9話 弱肉強食の世界
「……ひひっ! AIなんか、と仲良し……ごっこ、とか……気持ち、わりぃ……ざまあみろ……!」
「ビットレイお前ッ!」
そう悪態をつくビットレイを、俺は憎悪を込めて睨みつける。
守ると誓った直後にこんな……!
くそっ! ムラサメは無事なのか!?
「ムラサ――」
「いい加減にせえよ……」
けど、撃たれたと思ったムラサメが静かに呟いた。明らかな怒気を込めた声で。
彼女は俺の手をどかし、ゆっくりと振り返る。
「下郎、貴様何か勘違いしとりゃせんか……? 言った通り、例え貴様が相手じゃろうと、賢治には人殺しなんぞさせぬよ。させぬが、わしは貴様を殺さぬとは一言も口にしておらんぞ……」
そう言うと、空中で静止していた銃弾が落下し、音を立てて床を転がった。
「み、見ないで、弾……止め……?」
瀕死のビットレイには、室内の暗さもあって銃弾の行方が見えなかったのかもしれない。
ビットレイの前に立つムラサメの髪が、獣の耳や尻尾が、彼女の怒りに呼応するかのようにゆらゆらと揺れる。
「……くっ……ッ!」
ビットレイは呻き、拳銃をカタカタと鳴らしながらも構えた。
それに対してムラサメは「なんじゃ? そんなおもちゃ頼りか?」と言いながら手をかざす。
次に俺の目に映ったのは――。
絶たれたビットレイの左腕から垂れ落ちる血。それが逸脱した軌道で動き、銃を持つあいつの手首を撃ち抜く光景だった。
「いぎゃあッ!?」
血という弾丸で貫かれたことで、ビットレイは変な声を上げながら銃を手放す。
間も空けず、空中を舞うそれに向かってムラサメが腕を振る。
動作に合わせて水の斬撃が飛び、銃身となる部分から真っ二つに絶たれ、床へと転がった。
「……あ……ああ……! た、助け……! ジュウモンジしゃんッ! たしゅ、けて……!」
ビットレイが助けを求めて這い寄る。
対する十文字さんは一考するように髪を掻き上げると。
「どうするムラマサ? …………そうだね。君の体である神器だけでも回収したいかな」
「じ、ジュウモ、ンジ……しゃん……?」
多くは語られず、けれども分かってしまう会話。見放すと受け取れることができる言葉だった。
あいつもそれを理解したらしく顔を青くする。
「ま、待っで! 俺は、俺はまだ役に……!」
「立たないよ。最早、あなたは私にとっての足手まといに過ぎない。そもそも協力関係であって、仲間だなんて一度も思っていない。なので、彼らに命乞いして見逃してもらうか。はたまた無様に散るか。あなたが好きに選ぶと良い」
突き放す言葉をビットレイにかけると。
「という訳だ。私は撤収するから、あとは彼を好きにしなよ」
「この状況でわしが見逃すとでも思うとるのか?」
「無理なら押し通るだけさ。私たちの戦いは、彼のような雑なものとは違う。……試してみるかい?」
今度は俺たちと対峙するようにして微笑んだ。
「ムラサメ……」
「奴の実力は未知数。お主の腕前ならば勝てる。と言いたいところじゃが、今回に限っては引く方が賢明やもしれん」
俺たちは小声で話し合う。
こっちを見るムラサメ。その頬には薄っすらと汗が流れていた。
どうやら、見逃す云々のくだりは本音じゃなかったらしい。
彼女も、まだあの二人の実力を測り損ねているということか。
「決まりのようだね。では、私はムラマサブレードを回収させてもら――っ!?」
「なんじゃ!?」
十文字さんの言葉を遮った轟音。まるで壁に車が激突したような、鈍い重低音が空気を震わせる。
その音が聞こえたのは――。
「……建物の入り口?」
扉が閉まった入り口の方角。別段、扉のガラスが割れたりしている訳じゃない。
けど、明らかに何かあったのだと感じ取れた。体中の神経が騒つく。
「ば、バリケード……」
「え?」
声を発したのはビットレイだ。
バリケード?
