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2話 目が覚めたそこは……

『転移門の通過者に対し、ムラサメセイバー内のオーパーツ、ヴォイニッチ手稿(しゅこう)を使用せよ』


 ――ヴォイニッチ手稿を展開。システムを起動致します。対象へ接続中……必要最低限の項目を抜粋。


 言語機能の最適化を実行します。……適合中……適合中…………最適化完了。

 対象者、遠山賢治の発言及び、処理を全言語に当てはめます。


 次の工程へ移行。知識の補強として端末から情報を引き出します。…………エラー!

 情報量が膨大過ぎるため、対象者の脳に多大な負荷が掛かるようです。

 現工程は危険と判断し、スキップ致します。


 続けて、対象者の身体状況を確認。…………健康状態に異常は見られません。身体能力も一般成人男性としては問題ないものと判断。

 しかし、現環境への適合性は皆無な模様。汚染物質に対する免疫はありません。


 二十四時間以内になんだかの形で契約を行うべきだと進言します。


 次に――……。




 えっと……あれ?

 俺は何をしていたんだっけ? 一人でキャンプをしていて、誰かが現れて……それで――。


「そうだった! 大きな鎌を持った人に襲われて!」


 俺は目を開き、勢い良く起き上がって周囲の状況を確認する。


「って、ここはどこ?」


 見回してみると――薄汚れ、物が散乱した室内にいるようだった。

 ブラインドの下りた窓が見える。けど、太陽の光は差し込んではいないようだ。

 まあ、夜なのだから仕方ないか。


 そのせいもあり、部屋の様子はほとんど確認できなかった。


 俺はあの虹色の空間に飛び込んで、気を失ったってことなんだよね?

 そして、キャンプしていた場所とは違うところで目が覚めた、と。


 暇つぶしのつもりで、休み時間や講義がない日に読みふけっていた『小説家をやろう』。

 あれに投稿されている異世界モノに、似たようなシチュエーションの話があった気がする。


 突然現れた不審者に襲われ、それを少女に助けられるという展開。

 うん。手垢がつくほど存在する設定だ。


 もしかしたら、自分もそんなファンタジーなモノに巻き込まれてたりして。なんて有り得ないことを考えてしまう。

 ……よし。妄想はここまでにして、現状を把握することに注力しよう。


 俺は気持ちを切り替え、もう一度周囲に目を凝らす。


「思い立ったのはいいけど、ちゃんとした明かりがないとなぁ。電気のスイッチを探そうにも暗すぎて……そうだ。スマホのライトなら」


 俺はスマホをコートのポケットに入れていたのを思い出し、イヤホンを外しながら取り出す。

 すぐに操作し、ライト機能を起動させてスマホをかざした。


 明かりを向けたことで見えてくる周囲の状況。

 破損した大量のデスクに、倒れたり壊れているキャスター付きのイス。ノートパソコンのようなものも床に落下していた。


 えーと、ここはオフィスなのだろうか?

 あれ? ファンタジー感が皆無な気が……。


 床に散乱していた一枚の紙を手に取ると、そこには英語で何か……いや、『オリジナル神器の起動実験について』という、題名らしき日本語が書かれていた。


 うん? 今一瞬、英語で書いてあったように見えたんだけどなぁ……。


 改めて見ても、紙には日本語で文章が書かれているだけだった。おかしいなぁと首を傾げつつ、続きを読んでみる。


「えっと何々? ……オリジナルの神器は、現在確認されている段階で十二機が存在している。これは研究者である……」


 名前と思わしき部分が汚れていて読めない。かろうじて、名前の最後が『台』と書かれているのだけは読み取れた。


「えっと……が考案し、制作したもの。どれも武器の形をしており、我々が確保できたこの施設でも保管されていた。名はムラサメセイバー。著書、里見八犬伝内に出てくる架空の日本刀、村雨丸を模した神器である。村雨丸は水に関する力を持っており、刀身を水で覆う(すべ)を持ち合わせているらしい。おそらくだが、この神器の解析が済めば、人々が世界中の汚染された水に怯える必要はなくなるだろう」


 うーん……よく分からないなぁ。

 ムラサメセイバーって、ファンタジーもののゲームとかで登場する剣っぽい名前だ。

 村雨の剣というネーミング。サムライブレードと書いて日本刀と読む。みたいな安直すぎるネーミングセンスに、思わず苦笑いが出てしまう。


「おい! そこで何をしている!?」

「え!?」


 背後から聞こえた男の人の声で振り返り、俺はすかさずスマホを向ける。

 片腕を使い、目元をさえぎるように庇う男性が立っていた。


「あ! す、すみません! 眩しかったですよね?」


 俺はスマホを少しだけ下に向けて角度を調整する。


 って、あれ? ミリタリー服を着たこの人が持っているのって――アサルトライフル!?


