お姫さまと泣き虫王子さま
「貴女を愛しているんだ、エメルディア!」
「申し訳ございません、殿下。殿下のお気持ちにはお応え出来ません」
第二王子の熱の籠もった愛の告白を、私はあっさりと躱す。
私の返事に、第二王子の顔は絶望の色に染まり、膝からぐしゃりと崩れ座り込んでしまった。
「姉上、せめて少しくらい躊躇うなりして差し上げて下さいよ……」
いつの間にか隣に現れたアーロンが、呆れた様子で囁くように嗜めてくるが、彼の言い分に私は同意し兼ねる。
「アーロン、こういうことは、きっぱりとしっかりお断りすることこそが優しさですわよ。変に期待を持たせるのは、それこそ相手が可哀想でしょう?」
「いや、そうかも知れませんけど……」
アーロンは、何故か第二王子の肩を持ちっ放しだ。アーロンだけではない。思えばマリーさまも、第二王子の肩を持ち続けていた。今回は突飛な事をしでかしたが、人望のある方なのだと再認識する。
でも、だからと言って、私が第二王子を好きになる事はあり得ないのだが。
「殿下、再三に渡ってお伝えしてきましたが、私は殿下の事を何とも想っておりません。諦めて下さい」
「それは私が許さない、アディンソン公爵令嬢」
それは目の前で消沈している第二王子の声ではなかった。
厳かな声が響いたかと思うや否や、私の立つ位置半径一メートル程に魔法陣が浮かび上がった。
(これは魔法封じの!)
「姉上!」
周囲に居たアーロンや、マリアルテレスティア嬢が突如として会場に現れた騎士達によって会場の隅へと連れて行かれる。騎士たちが取り囲む円陣の中には、私と第二王子と国王陛下が残った。
「アディンソン公爵令嬢、本来ならばそなたの意思で我が愚息を選んで欲しかった」
「……」
国王は淡々と喋る。深く刻み込まれた顔の皺が一つ増える。寄せられた眉間からは、悲哀を感じた。
「そなたには、是非にも我が愚息クリストファーと婚姻を結び、彼の地へ嫁いで貰いたい」
「私でなくとも、殿下をお支えすることは可能ですわ」
「欲しいのはクリストファーの支えではない。そなたの類稀なる才能だ。その才能を子々孫々に繋げ、我が国の繁栄に役立てて欲しいのだ」
「私は家畜じゃありませんわ」
「愚息を選べばそうだったろうに、な」
「国王陛下! そのような暴挙、例え国王陛下のご命令でも、お受けすることは出来ません‼」
今もその場から立ち上がれない第二王子が、悔しげな表情を滲ませて、国王陛下に噛み付いた。しかし……
「黙らんか、この腰抜けめ! お前が早々に彼女を口説かぬから、この様な暴挙に出たのだ。私とて、このような真似しとうなかった! 息子の可愛い嫁として、アディンソン公爵令嬢を迎えたかった!」
国王の滲み出る後悔に、第二王子は怯みつつも言い返そうと躍起になる。
「だ、だからと言って……!」
「クドい! これは王命だ、決定事項だ! アディンソン公爵令嬢、良いな?!」
私は、彼らの様子をジッと眺めていた。決して、悲観的ではない。
寧ろ、楽観的でもある。
こんな暴挙を私が許容するわけがない。けれど、だからこそ、これで気兼ねなく計画を実行出来る。
「分かりましたわ、陛下」
私の言葉に、国王陛下は嬉々とした表情を見せ、対する第二王子は悔しいやら嬉しいやらで複雑な表情をしていた。
彼らに、私はニコリと極上の笑みを浮かべた。
「これより、私は脱国致します」
「な、何を馬鹿な‼」
私の言葉は、余程思い掛けなかったのだろう。国王は珍しく慌てふためいて見せた。
「エメルディア、馬鹿なことを言うな! 私の事が嫌いでないなら、私と共に」
「馬鹿で結構ですわ」
私は怒りを含んで、言葉を吐いた。
そして目星を付けていた位置へ、指先に浮かべた砂粒ほどの小さな光球を飛ばした。
魔法封じの陣の中でも、簡単な魔法を使えるように修行をしておいて良かった。心から“俺”の万が一を信じて良かったと思う。