そうだ。最初に会ったとき、入り口は厳重に閉鎖したとビットレイが……。
「バリケードが壊れ……! 魔獣の奴が……き、来やがった……!」
まるで、その言葉が合図だったかのように更なる轟音が鳴る。同時に、何かが入り口を突き破って入ってきた。
それは――。
「巨大な……ライオン!?」
四肢にアーマーのようなものを装着し、背には逆立つような毛が生えた黒いライオンだった。
その真っ赤な目が、品定めをするかのように俺たちを見つめてくる。
「突き抜け、村正の化身たちよ!」
「ゆくのじゃ蛟ッ!」
突入のタイミングを狙っていたのか、ムラサメと十文字さんが同時に攻撃を仕掛けた。
ムラサメから二体の水の龍が。十文字さんからは出現した複数の黒い刀がライオンへと放たれる。
奇襲と呼べる攻撃だったが、突然現れたアレを仕留めるには至らなかった。
二体の水龍を避け、黒刀をも素早く回避するライオン。そのすがらに村正の一本を口でくわえ、追ってくる水龍に向かって放り投げる。
回転しながら空を切る刀は、瞬く間に水龍の片割れを両断していた。
「チッ! 賢しい獣めが……!」
四散する水龍を見ながら苦悶の表情を浮かべるムラサメ。残ったもう一体が、再度ライオン目掛けて突っ込む。
その水龍も、ライオンが振り下ろした前足に頭を組み敷かれ、押し潰されることで消滅した。
「あれがタイラント・レオか。S.E.I.F.U.が定めたSSランクの魔獣。…………ああ、私も実際に目にしたのは初めてさ」
おそらくムラマサと話しているのだろう。十文字さんの声が聞こえてきた。
魔獣……。そうか。これが話に出ていた魔獣。
「おい、ムラマサの契約者ッ! あ奴をなんとか出来んのか!? 余裕ぶっとらんで、さっさと神器を回収して倒さぬかッ!!」
「無茶を言う童女様だ。アレを倒すのに戦車数台ですら戦力不足だと言うのに。……ふっ、そうだよ。あれこそ他力本願というものさ。君なら決して口にしない言葉だろうねムラマサ」
「喧嘩売っとるんか貴様はッ!?」
しかし、そんな会話の最中に、残った黒刀たちも粉砕されてしまった。
「ど、どうすればいいムラサメっ? とりあえず、キミを刀に戻せばいい?」
「それが無難じゃな。しかし、戦闘は極力避けるべきじゃ。アレ相手にお主の力では敵わぬ。今度こそ断言する。……まあ、ムラマサたちと共闘可能なら別かもしれんが」
俺はムラサメ自身を指輪に戻しながら、十文字さんに視線を送った。
当の十文字さんは刀を拾い上げたところだ。
「君たちに協力しろと? 言ったじゃないか、私は撤収すると。もう目的も果たしたからね」
「目的? ムラサメの回収じゃないんですか?」
「君が現れた時点でそれは変わったよ。君に神器を手に入れてもらうことにね」
どういうことだ? 目的が変わった?
俺が困惑していると『賢治ッ!!』というムラサメの焦った声が脳内に届いた。
何事かと思って顔を動かし、俺は理解する。
たった数十センチ先に魔獣の顔があったのだ。
まるで探るように俺を見つめてくる魔獣。
「……ぁ……」
……ああ、ダメだ。死んだ。
そう判断するのが早計だと誰が言えるだろうか?
「君が死ねば、この世界は終わってしまう。タイムパラドックスによってね。だからまずは、AIを手中に収めた君を死なせないため、神器を託し、ビットレイと戦わせるという試練を与えたのさ」
十文字さんは現状に興味を示していないのか、俺と魔獣の横を素通りする。
「た、助け……」
「助ける? ふふっ、その必要はないよ」
なんでだ? だって、俺が死んだらマズいって今。
『……違うのじゃ。此度の値踏みでは食われぬ。最初の獲物はお主ではないのじゃ』
「ムラ、サメ……?」
『賢しい獣じゃ。どれが歯向かうことも出来ぬ餌なのか、こ奴はすでに把握しておる。お主は二番目以降と判断されたようじゃな。まずは血が滴り、動けぬ者こそ……』
俺もその言葉で悟った。この場で、誰が前菜として最適なのかを理解してしまう。
予想を裏付けるように魔獣は俺を通り過ぎた。
「……あ、あぁ……! そん、な……! 嫌だ! 俺はこんな奴に食われたく――」
怯えた様子でそう言うビットレイ。の声が悲鳴に変わった。
それでも動けない。背後で行われているであろう惨劇が頭に浮かび、体が恐怖に支配される。
「せっかくのディナー。わざわざ栄養価の高い人間を襲うんだ。さぞや空腹だったと思うよ。さあ、今がチャンスだ。逃げないと君もアレに食われてしまう」
『奴の言う通りじゃッ! 退くぞ我が主ッ! ……ああもう! くそっ!!』
未だに動けない状態の俺。それに痺れを切らしたようで。
「うわあっ!?」
俺は背中から前に押される。しかし、押したのはムラサメではなく、水でできた壁のようだ。
どうやら、このまま外まで押し出すつもりらしい。
「ま、待ってよムラサメ……!」
『待たぬわ馬鹿主っ! お主はむざむざ食い殺されたいのか!?』
そんな訳がない。俺だって、体が動くならすぐにでも逃げ出したいのだ。
けど、体が動かない理由が他にもあった。とある不安が芽生え、考え込まざるおえなくなったからだ。
それは――。
「あ、あいつがビットレイを……その、終えたあとはどうすると思う?」
『む? そりゃあ、あの様子だと次の獲物を探すであろう。じゃからこそ、お主のことを遠ざけようと』
「この屋内を探すっ?」
『当たり前じゃ。中に何があるか掌握するためにも探索する気じゃろうて』
ならダメだ!
俺はすぐさま水壁を刀の一閃で断ち切る。
『お、お主何をしてッ!? ……まさか賢治ッ!』
「あいつを追い払う。地下にはみんながいるんだ!」




