152 小鳥 ことり ……奇跡の夜だね。
木野葵は雨を見ながら考える。
もしあの日、蓮さんと会えなかったとしたら、もしあの日、蓮さんが私の告白をきちんと受け取ってくれなかったとしたら、私は今、どんな人生を歩んでいたんだろう? ……と。
そんなことを、葵は、不謹慎だとは思いつつも、冬の雨の日には、たまに考えてしまうのだった。
「……おかーさん。……おとーさん」
眠たい目をこすりながら、娘が目を覚まして、二人のいる部屋の中にやってきた。
「なになに? どうしたの?」
葵はすぐにそんな娘のところに駆け寄って行く。
そんな二人の様子を蓮は、優しい顔で笑いながら、いつものように見守っている。
これから、とても明るい家族の団らんの時間が始まる。
……やがて時間が経過して、小さな家の明かりが消えるころになると、冬の日に降る雨は、誰にも知られないように、真っ暗な夜の中で、いつの間にか止んでいた。
窓の向こうに見える、雨上がりの夜空には、明るい星と、明るい大きな月があった。
……だから、明日はきっと、晴れになるだろう。
そんなことを葵は思った。
大丈夫だよ。心配しないでね。
葵 あおい 終わり
小鳥 ことり
……奇跡の夜だね。
その日、雨の降る日曜日。
赤い傘をさして雨の中を歩いていた小学生の四ツ谷恵は一匹の猫を拾った。
雨の中で震えていた捨て猫。
その子はダンボールの箱の中に捨てられていた、毛並みの黒い黒猫だった。
「よしよし」
恵は道路脇にしゃがみこんでその子猫の頭をそっと撫でた。
それから恵は、そうするのが当たり前のように、その捨てられていた黒い子猫を、拾って、自分の家に連れて帰った。
両親にはすごく怒られたが(弟はすごく喜んでくれたけど)、結局、恵は粘り勝ちをして、その子猫を自分の部屋で飼うことになった。
恵はすごく嬉しかった。
「よろしくね、猫ちゃん」
そう言って、恵はぬるま湯でしっかりと、その体を洗って、さっぱりとして綺麗になった黒猫の頭を撫でた。
「にゃー」
すると黒猫は、すごく嬉しそうな声で鳴いた。
その黒猫(名前はくろだった)が死んでしまったのは、恵が高校生になった年のことだった。
……結構、長生きしてくれたのだけど、それがくろの寿命なのだとはわかっていたのだけど、それでも恵はすごくショックを受けた。
恵はその日、初めて学校を一日だけお休みした。
それはいつも明るいことしか思い出さない恵にとって、すごく、すごく珍しく、……今も恵の中に残っている、とても悲しい思い出だった。
猫を拾ったときのことを恵が思い出したのには理由があった。
それは今年始めたばかりの、バイト先のケーキ屋さんで出会った一人の男子高校生が原因だった。
その男子高校生の名前は、松野葉月くんと言った。
葉月くんはケーキ職人、いわゆるパティシエ志望のすごくかっこいい高校生で、アルバイトの恵とは違い、本気でお菓子の勉強をするために、恵と同じお店でずっと前から働いている無口な少年だった。
その葉月くんは、なんだか自分の拾った猫に似ている、と恵は思った。
だから黒猫を拾ったときのことを、本当に久しぶりにこうして思い出したのだった。
「ねえ? 葉月くん」恵は言う。
「今、仕事中」葉月は言う。
二人の働いているお店は店内での飲食ができるように小さいけれど、客席が二つだけあった。恵はその客席で掃除をしていて、葉月くんはキッチンで厨房の後片付けをしている。
「聞いて欲しい話があるの」
そう言って恵は自分の拾った猫が葉月くんに似ている、という話をした。
「ふーん」
葉月は言った。
「まあ、でもその猫ちゃんは去年、死んじゃったんだけどね」
恵がそんなことを言うと、葉月くんはなんだかひどく嫌そうな顔をした。
ケーキ屋さんで働き出して、厨房で働いていたコック服姿の葉月くんに出会ってからすぐに、恵は葉月くんのことが好きになった。
だから恵はバイト先に行って仕事をすることが楽しくて仕方がなかった。そこにはいつも、葉月くんがいたからだ。