パリン、と硝子が割れる音と共に、私の足元にあった魔法陣は消え去り、騎士たちは慌てふためき始めた。
その様子に、国王は悔しげに顔を歪ませた。
「アディンソン公爵令嬢、そなたの仕業か!」
逸早く理解した国王に、私は「えぇ」と肯定する。
「魔法騎士団の皆さま、先の魔法封じの陣には穴がありますのよ。もう少し質を高めた方が良いかと存じ上げますわ」
「ぐっ……!」
悔しげに、ギリッと歯を食いしばる国王。それに対し、茫然とした第二王子が私の目に入った。
「嫌だ、行かないでくれ……」
ぶつぶつと、同じ言葉で請い願う。
しかし、私は首を横に振った。
「殿下、申し上げた筈ですわ。私は自分の為に生きるのです」
「エメルディア……」
「衛兵、彼女を捕まえろ!」
そう命じたのは国王だった。帯剣した騎士が私の周囲をみっちりと囲い始める。じわじわとその距離を縮めて行く。
「アディンソン公爵令嬢、お覚悟を!」
彼は騎士団長だったか。彼の掛け声を合図に、周囲の騎士が一斉に私へと飛び掛かってきた。
「エメルディア!!!」
第二王子が手を伸ばす。
しかし、その腕は第二王子の願いが虚しく思える程に短い。
その先には私がいる。恐らく、笑みを浮かべているだろう。
今まさに騎士たちに飛び掛かられ――
ガシャン!
ガキン!
ゴンッ!
大きな音が会場を轟かす。
第二王子の目の前には、うず高く出来た騎士の山。しかし、そこに私の姿は無い。
「うふふ、こちらですわ」
第二王子や国王らが予想だにしない場所に、私は移動していた。そこは大きな観音開きの窓辺。私は壁に凭れて、くすりと笑った。
「な、ど、どうやって……」
幽霊でも見たかのような表情で、国王は私に訊ねる。
第二王子は、私を見るや否やボロボロと大粒の涙を溢し始めた。
「私の創作した魔法“テレポーテーション”、瞬間移動をしたのですわ」
「瞬間移動……」
初めて聞く単語だっただろう。国王は目を白黒させ、私が元いた騎士の山の位置と今私が居る窓辺を交互に見返した。
「一瞬の内に、そこまで移動したと言うのか……」
「はい、そうですわ」
「す、素晴らしい‼ もう結婚しろだとか言わない、この国に残ってくれ、頼む‼」
国王はなりふり構わずといった具合に私へ頭を垂れた。私も驚いたが、近くに居た側近らの方が余程驚いていて、慌てて国王の姿勢を正させていた。
けれど、私は毅然とした態度で、首を横に振った。
「私はこの国を去ります。でも、今まで編み出した魔法や私がして来た訓練方法を書いた日記を私の自室に置いています。良ければ参考にして下さいませ」
「いいや、此処に残ってくれ! 何でも、何でも君の願いを叶えよう! 金も人も物も、何でも与えよう」
その寛大な言葉に、しかし私はやはり首を縦には振らない。
「私が欲しいのは唯一、自由ですわ」
「じ、ゆう……」
私の言葉に、国王はガクリと項垂れた。国王にそれは与えられない。国に縛る時点で、そこに自由はあり得ないのだから。
「待ってくれ、エメルディア。行かないでくれ」
グズグズに綺麗な顔を汚した第二王子が、嗚咽混じりに私を呼ぶ。
(この人も、愛だの恋だの言わなければ、友達くらいにはなったのに)
しかし、これ程に泣いて請われて、流石の私も少し同情してしまう。私に恋などしなければ、普通に立派な第二王子なのだ。
「殿下、最期に一言だけ助言致しますわ」
真っ赤に腫れ上がった瞳が、真っ直ぐに私を見つめる。あぁ、可哀想に。
「諦めたら、そこで終わりですのよ」
「……」
「私は諦めなかったから、自由になれるのですわ」
「……」
それだけ言い終えて、私は会場を見渡した。先程まで同級生だった者たちが、悲しげに私を見詰めていた。
私自身、あまり接したことはなかったが、彼らの心に少しでも何かを刻めたのだろう。悲しげな彼らに、私は笑みを返した。
そして、思い付く。
せっかくだからお披露目しよう。
私による、今の私の最高傑作を!
