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その言葉は、嬉しかった。
でも、それはできない。
陸を忘れることなんて、そんなこと私にはできないよ。
だって……、
「私が陸のことを忘れちゃったら、陸は本当に一人になっちゃうよ」今にも泣きそうな声で、早月は言う。
「そんなことない。そんなことないよ、早月」奏は言う。
「陸は一人になんてならない。陸は、ずっと自分のことを早月に覚えていて欲しいとか、そんなこと望んでない。陸が望んでいることは、きっと一つだけだと思う」
「それはなに?」早月は言う。
「それは、早月が幸せになること」
にっこりと笑って、奏は言う。
「……私は幸せになっても、いいの?」早月は言う。
「いいんだよ」奏は言う。
「本当に?」
「うん」
「本当の、本当に? 嘘じゃなくって?」
「うん。嘘じゃなくって」
奏は言う。
その奏の言葉は、まるで魔法のようだった。
ずっと早月を縛り付けていた、呪縛のような、あるいは呪いのような、そんな魔法が、すっと、自分の中から消えていくのが、はっきりと早月にはわかった。
陸。
早月はいつものように陸のことを思う。
奏の腕の中で早月が思う陸は、早月の中で、あのいつものような明るい笑顔で、にっこりと笑って、深田早月に、あの日のように、……笑いかけてくれていた。
……それが、すごく嬉しかった。




