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3話 研究所内の探索

「なるほどなるほどぉ。そういった経緯で彼と合流した訳ですか」


 目の前に立つ白衣を着た若い男性。その人が、俺を品定めするように見て頷く。


「ええ。記憶があやふやなようなので、我々の方で保護しようかと思いましてね」

「それで正しいと思いますよ。右も左も分からないようですしねぇ。この環境下で放り出すのは、軍人以前に人としてどうかと……。さすがの僕でも見損なってしまいますよぉ」

「あなたに見損なわれるのは構いませんが、ごもっともな意見で」

「おやおやぁ? そこで否定してもらわないと、彼に対する僕の印象が悪くなってしまうのですがねぇ」


 白衣の男性は「くくくっ」と背中を丸め、わざとらしい笑い方をする。


 俺は今、グエン中尉たちと一緒に移動し。別行動をとっていた、他の関係者と合流したところだ。

 グエン中尉の部下数名に加え、研究員である白衣の男性が、今まで別行動を取っていた仲間らしい。


 現状の処遇について――。


 記憶喪失扱いの俺は、グエン中尉の保護下に入る話でまとまっている。すなわち、アメリカ軍に拘留されるということ。

 一応は安心できる。なんて、外の事実を知ってしまった俺にはもう考えられなかった。なぜなら。


「……っ」


 破れた窓に視線を向け、外の状況を観察する。

 暗がりでも分かる悲惨な景色を見て、息が詰まりそうな感覚に襲われた。


「おやおやぁ? この情景には抵抗があるようですねぇ。僕としては見慣れたものですが、まだあなたには毒なようで」

「……はい」


 一言だけ返事をして視線を戻すと、グエン中尉が口を開いた。


「君には道中でも話したが、今から十五年前に第三次世界大戦が起きた。俗に呼ばれている『終末戦争』がそれだ」

「あれは酷いものでしたよぉ。それまで水面下でいがみ合っていた多くの国々が、神器の存在が公になった途端に世界中でドンパチやっちゃいましたからねぇ」

「遠山博士が作った物のせい……?」

「その通りだ! あの日本人のせいで世界はこんなことになっちまったんだよッ!」


 ビットレイさんは怒りをあらわにして外を指差す。

 俺はそれに釣られるようにして、もう一度視線を外へと向ける。


 夜景というには人工の明かりはなく、夜の闇だけで彩られた景色。

 倒壊寸前とも言える建物だけが、周囲一帯に存在する人工物なのだと、俺に主張してくるようだった。


 これこそが戦争の爪痕だとでも言うように……。


「神器ってなんですか? 世界中が戦争を起こしてしまうほどのものなのですか?」


 聞かずにはいられない。この時代の自分が引き金となっている可能性が高いなら、なおさら。


「それはこの僕、十文字麻斗(じゅうもんじあさと)の口から答えましょうかぁ」


 白衣の人が演技がかった話し方で言う。

 そういえば、まだ名乗られていなかった。この人の名前は十文字麻斗さんなのか。


「どうにもあなたが話し出すと長くなる。内部の探索をしながらでも構いませんか? ミスター・ジュウモンジ」

「あいや結構。……それでは遠山くんへの講義を始めましょうかねぇ」


 十文字さんは楽しそうに唇を吊り上げると、先頭を切って歩き出した。

 それを見て、慌てた様子で前を歩こうとする数名の兵隊たち。きっと博士の護衛が目的なのだろう。


 俺たちは、彼らに先導される形で廊下を進む。


「まずこの建物。ここは神器の一つ、ムラサメセイバーを保管している遠山博士の私設研究所ってところでしてねぇ。実は一度、テロリストに占拠されていた過去があるんですよ。ええ、実に数日前の出来事なんですがねぇ」


 もしかして、内部がこんなに荒らされているのはテロリストのせい?

 俺は割れたガラスに加え、壁や床に傷が付いてるのを見て、眉間にしわを寄せる。


「僕を護衛している彼らが、地下にある神器までの道を検討。そして中尉たちに、残存勢力が残っていないかの偵察をしてもらっていましたぁ。まあ、結果は言わずもがな。遠山くんの確保が一番になってしまいましてねぇ」


 十文字さんは黒い七三分けの髪を撫でながら、また「くくくっ」と笑う。その笑い方は癖なのだろうか?


