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「一応、もう一度確認するけど、本当に私のこと、誰だかわからないんだよね?」
「うん」
結衣の問いかけに蓬は頷く。
「はぁー」
ため息をつきながら結衣は蓬と手を離した。
「……まあ、ちょっとだけショックかな?」
「どういうこと?」蓬が言う。
「私、アイドルやってるの」
アイスコーヒーのストローを丸いグラスの中で回しながら結衣は言う。からからと小さく氷の音がする。
「アイドル?」
「そう。アイドル。小瀬くんはアイドル、興味ないの?」結衣はじっと蓬の目を見つめる。
「ない」
蓬は即答する。
「まあ、そうだろうね」
結衣はソファーのような椅子の背もたれにわざとらしく背中を預けて、両手のひらを上に向けた。
「平さんはアイドルをしているの?」
「結衣でいいよ」と結衣は言う。
それから結衣は「そう。してるよ。アイドル。それも結構マジで」と蓬に言う。
「へぇー」と蓬は言う。
「それで平さんはどうして僕とこんな風にここで一緒にコーヒーを飲んでいるの?」と蓬は言った。
蓬は結衣がせっかく(いきなりこんなところに連れてきて、ちょっとだけ悪いことをしたと思って)結衣でいいと言ったのに、結衣のことを結衣と名前では呼ばなかった。
「まあ、いろいろあってね」
窓の外を見つめながら結衣は言った。