でも、不満もあった。
葉月くんはすごく真面目で、しかも本気でパティシエを目指していたから、恵のことなんて、これっぽっちも相手にしてくれないのだった。
それはすごく嫌だったのだけど、恵は夢を追いかけている葉月くんが好きだった。
だからこれは、まあ、仕方のないことでもあった。
恵はじっと待つことにした。
幸いなことに、葉月くんはかっこいいのだけど夢に夢中で恋愛どころの話ではないようだし、恋人ができる様子は一向になかった。
だから恵は安心して、葉月くんの一番近いところから、葉月くんのことを、じっと見つめることができた。
それで十分、満足だった。
そして、恵が高校二年生の冬が来て、そろそろクリスマスの日が近づいてきた。
恵はクリスマスイブの日も、クリスマスの日もバイトのシフトに入った。
葉月くんも当然のように、シフトの欄にまるがついていた。
だから恵はクリスマスの日がくるのが、楽しみで仕方がなかった。
「やっと終わったー」
お店を閉めて、恵はようやく一息をつくことができた。
「お疲れ様、四ツ谷さん」
そう言って、店長さんが恵のためにコーヒーを入れてくれた。
「あ、ありがとうございます」
恵はコーヒーを受け取った。
「このあとの閉め作業は僕がやるから、四ツ谷さんは松野くんと一緒に先に上がっていいよ」
店長さんは言った。
「え、いいんですか?」恵は言う。
「いいよ」
そう言って店長さんはにっこりと笑って、それからお店を閉める作業に取り掛かった。
このケーキ屋さんの店長さんである深草さんはフランス帰りのすごいお菓子職人さんだった。深草さんは奥さんと二人で、このケーキ屋さん、『深草』をこの街で開店させた。
それは今から五年前くらいの話で、この深草の味や雰囲気に憧れて、葉月くんはパティシエを目指すようになったのだと言うことだった。
言ってみれば深草さんは葉月くんの師匠のような人だった。
恵がお店の更衣室に行くと、そこにはすでに葉月くんがいた。
「お疲れ、四ツ谷さん」
葉月くんはいつも通りの無表情で、一言だけ恵を見てそう言った。
葉月くんはすでに私服に着替えをしていた。
恵は更衣室の中に入り、そこでウェイトレスの制服から、自分の私服に着替えをした。
そして更衣室を出ると、そこにはまだ葉月くんがいた。
それは珍しいことだった。
「どうしたの?」
恵が言う。
「途中まで、一緒に帰らない?」
すると、そんな奇跡のようなことを葉月くんは口にした。
「お疲れ様でした」
「おつか様です」
二人は深草さんと奥さんに挨拶をしてお店を出た。
外はすごく寒くて、もう真っ暗だったけど、空は満天の星空だった。
「綺麗だね」
恵は冬の星空を見ながらそう言った。
こんな星空の下をクリスマスイブの日に、葉月くんと一緒に歩けるなんて、まるで本当に夢のようだった。
「うん。そうだね」
葉月くんは一言だけそう言った。
それから二人は夜の街の中を歩いた。
会話はほとんど恵がしていた。
葉月くんは「うん」とか「そう」とか、相槌を打つだけで、自分から会話をほとんどしなかった。でも、それがいつもの葉月くんだった。
そのまま二人は、二人が別れる場所(つまり恵と葉月くんの帰る道が別々になる場所だ)にまで、やってきた。
そこは大きな交差点のある道の上だった。
「じゃあ、また明日も頑張ろうね、葉月くん」
そう言って恵は家に帰ろうとした。
そんな葉月くんが「ちょっといいかな?」と言って恵の足を止めた。
「なに?」
恵は笑顔になって(葉月くんから話しかけてくれて嬉しかった)葉月くんのところまで駆け寄っていった。
すると葉月くんは「僕は、……外国に行こうと思うんだ」と恵の目を見てはっきりとそう言った。
恵は最初、葉月くんがなにを言っているのか、よく理解することができなかった。
「深草さんが仕事をしていたフランスのお店があるんだけど、そこに勉強に行けることになってさ。深草さんから、どうかな? って言われたんだけど、すぐに行くって答えたんだ。だから僕はフランスに行く」