「卒業生の皆さま、お祝いの席を大いに騒がせてしまい、大変申し訳ございませんでした。突然ではありますが、私はこの国を去ります。実は、元よりそのつもりでしたので、今夜を以て私は公爵令嬢ではなく、ただのエメルディアとなります。ですが、如何なる理由があろうとも、アディンソン公爵家を貶めたら、全力を以て私が対応致しますので、悪しからず」
私の言葉に青褪める者、涙する者、拍手で応援してくれる者、多くの反応が返ってくる。一呼吸置いた後、再び口を開いた。
「さて、今晩お騒がせしたお詫びではないのですが、つい先日出来上がったばかりの魔法をお披露目させていただきたいと思います! 渾身の力作ですわ」
そう告げると、途端に拍手が一つ響いた。直ぐにわかった。
マリーさまは、真っ赤な顔で、涙をボロボロ流しているにも関わらず、一人で大きな拍手をしてくれていた。彼女を皮切りに、ポツリポツリと拍手が広がり、最後には国王まで拍手をしてくれた。
「では参ります。“カレイド”」
それは、普段内面に流れる魔力を表に出す事から始まる。
魔力が虹色であることを知ったのは、およそ五年前。訓練を続けていると、その表面に出した魔力を操作出来るようになった。
空気のようなそれに重さは無く、術師の想像通りの動きや動作をしてくれる。
試しに身体に纏わせたら、飛躍的に防御力が高まった。思いのままに動くその防御壁に味を占め、私はそれで武器を生み出すことにした。
そうして作ったのが、大きな虹色の弓。そして矢。普通の弓ならば引くだけで筋力も体力も損なうが、“カレイド”の弓は術師の思いのまま。
私は作った弓の弦を引き、会場の天井へ向かって光の矢を放った。
矢は流れ星のように煌めき、キラキラとまるで星屑のような光を、辺り一面に降らせた。
まるで雪のように降る光。柔らかな光は床に着くと一瞬だけ、まるで蕾から開いた花のような姿を見せる。
幻想的な光景が、卒業生を祝福する。
皆が光に夢中になる中、私は窓から会場を後にした。
誰も見ていない。
そう思っていたのだが。
「エメルディア!」
「……殿下」
私の後ろを、泣き腫らした第二王子が追いかけて来た。
“テレポーテーション”を使おうとしたところ、殿下に「捕まえないから」と先手を打たれてしまった。
「また会えるだろうか?」
「それは、分かりませんわ」
「私のこと、少しも好いてはくれていなかったのかい?」
「……残念ながら」
「……相変わらず、聖女のような笑みを浮かべていう言葉は辛辣だな」
「嘘は嫌いですの」
白々しく私は嘘を吐く。
「君らしい」
「まぁ」
くすりと笑う。
笑みを深めると、殿下もまた嬉しそうに笑みを浮かべた。
「貴女の笑顔が、一番好きだ」
涙がポタリ、と落ちていく。
そんな穏やかな時間は長く保たず、すぐに終わりを告げる。
会場が騒がしくなって来たところを見ると、どうやら魔法が解けてしまったらしい。
「では殿下、ごきげんよう」
最期のカーテシーをした後、私は地面を蹴り、星の海へと飛び立った。
「空まで飛べるとは……。彼女は天使、否、女神だったか」
ポツリと呟く殿下の泣き腫らして真っ赤になった瞳に、星が瞬いた。
お読みいただき、ありがとうございました。