221
明里はゆっくりと橋の上を渡り始めた。
彼は橋のちょうど真ん中のところにいた。
明里がその近くまで行くと、彼は明里の存在に気がついて、その顔を空から明里のほうに向けた。
あたりはだいぶ暗くなっていたが、天橋には照明が灯されているので、お互いの顔はよく見えた。
彼は、明里を見て、なんだかとても驚いた顔をした。
それから彼は「……すみません」と小さな声でつぶやいて、明里とは反対側の橋の出口に向かって、移動しようとした。
「あ、あの!」
明里はそう言って彼を呼び止めた。
すると、彼はその場に立ち止まって、ゆっくりと明里のほうを振り返った。
明里は、彼の前まで橋の上を移動した。
彼と出会ったら、いろんなことを話そうと思っていたのに、なかなか言葉が出なかった。
でも彼はじっと明里のことを見て、明里の言葉を待っていてくれていた。
明里はそれが嬉しかった。
なんだか勇気をもらえた気がした。
「……あの、こんなこと言うと、変だと思われるかもしれませんけど、実は私、一度あなたにお会いしたことがあるんです」下を向きながら明里は言った。
「それで、そのときからずっと、実は私は、……あなたのことを探していて」
「横断歩道のところでしょ?」
「え?」
彼の声を聞いて、明里は思わず顔をあげる。
「少し向こうにある、十字架の形をしたでっかい横断歩道のところ。出会ったのは、今年の四月ごろ」
彼は言う。
明里はなんだか、またなにがなにやら、頭の中が混乱してよくわからなくなってきてしまった。




