4話 解除パスワード
一人の兵隊が小型の装置をバッグから取り出すと、それをドアの横にある端末に繋げる。
操作するのをしばらく見ていると、ピッという音と共に扉がゆっくりと開き始めた。
「やはり、地下の予備電源は生きているか」
「御苦労様です。さあさあ、ついにムラサメセイバーとご対面ですよぉ」
十文字さんが無邪気な子供のようにはしゃぐ。
グエン中尉たちは真逆だ。銃を扉や後方に向けて構え、警戒した状態で開き終わるのを待つ。
俺も周りを警戒して視線を巡らせていると、扉の開閉音が鳴り止んだ。
それでもグエン中尉たちは動かない。
更に時間を置いて頷き合うと、一人の兵隊が音を殺して扉の影から中を確認。
手で合図し、グエン中尉以外の兵隊が一斉に中へ入って銃を向ける。
「……問題ありません隊長。内部に生体反応や罠はないようです」
「分かった。それではミスター・ジュウモンジ」
「ええ。我々も入りましょうかねぇ」
残った俺たちも続いて中へと入る。
これまでとは違い、電気も通った明るい室内。とても綺麗な部屋だった。
厳重に保管されていたのか、ここで戦闘行為が行われなかったのかは分からないけど、設備には傷一つ付いていないようだ。
パソコンが置かれているデスクの群れ。更にその奥側に、俺の目は自然と引き寄せられた。
SF映画とかで見るような、液体が入った巨大なカプセルが設置されていたんだ。
その中で浮かんでいる神器と思わしき物体。
「おおぉ!? やっとお会いできましたね、ムラサメセイバー! 素晴らしき造形美!」
「あれが原初の神器か。機械仕掛けとは言え、現存するジャパニーズKATANAを目にするのは初めてだな」
緊張すべき場面なのは分かるけど、グエン中尉の呼び方で頬がヒクついてしまう。
普通にニホントウやカタナではダメなのだろうか?
「それにしても……」
俺は声をもらしながらカプセルを見つめる。
日本刀と呼ばれているけど、その姿は俺の知っているものとは違う。
おそらくだけど、まだ納刀された状態。視認できる鞘の縦幅は普通の刀より少し大きめだ。
その鯉口、刀を収める入り口の部分には取手が備わっていた。
刀の背となる側に付いているから、鞘を旅行カバンのような格好で持ち運べるのかもしれない。
そして、刀を握るための柄はSF作品に出てくるような機械的な作りだった。
収まっている刀身も、鉄製の刃だと思わない方が正解な気がしてくる。
色は紺を基調にし、部分的に白い装飾で彩られていた。見た目だけで言えば、素直に厨二心がくすぐられてくるデザインだ。
「これが神器なのか……」
と、俺なんかでも力みたいなものを感じ取れてしまう。
神器に戦争に転移技術。三十年ですごい時代になってしまったんだなぁ。
……転移前、元の時代となる世界はどうなってしまったのだろう?
親や友人、恭子の顔が浮かんでくる。若干トラウマだけど、大鎌を使う不審者の姿も。
そういえば、俺を助けてくれた少女はこの世界にいるのかな?
会えたらお礼を言わなきゃ。荒廃した世界に来てしまったとはいえ、俺が生き残れているのは事実なのだから。
「……ダメですね。パソコンを調べても解除コードやパスワードの類は見当たりません」
「培養器にもハッキングを行なっていますが、現在の我々の技術力では厳しいようですね。どうしますか隊長?」
「ふむ。戦前のシステムとなると、現状の装備では突破出来そうにないか……」
俺があれこれ考えている間、他の人たちは神器を取り出そうと行動していたようだ。
役に立たない身とはいえ、何もできないと申し訳ない気持ちになる。
「テロリストたちも神器を取り出せなかったようですし、これはこれは難儀ですねぇ」
「銃器で側を破壊するのはどうですか?」
「ノーノーノーノーッ! 神器に傷が付いたらどうするんですかビットレイくぅん! 万が一もあるんですから、やめてくださいよぉ!」
「博士の言う通りだ。テロリストたちですら避けた行為。それを我々が行う訳にはいくまい」
二人から責められ、ビットレイさんは苦々しい顔をする。
「それに、カプセルは十中八九防弾ガラスなはずだ。設備に着弾する可能性もある以上、ここでの発砲は許可出来ない」
「……分かりました」
「あ、あの……!」
「ん? どうかしたかトオヤマくん?」
揉めてる中、俺は割り込む形で声をかけた。
「この施設って遠山博士の私設研究所って話でしたよね?」
「そうだ。それがどうかしたのか?」
「あ、いえ……少し確認を取りたくて」
俺は口に手を当てて考える。
未来の俺が作った私設なら、パスワードも俺が設定したもののはず。
だとすれば、自分に関わるキーワードが設定されている可能性が高いのかな?
