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8話 村雨VS村正

 俺は左手で鞘を構え、右手で持つ刀の切っ先をビットレイへ向ける。

 二刀流とは少し違う、この刀特有の戦い方。鞘を盾のように使って攻撃を受け止め、その間に刀の攻撃で相手を討ち取る。


 攻守どちらでも応用が利くのが、このムラサメセイバーの特徴らしい。


「かははっ! ちゃちゃっと終わらせてやろうじゃねえか! 待ってろよムラサメちゃあん!」


 悠長な……そんなに俺の相手は余裕だと?


「さあ遠山くん。神器を使う初めての戦いだ。覚悟を決めて対戦開始(エンゲージ)と」


 俺は迷うことなく刀を振り、水による斬撃を放つ。


「行こ――ッ!?」

「何ッ!?」


 その斬撃は、反射的に振ったであろう刀の一撃で断ち切られた。


「おいおいッ!! テメェ、いきなり仕掛けるとは大人気(おとなげ)な――」


 俺は言い終わるよりも先に、駆けながらもう一度斬撃を放つ。

 まだ話してる最中? 知ったことじゃない。そっちの事情なんてどうでもいい。


 この戦いに負ければ、ムラサメがどんな酷い目に遭わされるかも分からないのだ。

 最悪、俺が殺されることでムラサメも一緒に死ぬ。


 殺されず、ムラサメが酷いことをされる姿を見せられるようなら、それでも俺の心が壊れる。


 なら負けられないじゃないか。

 俺たちが生き残るために、どんな手を使ったとしてもこの男を殺してみせる。


「うおおおぉぉおおお!!」


 声を上げ、俺はビットレイへと猛進する。

 一気に距離を詰め、刀での攻撃を行った。横に振るい、斜めに切り上げ、すぐさま切っ先で貫こうと、刀を突き立てる。


「くっそガキがあああッ!!」


 呼吸をするのを忘れるほどの連撃。けど、相手は腐っても軍人か。こちらの攻撃を、なんとかといった様子だが捌いていた。


 反撃とばかりにやり返してくるけど、俺はそれに問題なく対応する。


 ビットレイが振り下ろす刀を鞘で受け、すぐさま突きでやり返す。

 それはバックステップで避けられる。同時に刀を切り払おうとしてくるも、俺はその攻撃を刀身であえて受け止めてみせた。


「ふっ!」

「舐めんなよザコがあッ!!」


 互いの刀が(つば)迫り合いで火花を散らしたところで、十文字さんが話しかけてきた。


「悪くないね遠山くん。しかし、少しばかり落ち着いたらどうだい? 攻撃が単調に見える」

「それが何か? 極論、読まれようともこいつを倒せれば構わない」

「余裕かよてめえッ!!」


 自分で言うのもなんだけど、今の俺は冴えている。

 キレさせたあの男の攻撃をも防げた。なら、更に上を行く動きで戦えばいいだけ。


 その最中、ビットレイが頭突きをかましてきた。

 俺はそれを避けるために鍔迫り合いから一度身を引き、助走をつけて再度切り込む。

 続けて多段的に攻撃を加え、刀を振る速度を一太刀ごとに上げていく。


「ぐうっ!?」


 連撃を前にして、ビットレイの顔からは完全に余裕が消えていた。


 そら見ろ。やれるじゃないか。

 ナントカ手稿のおかげなのは分かる。だとしても、軍人として訓練をしてきたであろうあの男を相手に、この展開は上々じゃないか。


 いける。勝てる。倒せる。

 このまま戦えばムラサメは取られない。勝負に勝てれば、また彼女の笑顔を見られるんだ。


 目が見開き、唇が釣り上がっていく。


 ふと、俺は自分が興奮しているのに気付く。けどそれがなんだ。

 あいつを殺せば、ムラサメがこれ以上怯えることはなくなる。なら興奮しない方がおかしいじゃないか。


『お、落ち着くのじゃ我が主よ! 勇猛果敢なのはよい! じゃが、今のお主はあまりにも冷静さを欠き過ぎておる!』


 落ち着く? それでキミが守れるのか?

 今が最上のコンディションなんだ。なら、このまま戦うべきだろう。


「ごめん。けど俺は、どうしてもキミをあいつに渡したくない」

『賢治……』


 俺はムラサメの言葉を無視して攻撃を続けた。

 防戦一方となるあの男に、刀と鞘、斬りと殴打による攻撃で追い込む。


「くっそお……! なんか手は……あ? なーるほどな。こうやって戦えるってことかよ!」


 何かに気付いた様子のビットレイ。あいつはニヤリと笑い、飛び退いて距離を空ける。

 すぐに次の行動を起こす気だと察する俺。させてたまるかと、距離を詰めるために足へ力を込めた。


 けど、あいつの周囲に黒い刀がいくつも現れたことで、俺は足の力を緩める。


「なんだあれ……?」

『……村正とは唯一無二の刀の名ではない。三河の地方を中心とし、多くの武士が携えていた刀の名じゃ。そのいくつかが徳川の人間を殺める形で使われた。(いわ)くが付いて回ることから妖刀と呼ばれ、徳川に因縁のある刀として語り継がれておるのじゃ』


 なるほど。それで同名の刀を複製して操ることが、ムラマサブレードの能力だとでも?

