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しばらくの間、そうして笑っていた結衣だったが、だんだんとその顔は不機嫌な顔付きに変わっていった。
その理由は、どうやら蓬が自分のことを本当に知らないようだ、ということがだんだんとわかってきたからだった。
「……あなた、もしかして本当にわからないの?」
「わからないってなにが?」
そのとき、ほかのお客さんが結衣たちのテーブルの近くにやってきたので、結衣は慌てて帽子をまた深く被り直した。
しばらくすると「お待たせいたしました」と言って先ほどのウェイトレスさんがアイスコーヒーを二つ、テーブルまで持ってきてくれた。
二人はアイスコーヒーにミルクとガムシロップを一個ずつ入れて、お互いに無言のまま、一口だけストローで飲んだ。
「……まあ、運がいいといえば、いいのかな?」
なんだかあんまり面白くなさそうな顔で結衣は言った。
「運がいいって、いったいなにが?」
アイスコーヒーを飲みながら蓬が言う。
「あなたと出会ったことがよ」
結衣は言う。
そんな結衣の言葉に蓬は、その言葉の意味がわからずに、ただ首を傾げているだけだった。
「ふふ」
そんな蓬のことを見て結衣は小さく笑った。
「なに笑ってるの?」蓬は言う。
「別に」結衣は言う。
「あ、えっと自己紹介がまだだったわね。私、平結衣っていうの。よろしく」
そう言って結衣は自分の手を蓬に向けて差し出した。
「……僕は小瀬蓬です。よろしく」
なんの感動もなさそうな顔で、蓬は結衣の手を少しだけ遠慮がちに握った。