葉月くんは言った。
「それって、いつごろの話?」恵は聞く。
「年が明けて、早ければ一月中、遅くても二月には向こうに行こうと思っている。向こうのお店で働き始めるのは、四月からになると思う」
「……高校は?」
「やめる」
葉月くんはすぐにそう言った。
「もう一年高校に通って、みんなと一緒に卒業してさ、それからじゃだめなの?」恵は言う。
「それも考えたけど、やっぱり今、行くことにする。そう決めたんだ。チャンスだから」
葉月くんは冬の星空を見つめた。
恵も同じように星空を見る。
そこには綺麗な星がいっぱい輝いている。
……でも、もしかしたら私が見ている星空と、葉月くんの見ている星空は、少しだけ違う星空なのかもしれないな、と恵は思った。
それから恵は大好きな葉月くんのことを考えた。
チャンス。
チャンスか。
そうか。これは葉月くんの人生にとって、チャンスなんだ。
「そうか。そうなんだね」恵は言う。
恵の声を聞いて葉月くんが恵を見る。
「おめでとう! 葉月くん! これでまた一歩、夢に近づいたんだね!!」
葉月くんを見ながら、にっこりと笑って恵は言う。
「四ツ谷さんは、僕のこと応援してくれるの?」
葉月くんは言う。
「当たり前じゃない。だって私たちは、友達だもん!」恵は言う。
すると葉月くんは小さく微笑んで「ありがとう」と恵に言った。
葉月くんが今日、恵を待っていたのは、このことを恵に伝えるためだったようだ。
その話をしたあとで、「じゃあ、また明日」と言って葉月くんは恵とは違う道を歩いて、自分の家に帰って行った。
「さようなら」
恵は葉月くんに大きく手を振って、……それから、なぜか恵は全速力で冬の夜の街の中を駆け足で走って、家まで帰った。
その途中で、夜空の星を見たりすることはなかった。
恵はクリスマスの日も一生懸命に働いた。
恵は仕事を終えて、それから深草さんたちと一緒に少しだけクリスマスのお祝いをケーキ屋さん『深草』の中でした。
それから、恵と葉月くんはお店をあとにした。
そのとき、恵は「あの、葉月くん」と葉月くんに声をかけた。
「なに?」葉月くんは言った。
「このあと、昨日みたいに一緒に途中まで帰らない?」
恵は言った。
その言葉には葉月くんは少し考えてから「……いいよ」と言ってくれた。
そして二人はクリスマスイブの日に続いて、クリスマスの日の夜にも、二人で一緒に星空の下を歩いて帰ることになった。
二人はずっと無言だった。
葉月くんはいつも通り、恵は珍しく、ずっとずっと黙っていた。
そして二人は昨日と同じ大きな交差点のところまでやってきた。
恵は今日、もし葉月くんが自分と一緒に帰ってくれたら、その帰り道で葉月くんに恋の告白をするつもりだった。
でも、結局、それは言えないままだった。
恵は大きな交差点で立ち止まった。
葉月くんも同じように立ち止まった。
「……それじゃあ」少しして葉月くんが言った。
「……うん」と恵は下を向いたまま、そう言った。
葉月くんは歩き始める。
恵は下を向いたまま、……葉月くんが遠くに行っちゃう、と思う。でも、恵にはどうすることもできない。
それから少しして恵は上を向く。
もう葉月くんの姿は見えなくなっているかもしれない。でもせめて、その遠くにある背中くらいはもう一度見ておきたいと恵は思った。
すると、大きな交差点の少し先のところに葉月くんはいた。
葉月くんはそこで足を止めて、そこから昨日の夜のように、冬の夜空に輝く美しい星を眺めていた。
恵の視線に気がついて葉月くんは恵に目を向けた。
それから葉月くんはゆっくりと歩いて恵の前まで戻ってきた。
恵はなんだかよく状況が理解できずにそんな葉月くんのことをただぼんやりとした目で眺めていた。
「四ツ谷さん」
「はい」
葉月くんはにっこりと笑う。
それから「言いたいことがあるのなら、ちゃんと言葉にしてよ。僕は、まだ四ツ谷さんの声がきちんと届くところにいるよ」と恵に言った。
