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1話 少女の声に導かれて

「うぅ……寒いなぁ」


 俺、遠山賢治(とおやまけんじ)はそう呟いて()き火に手をかざした。

 平成も残りわずか。十二月に入ったことで、空気もだいぶ冷え込んできたのを感じる。

 夜の山中ともなると、野ざらしにしたままの手が、すぐにかじかんできて仕方がない。


 俺は折り畳み式のイスに座ったまま、息を吐いて空を仰ぐ。見上げた夜空には満天の星が輝いている。


「体も(ふところ)も冷え冷えですもんね、先輩は」

「そういうこと言わないで」


 イヤホン越しに伝わってくる女性の声。そのイヤホンはスマホに繋がっているものだ。


 通話相手は俺が通っている大学の後輩。里見恭子(さとみきょうこ)という名で、電子工学科に在籍する一つ下の女の子だ。

 明るく人懐っこい性格で、こうやって大学以外でも俺の話し相手になってくれていた。


「しかし、ソロキャンプとは乙なものですね。例のアニメの影響で、キャンパーが増えてるって聞いたんですけど、ブームに乗って付き合ってくれる友達とかいないんですか?」

「あいにくと。何人かは誘ったことがあるんだけど、やっぱり地味な趣味だからね。二度目の誘いでは、誰も首を縦に振ってくれなかったよ」


 周りには誰もいない。それは、ここが知り合いの私有地である山だから。

 他に誘う相手がいない以上、個人的な目的で間借りしているのは、俺くらいのものだろう。


 ちなみに少し前に流行ったアニメ『よるキャン』の影響で、キャンプをする若者が増えているらしい。

 よるキャンは、可愛い女の子たちが夜に集まってキャンプをする作品。

 寝袋に入って星座の問題を出し合ったり、暖かなスープや鍋物を食べる、という飯テロのある日常系アニメだ。


 俺の場合、祖父が登山好きだったのが始まりだ。

 そのおかげでアウトドアな趣味に付き合わされることも多く、気付けば、一人でキャンプをするほどの道楽にまでなっていた。


「それはそれはご愁傷様です。私もヒマだったらお付き合いしてもよかったんですけどねー」

「先約があったのなら仕方ないよ。……というか、少し息が荒くなってない?」


 話してる恭子の息が上がっているように思える。


「そうですか? ふふっ、実は少し面白いことを企画してましてね。そのうち、先輩にはサプライズが訪れそうですよ」

「サプライズ?」


 問いに答えは帰って来ず、「少し用事があるので、ここいらで通話を切りますね」という言葉を最後に会話は終了した。

 イヤホンを耳から外し、スマホごとコートのポケットにしまう。途端に、近くの小川からはせせらぎが聞こえてきた。


 にしても企画かぁ……。楽しそうに話すところを聞くに、何かを企んでいるのだと想像がつく。

 しかし、今日は用事があるらしいから、今すぐではなさそうだ。

 となれば、大学内でサプライズとやらがあるのかもしれない。


「……寒っ!」


 風が吹き、俺は体が冷えるのを感じた。

 急いでポットに入れていたスープをカップへと注ぐと、温かそうな湯気がゆらゆらと立ち昇る。合わせて、カップを持つ手に温もりが伝わってきた。


 スープを一口だけ飲み、俺はもう一度空を仰いだ。吐いた息と湯気が星の光る夜空へ舞う。


 そんなとき、茂みの方からガサッという音が聞こえてきた。そっちに目を向けると。


「……え?」


 林のように集まった木々の隙間から、音もなく一人の人間が現れた。コートとマスクにニット帽と、いかにも怪しい恰好をした人だ。

 

 不審な人がゆっくりと歩いてくる。

 俺はそれを見守りながら静かにカップを置き、イスから立ち上がった。けれども、ただ見つめ続けることしかできない。


 こんな場所に……誰なんだ?

 男か女かも分からない相手を前に、俺は寒いにも関わらず、汗が流れるのを感じていた。


 ――ふふっ、実は少し面白いことを企画してましてね。そのうち、先輩にはサプライズが訪れそうですよ。


 ふと、先ほど恭子が言っていた話を思い出す。


「あ、そういうことか」


 俺は、なるほどと納得した。さっきの話はこれのことだったんだ。


「もう恭子。用事は嘘だったんだね。俺のあとをつけてきて、隠れて脅かそうって魂胆だったんでしょ? でも、もうダメだよ。こうやって気付いてしまったのだから」


 けど、俺の問いかけに恭子は答えない。答えるどころか、ピタッと一度だけ歩みを止めると、今度は速足で向かってくる。


「ちょ、ちょっと恭子っ! バレたからって今度は強行手段!?」


 言いながら顔が引きつる。


 いやまさか、もしかしなくても恭子じゃない……?


