね。でも安心して。フータの言っていることは本当だから。君達には1ヶ月で僕よりも強くなってもらうよ」
僕は聞いていたので驚きも戸惑いもしなかったが、ネルの言葉を聞いたアオとレイクは困惑の表情を浮かべる。
「ちょっと急展開過ぎてついていけないかも。私達は修行じゃなくてネルを倒すんじゃないの」
「そうです。2ヶ月もここでゆっくりしてられません。師匠もいいんですか? あんことゆきときーこが師匠の帰りを待っていますよ」
僕だって早くあんこ達に会いたい。
それとクロも仲間に入れてあげてね。
「それは分かっている。だけど……」
「それは僕が許さないよ。君達はここで強くなってもらわないといけないからね」
これだ。
僕も初めは反対したが聞く耳を持ってもらえなかった。
君達は強くならないといけない。これの1点張り。
詳しくは聞いていない。
しかし、僕達はここで強くならなければいけないようだ。
「師匠、本当にいいんですか?」
「アオさん、さっきからうるさいですよ」
ずっと黙っていたパレットがここで口を開く。
「何だと? もう一回言ってみろ」
「うるさいと言ったんです。帰るか帰らないかの話をしているんじゃないんです。私達は何のためにここに残ったんですか。このお子様を倒すためですよ。それ以外は全てどうでもいいことです」
パレットらしい意見だった。
自分勝手なようで今回はパレットの言っていることが正しい。
「そうだな。今回はお前が正しい。俺達が今すぐにでもネルを倒せばいいだけだ」
「そうです。今回だけではなく私はいつも正しいです」
「それとお子様って言うが、お前も似たような身長だろう」
「私は体は小さくても心が大きいのでお子様ではありません。そちらのお子様と違って」
「やっぱり君は少しムカつくね」
3人のコントを見つつ僕は今後の事を考える。
アオは今すぐと言ったが、ネルを倒すには相当時間が掛かるだろう。
それに、ネルが修行と言っている以上、僕達を帰す気は無いと見て言い。
きっちり2ヶ月間、僕達をここに閉じ込めるだろう。
取り合えず、あんこ達の事は先生とチェイスさんに頼んでおこう。
ネロに頼んでもいいけど、ネロは情報収集が好きで常に動き回っているのでギルドハウスにいないことが多い。
先生に短めの『しばらくあんこ達の事をよろしくお願いいたします』というメールを送った。
すぐに返信が来て『分かりました。頑張ってください』と書いてあった。
あの人のエスパーのような返信に驚きつつも、これだけの文字で僕達の置かれた状況を理解してくれるのでありがたいと思う。
後は足りない情報を補っていこう。
「どうして僕達に修行を? どうして強くならないといけない? どうして君が僕達に修行をつけるの?」
「一気に3つも質問するのかい? そろそろ答えてあげようじゃないか。まず一つ目の質問だけど、どうして君達に修行をつけるかというと、このダンジョンの2階層に1番早くたどり着いたからだよ。始めから決めてたんだ。一番に来た人達に強くなってもらおうって。アオとパレットは2番目だからついでだね、ついで。やる気もあるみたいだし、一緒に強くしてあげようかなって。2つ目の質問に答えよう。君達がどうして強くならないといけないかというと、まだ詳しくは言えないけど、今度強いプレイヤーがたくさん集まるイベントを考えていて、そこで君達に絶対勝ってもらわないといけないから。最後の質問。僕が君達の修行をつける理由は簡単だよ。僕がこの世界で1番強いからね。強いプレイヤーを育てようと思ったら、強い人が教えるのが一番早いでしょ。後は退屈な仕事よりも楽しそうだったっていうのも少しの理由かな」
まとめると、今度イベントがあり僕達に勝ってもらわないといけないからネルが修行をつけるということだ。
あと、僕達が選ばれたのはたまたまだってことだ。
「1つ言っておきたいんだけど、今の君達では僕の相手にはならないからまずはここにいる人達と戦ってもらうよ」
そう言ったネルが指を弾くとこの空間の雰囲気が変わる。
所々からうめき声が聞こえ、僕達に向かって足音が迫って来ている。
「今、僕はこの街にいる全ての人をゾンビに変えた。ゾンビを全て倒したら、またここに戻ってくるよ。それまでちょっと外に出てくるから頑張ってねー。そうだ、こんな戦闘で死ぬことは許さないから。1回死んだら僕に100回殺されると思ってね。じゃあ、バイバーイ」
待ってとも言えずにネルが消えた。
「どうにかするしかない! 早く倒してネルを呼び戻すよ」
「うん!」
「はい!」
「当たり前です」
僕達は剣を構え、弓を構え、拳を握り、筆を握った。
ゾンビがどれだけいるか分からないけど、僕達なら負けることは無いはずだ。