「保管されているムラサメセイバーって、初期に作られた神器なんですよね? 十二個ある内の一つ」

「おおぉ!? すでにご存知とは、これはこれはおみそれっ! 遠山くんビューティフォーですよぉ! 実にその通り! ムラサメセイバーは遠山博士が作られたオリジナルで間違いない! とてもとても素晴らしい考察力ぅぅ!!」

「ミスター・ジュウモンジ、もう少し声を抑えてもらいたい。外をうろつく化け物に気付かれてしまう」


 グエン中尉が口に人差し指を当ててジェスチャーする。


「失敬失敬。これは申し訳ございませんねぇ」

「あの、化け物ってどういうことなんですか?」

「それはあとだよ遠山くぅん! まずは僕の講義が先なのさぁ! 満足したら中尉に代わるから、もうちょっと落ち着きたまえ!」


 落ち着いた方がいいのは十文字さんの方では? と思ったけど、面倒なので何も言わないことにした。


「君には申し訳ないが、ジュウモンジ博士の話が終わったら説明させてくれ。横槍を入れると、ジュウモンジ博士は機嫌を損ねてしまうのでね」

「分かりました。十文字さん、巻きでお願いします」

「あいや、致し方ありませんねぇ……。まあ、魔獣たたに関しても知っておく必要は出てくるでしょうし、僕の話は手短に済ませるとしましょうかぁ」


 十文字さんは飄々(ひょうひょう)とした顔で階段を降り、話を再開させた。


「さてさて、どこまで話しましたかねぇ……ああ! そうですそうです! 屋内に神器が保管されており、そのムラサメセイバーが原初の神器という話でしたかぁ。まあ、それ限定なんですがねぇ、特別なギミックが施された武器なんですよ。それが何かと言いますとぉ……」


 言葉を溜め、十文字さんはこちらを見ながらニヤリと唇を吊り上げた。


「なんとなんと! 神の()(しろ)として作られた器だったのですよぉ!」


 ……カミ? カミって、あの神様のことを言っているのかな?


「正確には人工的に作られた神。人間を統治するために、遠山博士がプログラミングされた究極のAIたちのことです。それを保存するためのデバイスが神器(じんき)。文字通り、『人類を統べるための電子の神を、その身に収めんとする特殊な武器』とでも言えましょう。遠山博士はその用途を略し、『神器』という名を付けていた……ようですよぉ」


 人類を管理するために作られたAI。そして、それを保存するための武器か。

 無事に階段を下り終わるも、俺は不安と一緒につばを飲み込んだ。


 最初はファンタジーな異世界転移かと思っていたけど、最終的にはSFな未来転移だったとは……。

 正直、頭がパンクしそうだった。


 それにしても、どうして未来の俺はそんな結論に辿り着いてしまったのだろう?


「遠山博士は、なんでそんなものの開発を?」


 だから、同じく研究者である十文字さんへ疑問を振る。


「それは僕の知るところではありませぇん! 知ることができるのは、まさに本人だけではないでしょうかねぇ」

「そう、ですよね……」

「……まあ、これはあくまで私の推論なのだが」


 俺に視線を送ってきたグエン中尉が、歩きながら肩に銃を担ぐ。


「トオヤマ博士は、疲弊していく地球を救いたかったのかもしれない。人であふれかえり、高度な文明になり過ぎたゆえに、地球はその寿命を縮めてしまった。その答えとして、AIが人類を管理することで滅びゆく未来を回避しようとしていた……とね」


 なるほど。そういう考え方もできるのか。


 今から三十年経って、俺の心がどう変わったのかは分からない。

 それでもグエン中尉の推論を信じたかった。

 憶測に過ぎないけれど、この時代の俺は、そんな優しさからAIを作ったのかもしれないと。


 そう結論づけることで、俺は少しだけ心が救われたような気分になれた。


「ですが、結果としてあの日本人の愚鈍な発想が地球を壊した。それに変わりはありやせんよ」

「ビットレイ……」


 唇を噛むビットレイさん。グエン中尉も居たたまれないような顔をしていた。


「さて、僕からの講義はここまでですねぇ。あとは中尉にバトンタッチ……と言いたいところでしたが、どうやら目的地に着いてしまったようです」

「え?」


 ふと顔を上げると、巨大な扉の前で立ち止まるところだった。

 話に夢中になって気付かなかったみたいだ。


「それでは中尉の話は保留にしまして、先に中へ入りましょうかねぇ。くくくっ」

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