「誰だお前は!? どうやってここに入った!? 入り口は封鎖したはずだぞ!」

「え? えっ!?」


 男の人は俺に向かってライフルを構えたまま質問してきた。

 なんなんだこの状況? 聞かれても、俺自身がこの状況を把握していないのだから困る。


「答えろ! お前は何者だ!?」

「答えろと言われましても! と、とにかく落ち着きましょう! 俺は怪しい者じゃないです! 一回銃を下ろしましょうよ! ね?」

「そう言われて、ああそうだな。と従うとでも思っているのか?」


 ですよね。俺でも無茶なこと言ってるのが分かりますもん。


「どうしたビットレイ? 何かあったのか?」


 そんなとき、廊下と思わしき方から別の声が聞こえてきた。こっちも男性のようだ。


「人がいました。男が一人」

「何!? ……どうやら本当のようだな。だがまだ若い。俺の息子と同じくらいじゃないか」


 もう一人が駆けつけ、ビットレイと呼ばれた男性の背後から現れた。


 二人とも四十代くらいで、軍人のような服装をしている。見た目も一目見た感じで白人みたいだ。

 そう考えると、二人とも日本語が上手い。


「驚かせてすまないな少年。私はグエン・フォースマン中尉だ。まずは、君が何者なのかを聞かせてはもらえないだろうか?」


 グエンと名乗った人も、銃口を向けたまま質問をしてきた。やっぱり警戒されているみたいだ。

 それに対して、俺はしどろもどろな状態で答える。


「軍人……? あ、えっと……とおや……まっ、けんじ……です」

「ふむ……トオヤマ=ケンジか。因果な名前だな。髪色や名前からして、君は日本人か? 若そうだが年はいくつだ?」

「日本人です。年は十九になりました」

「隊長! ケンジ・トオヤマってことは! このガキはまさか……!」

「落ち着けビットレイ。トオヤマ博士ならすでに亡くなられているだろ。年齢を考えても、この少年が博士な訳がない」


 なんの話をしているんだろう?

 遠山博士って、誰のことを言っているのか気になってしまう。


「あの……遠山博士とはいったい?」

「君は同じ日本人なのに知らないのか? 神器を最初に作り出した博士。それがケンジ・トオヤマ博士だ」


 ケンジ・トオヤマ。俺と同姓同名の人が神器とかいうものを作った?

 そもそも神器って、神の力を宿した神具とかが呼ばれるものなんじゃ?


 俺は手に持っていた紙を確認する。

 汚れて読めなかった製作者の名前。それがケンジ・トオヤマって人なのか?


 ……あれ? 待てよ。

 そういえば、名前の最後は『台』って文字だったよね。

 俺の名前は『遠山賢治』だ。賢治の『治す』という字は、さんずいに台と書く漢字。まさか……!


「すみません。つかぬ事をお聞きしますが、神器が作られたのはいつなんですか?」

「トオヤマ博士が作られた時期か? それなら、大体二十年くらい前の話だ」

「か、仮にその博士が生きていたとして、今だと何歳ぐらいなのでしょうか?」

「ん? 確か……五十一のはずだ」

「おいボウズ! お前はさっきから何を言っ――」

「他に何を聞きたい?」


 ビットレイという人の言葉をグエン中尉がさえぎる。

 俺はそれに答えるようにもう一度だけ問う。


「最後に一つ……今は『いつ』なのでしょうか?」

「む? ……今日は四月四日。西()()()()()()()のだ」

「――っ! そう、ですか……」


 膝から力が抜け、俺はゆっくりと座り込んだ。


 なんてことだ。俺は異世界なんかじゃなく、三十年以上未来の地球にいると?

 話を聞いて判断する限り、神器とか呼ばれるものを作ったのは、この時代の俺?


「おいボウズ! お前は何者なんだ? どうやってこの研究所に忍び込んだ!?」


 どう答えれば……。

 正直にあったことを全て話してみる? それで信じてもらえなくて拘束されたら?

 相手は軍人だ。下手なことを言えば、どんな目に遭うかも分からない。


「……分かりません。覚えてないんです」

「覚えてないとは、どういうことだ?」

「あの! 自分のこと以外、分からなくて……! どうしてここにいるのかも覚えていないんです!」


 苦肉の策として、俺は自然と、記憶喪失になってしまったと二人に告げていた。

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