その葉月くんの笑顔と言葉に恵はとても大きな勇気をもらった。だから、ずっと我慢していたこの言葉を葉月くん言うことができた。
「……私、葉月くんのことが好きです」
恵は言った。
恵の顔は真剣そのものだった。
葉月くんはそんな恵の顔をじっと正面から、同じように真剣な顔をして見つめていた。
「僕も四ツ谷さんのことが好きです」葉月くんはそう言った。
「でも、僕には夢があります」
恵は葉月くんの言葉にじっと耳を傾けている。
「その夢のために僕はフランスに行きます。だから、四ツ谷さんとお付き合いをすることはできません」
葉月くんは言う。
「フランスにはどれくらいの期間いくんですか?」恵は言う。
「夢が叶うまで、帰ってくるつもりはありません」
葉月くんは言う。
「それまで待ちます」
「そんな無責任な約束はできません」
葉月くんはそう言って優しい顔で、ちょっとだけ笑った。
「……じゃあ、私も一緒にフランスに行きます」
恵は言う。
もちろん恵は葉月くんとは違って、そんな準備はなにもしていなくて、それは不可能なことだった。
恵はまだ高校生だし、年が明けて三月になればその高校を卒業するし、その先の進路もすでに決まっていた。
でも恵は葉月くんにそう言った。
もし葉月くんが「じゃあ一緒にフランスに行こう」と言ってくれれば、恵はあらゆるものを犠牲にして、葉月くんとフランスに行こう、とこのとき本当に思っていた。
でも優しい葉月くんは「それはできません」と恵に言った。
その言葉を聞いて、恵はなんだかとても悲しくなった。
「ありがとう。……さようなら」
そう言って葉月くんは今度こそ本当に恵の元から去って行ってしまった。
それから恵は少しだけその場でぼんやりとして、それから綺麗な冬の星空を見上げて、寒い風が吹いて、「寒い」と恵は言って、今が冬なのだということを思い出して、それから恵はなにかから逃げるように、昨日の夜と同じように全速力で夜の街の中を駆け出して、自分の家に帰って行った。
そして年が明けて二月になると、予定通りに葉月くんはフランスへと一人で旅立っていった。
恵はそんな葉月くんのことを、巨大な空港から深草さんたちと一緒に見送ることしかできなかった。
青色の空の中を一羽の白い鳥のような飛行機が遠い空に向かって飛んで行った。
その姿を、空港の屋上から、恵はずっと、見つめていた。
恵はケーキ屋さん深草でのバイトを三月でやめた。
それは葉月くんのこととは関係なく、受験のために、アルバイトの面接を受けたときから、そうする予定になっていたことだった。
深草でアルバイトをした高校二年生の一年間の思い出は、恵にとって、とても大切な宝物になった。
高校三年生の一年間、受験のために恵は猛勉強をして過ごした。
もともと恵は勉強があまり好きではなくて、と言うか嫌いだったのだけど、その生活はあまり苦にはならなかった。(むしろなんだか途中からすごく勉強が楽しくなったくらいだ)
今頃、葉月くんも頑張っているんだと思うと力もどんどん湧いてきた。
勉強は主に家の近くにある都立の図書館でした。
そこは中学受験のときにもそうしていた、恵にとってとても懐かしい場所だった。
その図書館で一つの出会いがあった。
それはとても懐かしい出会いだった。
その人は恵の小学校のときの担任の先生である似鳥涼風先生だった。
「みなさん。今日はみなさんの卒業の日です。未来に向かって精一杯、大きく翼を広げて羽ばたいていきましょう」
四ツ谷恵の小学校時代の担任の先生、似鳥涼風先生は恵たち小学校を卒業する六年二組の生徒たちにそう言った。
その言葉を高校生になった今も恵は忘れずにずっと覚えていた。
恵は担任の涼風先生のことが大好きだったからだ。
恵は今も、涼風先生のことを思い出すたびに、……私はちゃんと飛べたのかな? と心配になったりした。
そんな似鳥涼風先生は都立の図書館の近くにある公園のベンチに一人でぽつんと座っていた。
「似鳥先生」
恵がそう言葉をかけると、涼風先生は恵を見た。
