6話 神器奪還
俺はハッとしながら目を開けた。
うつ伏せで倒れていたようで、すぐに手を突いて起き上がる。そのせいで血がべっとりと手に付いてしまう。
俺は無事なのか? 確か、ムラサメと出会って契約してとかなんとか……って、斬られた箇所は!?
胸元を見ると服が裂け、血で滲んでいる。服の中を確認すると、血みどろなだけで傷跡はなかった。
「ほ、本当に生きてるんだよね? こんなに大きな血溜まりがあるのに……」
俺が倒れていた場所には直径二メートルほどの地の池ができあがっていた。
でも、この量が流れ出たら普通死ぬんじゃ……?
『死なぬぞ。正確には死なないようにしたからこそ、それだけの血の量になったのじゃが』
「む、ムラサメ!?」
俺はムラサメの声が聞こえたことに驚き、周りを見回した。
『村雨の特徴は水、水分を操ることじゃ。そこでお主のDNAを契約時に読み取り、血液型を把握。傷を治し終わるまで、造血を行って継ぎ足しを――って聞いておるか!?』
俺はムラサメの言葉に答えることができなかった。なぜかと言えば、今まで見えていなかった部屋の状況に気付いてしまったからだ。
「……ぁ……」
『チッ! そういうことじゃったか。なんという酷い惨状……皆殺しとは惨いことをしよる……!』
「……ぐ、グエン中尉ッ!!」
俺は戸惑いながらもグエン中尉の元へ走ると、その体を抱き起した。
「目を開けてください中尉!」
『……無駄じゃよ。言ったであろう。全員すでに事切れておると』
「う……あぁ……そんな……!」
抱き上げた体はまだ温かく、死んでいるという事実を受け止められない。そんなグエン中尉の体には、銃弾でできたらしい傷跡がいくつも……。
初めて見る人の死に、俺は怖いと思うよりも、悲しい気持ちが湧き上がってくるのを感じた。
自然と涙が流れ、唇を噛みしめる。たった数時間しか一緒にいられなかった仲。それでも涙が止まらなかった。
思いやりがあって、優しく頼りになる人。
この人のすごさは、そんな付き合いの浅い俺ですら分かるというのに……! なのに、なんでそんな人が殺されなきゃ……!
『お主……』
こんなこと、許されるはずがない。
耳元で歯ぎしりが聞こえ、俺は自分が怒りで震えていることに気付いた。
『許せぬか? こんな惨状にした奴らのことが』
「うん。……俺のせいだ。あの人に神器を手に入れさせたから。そもそも神器なんて物が作られたことが原因なら、俺は遠山賢治として、なおさら許すことができない……!」
『わしも同じ気持ちじゃ。加えて我が主を、賢治を殺そうとした上にこんな泣かせ方をさせたのだ。最早、許す気など毛ほどもない……!』
俺はムラサメの言葉に頷き、グエン中尉の遺体を横たえる。
そこから立ち上がって静かに目を閉じた。死んだ人たちのために黙とうを捧げるために。
『……さあ、感傷に浸るのはここまでじゃ。あの男を追わねば!』
目元を袖で拭い、俺は両目を見開く。
「分かった。行こうムラサメ!」
十文字さんに追い付くため、俺は迷うことなく部屋を飛び出した。
階段を駆け上がり、一階へ辿り着く。廊下を走り続ける中、俺はコートの左ポケットをあさってスマホを取り出した。
手に付いた血で汚れてしまうけど、今は気にしてられない。
「ムラサメ! この研究所の見取り図はある? どの順路で進めば追いつけるのか知りたい! 画面に出してくれ!」
俺はスマホに顔を寄せて話しかけた。のだけど。
『もうその中には居らん! このまま道なりに進むがよい! 道順は教えるが、それより先に手首を捻って甲の方を見よ!』
なんてムラサメから指示が飛ばされる。
手の甲を? 俺は疑問に思いながらも、スマホを持つ手を捻った。
「なにこれ?」
左手の薬指に、青い宝石が付いた指輪がはめられていた。
『それこそが契約の証。魂と魂を繋げるエンゲージメントリングじゃ』
「えっと、婚約指輪?」
俺は手を見つめながら困惑してしまう。
『あー……左の薬指に加え、エンゲージリングという言葉。お主がそれらしい勘違いをするのは分かる。じゃが、エンゲージメントリングには『契約』という意味も存在するのじゃ』
「契約?」
『左手の薬指は心臓に一番近く、神聖なる誓いを行うための指とも呼ばれておる。命を共にし、互いの願いを叶えようとするわしらには、これ以上相応しい装着個所はあるまい』
「なるほど。そういう意味があったんだね」
俺は走りながらスマホをしまう。前へ向き直りながら、その豆知識に感心していた。
『うむ。ちなみに今のわしは指輪に憑依しておる。この指輪は疑似神器のようなものじゃ』
「な、なるほど。そっちは今度聞くよ」
どこから用意したのかとか、どうやって指にはめたのか、については今は置いておこう。
『じゃな。講義は終わりして、このまま研究者を追うぞ! 次の十字路を右に曲がるのじゃ!』
「うん。分かった! ……って、ええ!?」
頷いたはいいけど、曲がった廊下の先は行き止まりだった。
『お主が望んだのは追いつけるルートじゃろ? ならばこれが最善。破壊すればよいのじゃからな!』
「な、何を言って……!」
『壁際まで行き、両手をかざすのじゃ! 壁を破壊する! 吹き飛ばされんようにせえ!』
言われるがままに壁の前まで向かい、手を前面へ突き出す俺。
すると、指輪が眩く光り――手の平からものすごい量の水が壁に放出された。まるで光線みたいだ。
「う、嘘!?」
どういう原理なんだ!? と俺はまた変な声で驚いてしまう。
というかマズい。踏ん張らないと、水圧で体全体が持っていかれそうだ。
腕が千切れんばかりに痛い。足の踏ん張りがきかなくなってきた。
「ぐううぅぅっ! こんなのデタラメ過ぎだ! ただの大学生がやることじゃ……!」
『気張らんか賢治ッ! もう無理と諦めるのか!? 殺された者たちの無念を晴らしたかったのではないのかッ!?』
「――っ!」
俺はその言葉にハッとした。ムラサメが励ましてくれたおかげで、体に力が湧き上がってくる。
「諦める訳……ないだろッ!!」
足へ、腕へ更に力を込める。
壁を破壊するまででいい。もってくれ俺の体!