「差し出がましいことは承知でお願いします。パスワードの解析、俺にやらせてはくれませんか?」
「……どういうことだ?」
グエン中尉も含めてみんなが怪訝な顔をした。その中で唯一、十文字さんだけは「ほうほう」と興味ありげな声をもらしていた。
「あ、いえ! ……実は暗号とか、コードやアルゴリズムの解析が得意で、もしかしたら俺でも力になれるかなと思いまして」
「はあ? 俺たちでも解けないのに、てめえみたいなガキなんかが解けるって言うのか?」
一応、電子工学科の大学に在籍している身だ。
ノウハウはまだまだかもしれないけど、C言語やアルゴリズムの解析が可能だと自負している。
俺が設定したのなら、プログラミングの癖も似ているはずだ。
「いいではないですかぁ。別に減るものでもありませんし。彼に任せてみるのに僕は賛成ですねぇ」
「しかしミスター・ジュウモンジ……!」
グエン中尉が口を挟むも、十文字さんがウインクする姿を見たことで、呆れた顔で頭を掻いた。
「全員待機だ。三十分の休憩を取る。各自、装備の確認や周囲の警戒を怠らないようにしろ。……頼んだぞトオヤマくん」
「は、はい! ありがとうございます!」
兵隊たちが納得しない中、俺は備え付けられたパソコンの前に座る。
この時代のパソコンにも差込口があるようで、俺はスマホとケーブルを取り出し、USB経由でパソコンと繋ぐ。
すぐに自作の解析アプリを立ち上げ、俺はパソコン内の解析を始めた。
それから二十分ほどが経ち――。
俺は頬を伝う汗を拭っていた。
予想はしていたけど、この時代の暗号化やアルゴリズムの質が上がっている。俺の知らない計算式や暗号のパターンが多い。
ペンを借り、最初の部屋で拾った紙の裏に解析した内容を書き写してはいるけど、パスワードに繋がりそうな結果はまだ出ていなかった。
「くそっ……これもダメか」
十三回目の入力が失敗。生年月日や預金通帳の暗証番号、スマホのパスコードもダメ。
そもそも英数字なのか、言葉なのかすら分かっていない状態だ。
あそこまで豪語した結果がこれでは立つ瀬がない。救いなのは、パスワードの入力に制限がかかっていないことか。
「んー? あまり順調ではないみたいですねぇ」
「すみません。お役に立てていなくて……」
「いえいえ、他の方たちも解析を始めたようなんですが、ダメそうですからねぇ。あまり気に病む必要もありませんかと」
慰めてもらえても、今は素直に喜べなかった。
何かヒントはないものか。なんて考えながら固まった体をほぐすため、ペンと紙を持ったまま背伸びをする。
我ながら横着だなぁ、なんて思ったときにはもう遅かった。
「……あ」
背伸びをした拍子に手から紙が落ちてしまう。
俺は慌ててそれを拾い上げ、目に入った表面の文字に釘付けになった。
里見八犬伝に出てきた刀、村雨丸。
もしやと思い、急いで入力する。
『里見八犬伝』……は違うようだ。それなら『村雨丸』は?
「……これもダメか! 正解だと思ったのに……!」
俺は奥歯を噛みしめる。里見八犬伝は良い線いったと思ったから、違ったことへの徒労感が大きい。
こういうとき、横から口添えしてくれる恭子のやつがいてくれたら、もう少し楽に解析が……。
「……恭子?」
俺はもう一度紙を見る。『里見』八犬伝……それと『里見』恭子という名前。
まさかと思いながらも、俺はパスワードの入力画面に『里美恭子』と打ち込み、エンターキーを押す。
すると――。
「……む? なんだ? ――っ!? 培養液が減っていく、だと? 解除出来たのか!?」
グエン中尉の言葉に、他の人たちも驚いたように顔を向ける。
「……ほうほう。実にエクセレント! やりますねぇ遠山くぅん!」
「バカなッ!? こんなガキがパスワードを解除したっていうのかよ……!」
正直に言わせてもらうと、俺自身、開いた口がふさがらなかった。
本当に恭子の名前がパスワードだったなんて……。