それから少しの間、恵の顔をじっと見てから「恵さん? 四ツ谷恵さんだよね」と小さく笑いながらそう言った。
「はい。そうです」
恵は言う。
恵は似鳥先生が自分のことを覚えていてくれてすごく嬉しかった。
それから二人はベンチに座って少しだけおしゃべりをした。
すると似鳥先生はなにやら自分の教室の生徒たちのことでとても悩んでいるようだった。そのことですごく落ち込んでいるらしい。
恵は似鳥先生に葉月くんとのやり取りを伝えた。
すると似鳥先生は「青春だね」と言って恵を見て笑った。
「似鳥先生ならどうしますか?」
恵はそんなことを似鳥先生に聞いた。
「私なら絶対に追いかけるね。フランスまで行く」と似鳥先生は言った。確かに似鳥先生ならフランスまで愛する人を追いかけて行くんだろうな、と恵は思った。
「なんだか四ツ谷さんの顔を見たら元気でてきた」別れ際に似鳥先生はそう言った。
「本当ですか?」
「うん。明日からも頑張れそう」
似鳥先生はにっこりと笑ってそう言った。
その言葉が(あと似鳥先生が心から笑ってくれて)本当に恵は嬉しかった。
それから二人はさよならをした。
似鳥先生が歩き出して公園から出て行こうとしたときに「先生! 言い忘れていたことがありました!」と恵は大声で似鳥先生に言った。
「なに!」
似鳥先生が大声で言う。
「私! 高校を卒業したら大学に行って、それから教師になります! 私は、似鳥先生に憧れているんです! だから教師になろうと思ったんです!」恵は言った。
その言葉を聞いて似鳥先生はぽかんとした表情をした。
それから少しして似鳥先生はくすくすと笑い出して、それから本当に大きな声を出して、その場でお腹を抱えるようにして似鳥先生は笑った。
「先生さようなら!」恵は大きく手を振りながらそう言った。
「さようなら! 四ツ谷さんならきっと将来素敵な教師になれるよ! 私が保証する!」
似鳥先生は大きく手を振りながらそう言った。
そして二人は今度こそ本当にお別れをした。
その年、猛勉強の甲斐あって、恵は目標の大学にきちんと現役で合格した。
大学生になった恵は、その日、フランス行きの飛行機の中にいた。
「まったくもう。全然手紙、書いてくれないんだから」
恵は一人、そんなことを席に座って言っていた。
文句の相手はもちろん、松野葉月くんだった。
葉月くんはフランスで順調にケーキ職人、パティシエとして成長して、何度かコンクールのようなもので、賞をもらったりしているらしかった。
なぜそんなことを恵が知っているかというと、恵が葉月くんにエアメールを何度か書いたからだった。葉月くんは恵の手紙にきちんと返事をくれたのだけど、結局今の今まで、自分から恵に手紙を書いてくれることは一度もなかった。
そのことが恵はとても不満だった。
パリであったら、まずそのことをについて文句を言ってやろうと、恵は思った。
それから恵は水を飲み、そしてフランス語の日常会話の本を読んだ。
葉月くんは空港まで恵を迎えに来てくれるらしい。
今から、空港で葉月くんと再会するのが、恵はすごく楽しみだった。
(それから葉月くんはパリで子猫を拾ってその子猫を育てているらしい。真っ白な猫。名前はしろちゃん。その猫を見るのも楽しみだった)
葉月くんは、昔よりももっともっとかっこよくなっているのだろうか? きっとなっているのだろう。私だって、昔よりはずっと綺麗になっている。
一応、自信もある。
だから今度こそ、その自信を持って言うのだ。
葉月くんに「世界中の誰よりもあなたのことを愛しています。だから私と結婚をしてください」って、葉月くんにそう告白をするのだ。
パリの街で、そう言うのだ。
恵は思う。
松野葉月くんのことを。
二人の、幸せな未来のことを。
飛行機が日本の空港を出発した。
フランスの空は、今、晴れているのだろうか?
日本晴れの(まるで海みたいな)一面の青色の空を飛行機の窓から見ながら、そんなことを恵は思った。
小鳥 ことり 終わり