 そんな一抹の不安を覚えてしまう。けど、湧いて出た不安は杞憂で終わることはなかった。


 なぜなら――。


「へ? な、なにそれ?」


 恭子? が歩きながら右手をかざすと、刃先が弧を描いたような形の大鎌が現れ、その手にずっしりと握られていたからだ。


 そこで俺は、やっと事の重大さに気付いた。

 違う。あれは恭子なんかじゃない。もちろんキャンプをしに来た人でもない。


 手品? ドッキリ? それも違う。

 自分の中の勘が言うんだ。何か分からないけどやばいと――。


「うあああああッ!!」

「――っ!?」


 低く獣のような唸り声に合わせて駆けてくる誰か。


「くっ!」


 本能だった。頭で考えるよりも先に体が動く。

 俺は訳が分からないまま(きびす)を返し、『それ』から逃げるようにして一歩踏み出す。


 一瞬、火を消してないぞ! なんて思ったが、今は消してる余裕なんかない。


 そんな不要な心配をしたせいか、数歩先で、足が消火用のバケツに引っかかった。

 バケツを蹴り倒した俺は、こけそうになるのをこらえて走り続ける。


 え? 嘘!? あの人の動きが速い!?


 後ろを見ると、その人は諦めずに追ってきていた。

 大鎌を構えるのが目に入り、次の瞬間には迷いなく振り抜かれる。


「うわっ!?」


 横に薙ぐように振られた攻撃をなんとか避け、俺はなおも足を動かした。


「はあ! はあ! くそっ!」


 このままじゃ危険だ! いったいどうすれば!?


 どうにか出来ないかと周りを見渡し、俺は林へと逃げ込むことにした。

 無事に辿り着き、木を盾に右往左往しながら鎌をかわす。


「って嘘でしょ!? 木があんな簡単に……!」


 何本もの木が、鎌のたった一振りで切り倒されていた。大きな音と共に倒れる木々たち。

 汗が嫌なほど流れ出て止まらない。着ている服すら脱ぎ捨て、今すぐこの火照りを沈めたかった。


『こっちじゃ』

「――え?」


 突然聞こえてきた誰かの声。


 女の子の声か? 確かに今、聞こえたような……?


『こっちじゃ! お主は死にたいのか!?』

「や、やっぱり!」


 死にたいだって!? 冗談じゃない! こんな訳の分からない状況で死ぬなんてごめんだ!


 俺は声がした方向へ全力で走る。

 木を避け、茂みを搔き分けながらも足は止めない。

 止まったら死ぬ。死なないためにも、全力で駆けるんだ俺。


 そしてついに、俺は林を抜け出すことに成功する。


「いっ!? そんな!?」


 けど、俺はすぐさま急ブレーキをかけることになった。


「はあ! はあ! ……う、嘘でしょ?」


 俺はなんとかギリギリのところで止まり、目を見開く。

 林を抜けて視界に飛び込んだのは――切り立った断崖だったからだ。


(だま)さ……れた……?」


 今度は謎の声に騙されたのか?

 愕然とする俺の背後からガサガサと音が鳴り、振り向くと大鎌が顔を覗いていた。


「ははっ……ここまでなのか? なんだったんだ俺の人生って……?」


 満足できる大学の成績。親友とは呼べなくても、友達がそれなりにいたことは自慢だった。

 アウトドアな趣味で苦笑いされることもあったけど、自分なりに折り合いつけた人生を歩んできたつもりだったのに……。


 どこで間違えたんだ? 俺が何をしたって言うんだよ?

 落ち度なんてなかったと、こんな目に遭う理由はないと断言できる。


「俺は……!」


 だからこそ悔しい。理由も知らずに死ぬなんて絶対に嫌だ。


 目の前にまで歩いてきたその人が鎌を振り上げる。


「い、嫌だッ! 俺はまだ死にたくないッ! なんでここで殺されなきゃいけないんだよッ!?」

「……っ!」


 ……え? 振り下ろそうとした手が止まった?


『転移門の構築完了! すまんのう、お主を不安にさせてしもうて。さあ、そこへ飛び込むのじゃ!』


 再び聞こえた女の子の声。後ろを振り返ると、崖の先、中空で虹色に輝く空間があった。


 あ、あれに飛び込むのか!?


 どうしようかと立ち尽くしていると、背後であの人が動いた気がした。

 迷っている暇はない。この声を信じよう。


「くっ! なるようになれえええっ!」


 振り下ろされた鎌を避け、俺はその空間へと飛び込んだ――。

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