 この際、理屈や物理法則を気にしても仕方ない。


 問題なのは、実際に目の前でそれが行われ、これから俺は対処しないといけないということ。


「こいつがありゃあ、百人力だぜ! 複数の刀を脳波コントロールで操れるとか、戦時の兵器よりも遥かに近未来的だなあッ!」

「だからこその神器さ。遠山博士には本当に感服させられてしまうよ」

「ですなあ! ほらほらッ! 行けよ刀どもッ!! あのボウズを殺して、ムラサメちゃんを従順な俺の奴隷にするためによおッ!!」


 ビットレイの言葉通りに、暗闇に紛れ、無数の黒い刀が俺目掛けて一直線に飛んでくる。


 面倒な……! 俺はそう思いながらも歯を食いしばって構える。

 ムラサメを奴隷扱いするような男、絶対に容赦なんてするものか……!


 貫こうと飛翔する刀たち。俺はそれを無視することにし、避けながらビットレイへと突っ込む。


「本体を狙おうってかあッ? こいつらは真っ直ぐ飛ぶだけじゃねえよッ! 後ろがガラ空きだッ!!」


 ベラベラとネタばらしをありがとう。

 予想はしていたけど、やっぱり追尾するらしい。バトルものでよくある能力だ。


 俺は振り返り念じる。すると、飛んでくる刀と俺の間に、厚さ数十センチくらいの水の壁が生まれた。


 水の密度は空気の約八百倍ほど。抵抗に関しては、空気の約十二倍と言われている。

 その中を通過してくる刀の群れは、目に見えて速度が落ちていた。


 すかさず水を突破してきた刀を、俺は刀と鞘を使って次々と叩き折る。

 こちらの刀や鞘には、水を(まと)える特性が備わっていた。水がヴェールのように纏うことで、緩衝材の役割を果たし、保護される仕組み。

 

 その差によって、量産された村正たちだけが一方的に折られたのだ。


「嘘だろ……なんなんだよッ!? あのガキと俺の何が違うって言うんだッ!?」


 自信のあった攻撃を打ち破られたことで、ビットレイは動揺していた。

 そして、その隙を見逃すほど俺も甘くはない。


 再び駆け、ビットレイとの距離を詰める。

 慌てた様子で刀を構えるビットレイを前に、俺は迷うことなく走り続けた。


「くっそおおおッ! お前のようなガキに俺がッ! 戦争で敵を屠り続け、あのグエンさえも殺せたこの俺が、お前なんかにやられるかよおおおッ!!」


 ビットレイが左手に持つ刀を掲げると、空中に現れる無数の刀。迫り来るそれらを避けた俺は――。


「自分の強さを、人を殺した数なんかで語るなあああッ!!」


 追い抜き様に、ビットレイの胸と腕を斬りつけた。


「……ごはッ!? あ……? 嘘だ……俺が……!」


 刀を振り抜いた体勢で静止する俺の近くに、ムラマサブレードを握ったままの腕が落ちてきた。

 同時に背後でビットレイが倒れる音がする。


「……なるほど。冷静さを失うのではなく、怒りそのものを力に変えてしまうとは。まさに悪鬼や修羅の如き戦い方だ」


 十文字さんが感心したような声をもらす。俺は声の主へと振り向き、刀を向けた。


「次はあなたの番だ。あなたもムラサメを狙うと言うのなら……殺す」

「これはこれは怖いね。けれど、今すぐ殺されるのは断るよ。だって……まだ彼、死んでいないもの」


 その言葉に俺はハッとして振り返る。

 地面に転がるビットレイは吐く息を荒くし、血を流しながらも俺を睨んでいた。


「ふー……ふー……く、そ……!」


 それに対して俺は、なんの感情も湧かないまま刀を振り上げる。

 けど――。


「そこまでじゃ我が主よ。これ以上、お主に刀は振らせぬ」


 人の姿に戻ったムラサメが俺の前に現れた。

 自力で元に戻れるのか? と思いつつも「どうして?」と俺は問う。


「決まっておる。賢治にそのような真似をして欲しくないからじゃ。お主はこの時代の人間ではない。元の時代に戻ったとき、人を殺めたことに後悔して欲しくはないのじゃ。それに……わしがお主を助けたのは、人殺しをさせるためではないのだぞ!」


 言いたいことは分かる。だけど、このまま野放しにしたらムラサメがまた……。


「不安か? わしだって、邪な者に隷属させられる未来には恐怖を感じてしまう。賢治以外のモノになんぞなりとうない。だから……だから、わしのことを守ってはくれぬか? お主のこの手で、決して離さぬようにと」


 ムラサメはそう言って俺の手を握った。

 見つめてくる金の瞳。それを見つめ返していると、なぜか心が落ち着くような気がした。


「ムラサメ…………分かった。絶対に離さないし、何度だって守ってみせる。キミは誰にも渡したりしないよ」


 俺の体は、憑き物が消えたようにフッと軽くなる。それを感じ取ったのか、ムラサメが頬を染めて抱きついてきた。


「む、ムラサメ!? ……うん」


 この温もりは離さない。必ず守ると誓いを立て、俺は彼女の頭をなでる。


 その瞬間、耳に届くパンッという無機質な音。


 暗がりの中で煙が立ち昇る拳銃。それをムラサメの背に向けたビットレイの姿を、俺の両目が捉えていた――。

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