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それから早月は、答えの代わりに陸の口にキスをする。結婚の約束のキス。それは二人の将来を祝福した、そんな願いを込めた、……キスだった。
「ありがとう」
陸は言う。
「どういたしまして」
早月は言う。
二人はにっこりと笑い合う。
そして、お互いの体を抱きしめ合って、お昼休みが終わるまでの短い時間の間、二人はずっと、その場所で、そうしていた。
それは、もうずっと昔の思い出だった。
それは深田早月の中にある、自分が一番幸せだったころの、本当に大切な記憶だった。
その記憶の中では、陸はずっと十四歳のままで、その隣にいる早月も、同じように、……ずっと十四歳のままだった。
……陸。
早月は言う。
なに?
陸は言う。
陸は、私とずっと、ずっと、一緒にいてくれる?
……うん。いるよ。
陸は言う。
僕はずっと、早月と一緒にいる。
そう言って陸は笑う。
そんな陸の笑顔を見て、嘘つき、と早月は思う。
……ばいばい、陸。
と、心の中で早月は言った。
あのときに言えなかったさよならを、ようやく早月は陸に言うことができた。
すると、
「ばいばい、早月」
そんな陸の、あのときの懐かしい声が聞こえた気がした。
……こうして、深田早月の初恋は終わった。
……それは、とても悲しい恋だった。




