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「とりあえず、やっぱり私は今日は帰るね。約束通り、出席はしたんんだから、あとはよろしく」
そう言って平結衣は自分のカバンを持って、一人で生徒会室から出て行ってしまった。
それはあまり珍しい光景でもなかった。
明里はそんな結衣の背中をじっと睨みつけるように見ていたが、明里の幼馴染である結衣は、そんなことはまったく気にしないで、ひらひらと手を振って生徒会室を出て行った。明里に睨まれたくらいでは結衣は立ち止まらなかった。結衣は絶対に自分の夢であるアイドルの道をひたすら極めようと、すでに覚悟を決めていた。
実際、生徒会室から出た途端、結衣のスイッチは切り替わって、彼女は学院の温和なお嬢様としての仮面を脱ぎ捨て、一人の孤高のアイドルとして、世間という巨大な波と、今日も戦うのだと決意をして、ぎゅっとその右手を握りしめた。
子供のころから役者として、今はアイドルとして、すでにずっと前から仕事をしている結衣にとって、今さらやる気を出している明里の行為は、独りよがりのおままごとのように見えた。
実際に明里は、生徒会長であるにもかかわらずに、学院の生徒たちのことを全然考えていなかった。
明里の頭の中にあるのは、理想の生徒会と、実際にはそんな生徒はどこにもいない、理想の生徒たちだけだった。
……それと前生徒会長さん。
「明里もばかだな。生徒会長なんてやったって、なんの意味もないのにさ」
結衣は廊下に立ち止まってつぶやいた。
それから、立ち止まるなんて私らしくない、ということを思い出して、結衣は一人、平和な学院を離れて、自分の戦場へと舞い戻って行った。
そこが、平結衣の本当の居場所だったからだ。