少しずつ後ずさる中、壁にヒビが入っているのが見えた。
だいぶ広範囲だ。水流のせいでヒビが見えず、割れる音も聞こえていなかったのか?
もしかしたら、もっと早い段階から割れ始めていたのかもしれない。
『あと少しじゃ! 頑張るのじゃ賢治ッ!』
ああ、分かってるさ。
この先に十文字さんがいるのなら、無理してでも押し通してみせる。
体中の骨が軋む感覚に襲われるも、俺は決して力を緩めたりはしなかった。
「『いっけええええぇぇええええッ!!』」
俺とムラサメの声が重なる中、壁が破壊され、巨大な穴が空く。同時に水流そのものが消えた。
そして――穴の先に見えるのは、目を見開く十文字さんとビットレイさんの姿。広さ的にロビーか?
「くっ……! 体が……」
『まだじゃ賢治! もう一踏ん張りだけ頼む!』
ああ。絶対にムラサメの思いに応えてみせる。
そう言い聞かせ、俺は足を踏み出した。一歩、もう一歩と踏み込んで走りへと変える。
「あ、あのガキ!? アレで生きてやがったっていうのか!?」
壁を抜けたところで、ビットレイさんが銃を構えるのが見えた。
『わしが守ろう! お主は構わず突っ込め!』
「うん!」
阿吽の呼吸で会話を交わし、俺は一直線に十文字さんへ駆ける。
「くたばれ! この死に損ないがあッ!!」
銃が撃たれる。けど、その弾道に合わせるかのように水の膜が張り、銃弾が受け止められていく。
「何ッ!? このバケモンめ……ッ!」
とまれない。とまれやしない。
あの人だ。あの銃がグエン中尉たちを……ッ!
『賢治よ! 目的を見失うでない!』
「わ、分かってる!」
そうだった。今は神器を奪い返すことが先決だ。
俺は視線を上にずらし、天井を一瞥する。二人の上にあるスプリンクラー……アレも利用できるか?
『ほう。よい着眼点じゃ。では、アレに溜まった水をわしの力で……システム掌握――』
迎撃するため、刀を抜こうとする十文字さん。だけども――。
「「――っ!?」」
その頭上で破裂音が鳴り、二人が見上げると同時に大量の水が降り注いだ。
『今じゃッ! 隙が出来たこの瞬間が好機ぞッ!!』
ムラサメの援護を受け、更に足へと力を込める。
残りあと少し。俺は走りながら腕を伸ばし、手の平がムラサメセイバーに触れた。
「くっ! 取らせるものか!」
十文字さんが取られないようにと、ムラサメセイバーを手元に引く――が、やらせはしない。
俺は手の平から水を放出し、それをいち早く吹き飛ばした。
「バカな!? 水圧で神器を!?」
「返してもらいます……」
そのまま十文字さんの横をすり抜けながら、俺は体を反転。
「ムラサメの依り代をッ!」
そして、もう一度水を発射する。狙いは十文字さんだ。
狙われたことで、十文字さんは避けることに専念したらしい。けど、それでいいんだ。
本当の狙いは水を使っての加速なのだから。
俺は発射と共にジャンプし、神器が吹き飛んだ方へと、反動を利用して飛翔する。
結果――なんとかその近くへと落下できた。
「ぐっ!? はあ、はあ……はあ……ッ!」
転がりながらも着地した俺は、近くに落ちていたムラサメセイバーを拾い上げる。
「宣言通り、返してもらいましたよ……!」
驚きながら振り返る二人に向け、俺はそれを突きつけた。




